セントケージ・スカーレット -04-
パパパン! パパパパパン!
そのとき、どこかから爆竹のような音が聞こえた。
「またあのカメラ娘の攻撃か!?」
これはヤバい! コスプレドラゴンがいなければどうしようもない!
クロノはあたふたするが、あたりは雑然としていて、とっさに身を隠す場所は見つからない。
もはやこれまでか!
カァーン……カァーン……カァーン……。
覚悟を決めたそのとき、下校時刻を知らせるチャイムが響き渡った。学園中に配置された大きな飾り時計のカラクリが、個性的なイリュージョンを見せる時刻。
クロノの視線は、自然と植物園の時計に向かう。ここの時計も施設の大きさに比例して巨大だ。
「ん? なんだあれ?」
時計そのものはいつも通りお決まりの動きをしているのだが、その下に大きな垂れ幕がぶら下がっていた。
そこには、デカデカとこう書かれていた。
『勝者 = ミスティー・シンプス
敗者 = シェル・ポリフィー
ひれ伏せ愚民 ◎』
ちなみに、◎は、見る者をムカつかせる威力を持った下手な落描きだ。
「く……」
唇の端を噛みながら漏れ出た苦悶の吐息のような声が聞こえた。すぐ隣で無造作に転がっている岩塊から。
「……………」
クロノは、訝しげに眺める。
「なぜ岩が苦悶の声を?」
疑問をストレートに岩にぶつける。と同時に、心のうちでは、わずかな時間でこの状況を把握できるようになってきた自分に感心してみる。
「お前、それは岩のコスプレか?」
その岩塊には、人差し指を突っ込みたくなるような二つの穴が並んでいる。クロノは、その中を覗き込むように話しかけた。
「……岩だから喋れない。ていうか、岩に話しかけるな。お前、痛いぞ」
「岩が何を偉そうに。つーか、喋るなよ岩」
「……シーン」
「おい、あの垂れ幕はなんだ。なんか勝負してたのか?」
「……シーン」
「コ、コンニャロ……」
クロノは、ふつふつと湧き上がる感情に、その身を震わせていた。
オイオイオイオイ! 本日ハジメマシテな後輩で、なお且つ女の子で、しかも何やかんや言ってカワイイ(もちろん人間形態)からって、そろそろ我慢の限界なんだよ! 先輩のことどんだけナメきっとるんじゃ!! アァー!?
……………という意思を伝えるにはどうするべきか。そのまま全部言うべきか? さすがにかわいそうか? 万が一泣かれたりしたら面倒だしな。
ていうか、わざわざ将来に禍根を残すようなこともないか。冷静になれ、俺。調子が狂っているぞ。基本スタンスからそれている。思い出せ、本来の俺を。そうだ……本来の俺が言うべきことは―――。
クロノは、一瞬のうちに思考し、結論を導いた。
「フ、俺は一足先に退散させてもらうぜ!」
もうコイツらには関わらない! これ以上の選択肢があるものか!!
クロノは、ようやく己のポリシーに最もマッチした行動に思い至った。無駄に面倒なことには関わらず、適正な距離を保つ。簡単なことじゃないか。
台詞的には爽やか系を目指して、実際にはただの痛いキザ野郎な感じになってしまったが、訂正するのも面倒なのでさっさと退却しよう。ハイ、これで一件落着。
俺は随分妙な夢を見ていたに違いない。俺が本来いるべきは、春の窓辺でそよ風に頬を撫でられながら眺める平和な世界。さあ戻るぞ! みんな、安穏の地への帰還を祝ってくれ! 俺は今帰るぞ!
お帰りクロノ! 帰りが遅いから心配したのよ! もう、どこまで行っちゃってたの?
向こうの丘の木の下でうたた寝をしてしまっていたようだ。
まあ! でも、今日はとても穏やかな気候だもの、無理ないわ。良い夢は見れた?
それが、とんでもなく恐ろしい夢を見てしまったんだよ。この平和な楽園を
まあ! それは恐ろしい。
でも、それもすべてただの悪夢さ。俺たちはこれだけ平和を愛しているんだ。平和だって俺たちを愛してくれるに違いないよ。
そうね。ところで、何か聞こえない?
え、どうしたんだい?
