第2章 旅の仲間(仮)

旅の仲間(仮) -01-


 意気揚々とセントケージの西門を通り抜けたのは、わずか数時間前のことである。ちょっとばかり感動的に思えた出立を照らし出した明け方の太陽は、すでにだいぶ高いところまで来ている。

 道はオヴリビ川に沿って続く。河岸の多くは切り立った崖となっていて、その上の狭い緩斜面は森になっている。所々に大きな岩が転がっていて、木や岩の隙間を、街道とは名ばかりの整備不良な道が通っている。

 平均すると緩やかに下っていく道だが、川より山に近いので、アップダウンも多い。危険を感じるほどの難所はないが、未舗装で馬車は通れない悪路である。天候的にはかなり恵まれているのが幸いだが、それでも今まで城壁から外に出たことのない身にはハードな行程だった。

「疲れた。まだ着かないの?」

 シェルがすでにかなりヤル気を失った調子で言う。

 エミルは歩くペースを落とし地図を広げ、周囲を確認して現在地を割り出す。

 出発直前に加わったヘイズは、先導するエミルの隣で静かに歩いていたが、エミルにあわせて周囲をぐるりと見渡した。

「このペースだと、今晩泊まるところに到着するのは……夕方くらいですかね」

 そう説明するエミルは、疲れた様子が全くない。どちらかと言うと、ピクニックを楽しんでいるような調子だ。

「疲れたって、アイツ、そんなに体力ないのか?」

 クロノは、近くにいたミスティーに尋ねる。

「まさか。シェルは体力自慢です。ただ、忍耐力が乏しいだけ。精神的に最弱なだけです」

「違う。この道が全然楽しくないのが悪い」

 シェルの耳にも届いていたようで、駄々をこねるような声が戻ってくる。

「先輩、後顧の憂いをなくすためにも、早めに川に沈めておきましょう」

「おいおい、とりあえず仲良くやって行こうぜ……」

 ちょっと爽やかに良い先輩ぶって言うクロノも、正直すでに飽きている。そして、ここまでは慌ただしさと勢いに流され惰性で来てしまったが、それが収まると、沸々と根本的な疑問が浮かんでくる。

 なぜ俺はここにいるんだろうなあ?

 この理不尽極まりない展開。だからこそ、せめて旅のメンバーには仲良くしてもらい、そんでもって、しっかりと頼らせてもらいたい。

 クロノは、この状況を受け入れるべく、気持ちを切り替えつつあった。

「そう言えばさ、ドラゴンになって俺らを乗せてひとっ飛びとかは無理なの?」

 クロノは、ダルそうにフラフラと歩くシェルに言う。学園長からは、壁外での魔法使用は極力控えるように言われていたが、人目につかなければ許容されるような口ぶりでもあった。幸い、このあたりに集落は存在しないし、通行人もいなさそうだ。

 しかし、シェルの返答は極めて簡潔だった。

「無理」

「なんで?」

「ドラゴンのコスプレは、かなり体力を消耗するの。元気一杯のときじゃないと無理。今そういう気分じゃないし」

 たぶん最後の一文が本音なのだろうと思われたが、それでも無理強いはできない。と思っていたら、話はまだ続いていたようだ。

「それに、単なる移動のためなんて、コスプレの美学に反する」

「コスプレの美学?」

「アンタみたいなへなちょこに説明しても分からないから」

「いや、今はお前も相当へなちょこだと思うが」

 シェルは少しムスッとする。

「私は日頃からその道を極めるため、修練を積んでるの。それでもまだ目指す高みは遥か先だけど」

「ほお……」

「ほら、やっぱり聞く気ない」

「日々修練を積んでるのは事実ですね。しかも、誰もついていけないくらい変態的なレベルでの修練です」

 ミスティーが補足をしてくれる。

「そうか。だから、こんなんになったのか」

 冗談半分に軽口を叩いたつもりだったが、かなりマジで睨まれてしまう。

「ところで、ドラゴンでひとっ飛びは無理にしても、せめて船くらいは使いたかったですよね」

 ミスティーは特に文句を言いたげな口調ではなかったが、その言葉を聞いて全員がピタリと立ち止まった。

「そうだよ!」

 クロノが真っ先に口を開く。

「セントケージからどこかに行く場合は船に決まってるだろ。物資の輸送とか、明らかにこの道は使ってないしな」

 馬車が通れる感じではないし、実際、わだちは見当たらない。そもそもセントケージは外部との往来が極端に少ない土地だが、それでも唯一の街道がまともに整備されていない状況はおかしい。であるならば、目の前に大きな川があるのだから、船を利用していると考えるのが当然だろう。

 エミルは手をぽんと叩く。

「そう言えば、セントケージの南門が、直接船着き場に下りられる構造になってますね。行ったことはありませんが、漁師さんから聞いたことがあります」

「そうすると、なんで俺たちはこんな道をひたすら歩いてるんだ? まさか学園長の嫌がらせ!?」

「まあ、最初から贅沢の言える旅じゃないわけですし」

 エミルは全力で嘆くクロノを宥める。

「ヘイズ先輩はどう思いますか?」

 ミスティーがヘイズに話を振った。クロノは、ヘイズが何だか声を出すのを嫌がっているような気がしていたので、必要以上に話かけないで様子を見ていたのだが、ミスティーは遠慮なかった。

 ヘイズは突然話しかけられたせいか、少しだけ困ったような顔をしてから答えた。

「確かに、特に凄い理由はないのかもしれないけれど……でも、わざわざこの道を行くように指示したってことは、何かあるような気はするかな」

 音量は控えめだが、淀みなく話すヘイズ。声質としては結構通る方で、聞き取りにくいということはない。

 クロノはそんな様子を何となく観察していると、その視線に気付いたヘイズは、ずっと被っている大きな帽子の両サイドを引き下げる。

 ん? なんだこの反応は?

「どちらにしろ、あんまりゆっくりしていると、森の中で日が暮れてしまいますよ。シェルも早く着きたいでしょ?」

「しょうがない……」

 シェルがスタスタと歩き始めたので、他のメンバーたちも少しだけ歩くペースを上げた。

 両側の茂みがせり出して道幅を狭めていることもあり、一行は自然と一列になって歩くようになった。先頭から、エミル、ヘイズ、シェル、ミスティー、クロノ。

 クロノは最後尾になったので、他の四人の後ろ姿が見える。何やかんや言って、歩く気さえあればみんな足取りはしっかりしている。道に慣れてきたせいもあるかもしれないが、基礎的な体力に関して問題はないようだった。数メートルずつ、ほぼ等間隔にあけて黙々と歩く時間が続いた。

 黙っていると、靴が小石にぶつかる音や小枝を踏んで折る音の他、川の流れる音や風が森を抜けていく音、鳥がさえずる音が、不思議とバランス良く耳に届く。騒々しさを避けるようにウィズ寮長の菜園で勝手に畑仕事をしているときと同じ感覚になる。クロノは妙な懐かしさを覚える。

 ウィズ寮長は、寮長のくせに自分が管理する寮には必要最低限のタイミングでしか現れない。通常は、寮から徒歩三分の自作の一軒家にいるか、どこかを徘徊しているか。

 寮長の一軒家は、通りに面しているわけではないので、そこに行くつもりがなければ目に留まらない。ただ、クロノとしては、逆にその立地が肌にあっていて、たびたび訪れていた。

 タイミングによっては寮長と談笑することもあったが、たいていはテラスに吊り下げてあるウッドチェアで寝たり読書をしたり、目の前の菜園の手入れをしたりしていた。寮長は普通に在宅だったり、もしくはクロノがいる間に帰宅することもあったが、あまり話しかけてくることはない。その代わり、クロノが作業を中断する頃合いを見計らってひょっこり姿を見せる。