ほら、よく聞いてみて。ほら………。
ビー!! ビー!! ビー!! ビー!! ビー!! ビー!!
何かビービー聞こえるね。
何の音かしら。ビービービービー。
んー、どこかで聞いたことがあるような……ビービービービービービービー。
ビー!! ビー!! ビー!! ビー!! ビー!! ビー!!
このけたたましい音。そんなによく聞く音ではないが、聞いたことはある気がする。しかも、わりと最近。
「…………あ」
この独特のアラーム音。そうだ、先日の新学期最初の学年総会。あのときのデモンストレーションで聞いたんだ。
これは警告ブザー。その意味するところは……。
「
クロノは、ようやく事態を把握した。
「まさか、こんなに早く本物を聞くことになろうとは……。できれば、ずっと聞きたくなかったんだが」
この警告ブザーは、学園内の秩序が著しく乱されたときに響き渡る。
学園内の治安維持という特別な任務を帯び、学園憲章、学生議会、学園理事会から認められた特権を行使できる学生組織、ピース・キーパー登場の合図だ。
「一般の学生は施設外部に退避、関係者は逃げずにその場で神妙にしなさい。仮に逃亡や反撃を図った場合、容赦はしない」
広大な植物園にマニュアル通りの退避勧告と警告が響き渡る。歯向かう気も失せる威圧感。場の空気はすでに完全に制圧されていた。
一般の学生の大部分は、ミサイルと岩塊が飛び始めた時点で身の危険を察知し、すでに逃げていたが、一部の勇敢な野次馬たちはまだ多少残っていた。しかし、この退避勧告には彼らも素直に従い、注意深く現場から離れていく。
ピース・キーパーに逆らおうなどというのは愚の骨頂。権力、武力の両方において、一般の学生が抗える余地はまったくない。よって、余程の阿呆が現れない限り、ピース・キーパーがその場に来るだけで事態は収束に向かっていく。
「大ごとになっちまったな。まあ、俺は巻き込まれた側の人間だから、しっかり説明すれば何の問題もないだろうけれど」
すでに、かなりの人数のピース・キーパーが取り囲んでいるようだった。任務完遂を目指す見事な包囲網は、徐々に小さくなっていく。
クロノはとりあえず神妙にしていた。というか、クロノは基本いつでも神妙だ。
やましいことが何もないだけに、特に焦る必要を感じたりはしない。
隣の岩とかカメラ娘とか銀髪とかがどうなろうと知ったこっちゃないしな。ラクなもんだ。
「ん?」
そのとき、クロノの足元に少々不格好なボールが転がってきた。手書きの文字が見える。
『クロノさんへ。
この度は何やら面倒なことに巻き込んでしまったようで、申し訳ありませんでした。
久々のスクープに、少々はしゃぎ過ぎてしまいました。
迷惑ついでと言っては何ですが、最後に私からのプレゼントをお受け取りください。
貴方のことは忘れません。
―――エミル・オレンセ』
メッセージは紙に書かれて大きめのボールに貼られていた。
「あの子、いったい何だったんだろう?」
クロノはボールを持ち上げ、人差し指の上で器用にクルクルと回す。すると、糊づけが甘かったようで、メッセージの紙がはらりと落ちた。
「なっ!」
クロノは固まる。剥がれた紙の下には新たな文字が。
ハハハ、芸の細かい……じゃなくて!