 あー、あの至高のマッタリタイムは当分味わえないのか……。


 しばらく進んだ所で、唐突に見晴らしの良さそうな岩場が現れた。森が切れていて、緩やかに蛇行する川筋を少し先まで見通せる。

「昼食にしましょうかね」

 エミルがそう言うと、途端に腹が減って来る。まだ昼前だったが、朝食が早かったので、当たり前と言えば当たり前か。

 エミルは、無尽蔵の収納能力を誇る〈アイちゃん〉から、軽く食べれそうなビスケットなどを取り出す。

「あんまりゆっくりしていられないので、しっかりしたものは夕食まで我慢してくださいね」

 五人は、進むべき下流の方向を望みながら、適当に座り心地の良さそうな岩に腰かけた。互いに会話できるくらいの距離。

 視界が開けると改めて思うが、本当に人の気配はなかった。見えている範囲では、集落はもちろん、川に船がいることもなく、当然人の姿もない。

 クロノは、何とも現実感の欠けたフワフワした気持ちのまま、食べ物を口に運ぶ。

 すると、エミルが話しかけてきた。

「クロノさん、早くもホームシックですか?」

「別にそういうわけじゃないけど。いきなり遠くまで来たもんだなあと」

「そうですねえ。人生で一番の遠出ですからね」

「ま、これからさらに突き進んでいくわけだが」

 クロノは、塩気のあるビスケットをバリボリと食べる。

「そう言えば、出発直前に誰かを探していたように見えましたけど?」

 エミルは、単なる場つなぎ的な感じではなく、ちゃんと最低限の興味を持っているというふうに話を振ってくる。

「意外と見てるんだな」

「撮影のチャンスを逃さないため、常に周囲に気を配ってます」

 エミルは誇らしげに答える。

「それで、クロノは誰を探してたの?」

 黙って聞いていたヘイズも会話に加わってきた。

「クラスメイト、かな?」

「ふうん。女の子?」

 ヘイズが意外と食いついて来る。この手の話題が好きなのか?

「まあ、そうだけど」

「あ、恋人ですね!」

 エミルが少し楽しそうに言う。

「いや、違うけど」

「で、結局会えたんですか?」

「いや」

「それはフラれましたね!」

 エミルがさらに楽しそうに言う。

「とすると、これは傷心旅行ですね。ちなみに、その相手とかわした最後の言葉は?」

「もう帰ってくんな!」

「修羅場キター!! これは良い映像が撮れそうです。クロノさん、なかなかの逸材ですね。ネタ的な意味で!」

「いや、だからそういうんじゃ……」

 クロノは、勝手に盛り上がるエミルにブレーキをかけようとするが、どうやらあまり効果はない。

「『もう帰ってくんな!』って……そんなにキツイ言い方だった?」

 ヘイズが何か考えながら言う。

「ああ。かなりグサッと来たな」

 クロノは心臓を押さえて苦しそうに言う。

「分かります、分かりますよ! それでそのまま出発のときにも会えなかったんだから、完璧ですね!!」

 クロノが、何が完璧なんだと返そうとしたら、先にヘイズが口を開いた。

「それはきっと、何か事情があったんじゃないかな?」

「「事情?」」

 クロノとエミルがほぼ同時に反応した。

「え、いや、例えば……ほら、お腹が痛かったとか?」

「物凄く健康的なやつなんだが」

「ちなみに、見た目はどんな感じの子なんですか?」

「エミルって何組?」

「高等部の2年20組ですね」

「俺とそいつは28組だから、かなり離れてるな。たぶん面識はないだろうけど、背は女子としてはやや高めで、俺より5センチ低いくらいかな」

「それは私より高い感じですね。ヘイズさんくらいですかね?」

 クロノはヘイズをちょっと立たせる。

「そうだな。だいたいこのくらい」

 視線を受けるヘイズは、無駄にドギマギする。

「で、黒いロングヘアーだな。だいたいはポニーテールにしてる」

「なるほど。それは興味深いですね」

 エミルは、茶化す様子もなく答えた。

「知ってるのか?」

「いえ、たぶん過去に面識はありませんが」

 エミルはニコっとして、クロノはそれを不思議そうに見る。

「さて、お喋りはこのくらいにして、先を急ぎましょうか」

 元気よく立ちあがったエミルは、〈アイちゃん〉を背負いながら、シェルとミスティーにも呼び掛ける。

「シェルも元気になりましたか?」

 少し気だるそうに立ちあがったシェルは、見たまんまの低いテンションで答えた。

「肉、食べたい」

「じゃあ、今晩は肉料理にしましょうかね」

 シェルは、一瞬だけパアっと嬉しそうな顔をしてエミルのことを見るが、エミルがニコニコしながら見ているのに気付くと、また少しムスッとした表情に戻って視線をそらした。

 ……肉、好きなんだな。



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