「なんですとー!!?」
「何だ? そんなのも読めないのか? 高等部二年のくせに残念な頭だな。それは『バクダン(ワタシのためにハデにオトリになってくださいね、テヘ)』と読むんだ」
隣の岩が再び饒舌になる。
貼られていた紙の下にはデカデカと『爆弾』と書かれていた。その脇に小さな文字で、『取り扱い注意!』とも書かれている。そんでもって、明らかにエマージェンシーな感じのマークと、デジタルな数字。
3、2、1………。
「ヒィィィィィィ!!」
クロノはその爆弾をとっさに全力で放り投げた。
ボールは空中で閃光を放ち、炸裂した。炸裂して割れた光の塊は、また散ってそこで新たな閃光を放ち破裂音を轟かす。
打ち上げ花火のような火花を四方八方に発射しまくるド派手な爆発だった。
「チョイ待て! これじゃ、まるで……」
クロノが言い終わる前に、拡声器を通して声が聞こえた。
「そこの学生! これはピース・キーパーへの反撃と見なす! 覚悟しなさい!!」
「やっぱり!!」
ピース・キーパー、超キレまくり。事態は完全に悪化してしまった。
ちょっと話せば分かると思っていたのに、これだとかなりしっかり話さないと分かってもらえなさそうだ。勘弁してくれ……。
クロノが頭を抱えようとすると、二、三個小さなスプレー缶のようなものが投げ込まれた。
それは足元に落ちると、回転しながらものすごい勢いでガスを撒き散らした。
「催涙弾か!」
クロノは、自分がガスを吸い込むより早く、素早い動きでガスを噴出する催涙弾すべてを恨み募る岩の方に蹴りつけた。
岩は一瞬だけガスに包まれ見えなくなるが、催涙弾が小型だったので勢いはすぐに弱まる。
「どうだ、懲りたか!」
岩をポンと手で叩くと、クロノは手触りを確かめるように掌を動かした。
「これ、張りぼてだったのか……」
見た目は完全な岩だったが、それは間違いなくただの張りぼてだった。
中でケホケホとむせる音が聞こえる。
「こんなもの、いったいどうやって用意したんだよ」
クロノはその張りぼてをひっぺ返した。
そのとき、周囲を取り囲んでいたピース・キーパーが一斉に現れた。
「なっ!!」
クロノとピース・キーパーの声が完全にハモった。
理由は簡単だ。
クロノの目の前には………スッポンポンで涙目の少女が、小動物のような視線でたたずんでいたのだから。
助けを求めるような視線を、無駄に上目遣いで周囲の人間に送る。
「そこの学生! これはどういうことだ!?」
ピース・キーパーの女性メンバーの一人が声を張り上げる。
「え、いや、これは……」
むしろ俺が聞きてー!!!
と、クロノが言い終わる前に、シェルの一言。
「先輩に………イタズラされました」
シェルは、そう言うと頬をポッと赤らめた。
ハイィィッ!!!???
完全装備のピース・キーパー二人が静かに歩み寄ってくる。
そして、クロノの両腕に簡易拘束具がはめられた。
カチャっとロック音が聞こえ、ディスプレイにクロノの学生IDと捕縛時刻が表示される。
「終わった……いろいろと……」
クロノは半ば茫然自失。
「誰か、この子に羽織るものを」
「あ、大丈夫です」
シェルは右手を腰のあたりに持っていく。わざとか偶然か、身体の角度的に、そこはピース・キーパー達から見るとちょうど死角になっていた。
そこには少し大きめの絆創膏が貼ってあった。骨盤の少し上のあたり。
そのあたりを軽くさするように手を動かした瞬間……。
「ちょうどマントがあったので」
そう言ったシェルの指先はマントの端をつまみあげ、そのままそれをみんなから見えるように掲げた。ただシンプルに真っ白な布なので、マントというよりはシーツっぽい感じであるが、とにかく彼女はそれに身体を収める。
クロノはその一部始終を見ていた。シェルがドラゴンに化ける様子を間近で見ていたクロノは、何が起きていたのか改めて確かめたくて、先程よりも意識的に視線を向けていた。
しかし、新しく発見できたことは特になかった。奇術に翻弄される観客のように、漏らさず注意深く見つめているという感覚を持ちながら、その観察眼の網の目を何かが素通りしていってしまったような感じだ。
しょうがないから、もういっそのこと本人に直接聞いてやろうか。そんなことを思ったが、それを実行に移す前にピース・キーパーに連行されてしまった。
ドーム型植物園で治安維持活動にあたっていたピース・キーパーたちは、目的を果たしたので、必要最低限の人員を残して外に出て行く。
クロノがざっと数えただけで、その数およそ三十。すでに切り上げてこの場にいない者や、園内で現場検証をしている者もいるだろうから、今回出動した人数はこれを上回るに違いない。
ピース・キーパーが組織としてどれだけの人員を抱えているのかは知らないが、かなりの大捕り物だったのではないかと思う。
「って、俺も捕まっているわけだが」
なんだか自分で言ってて悲しくなってきたぞオイ。
クロノを含めた人の群れが動き出す。その一群の中に、銀髪とカメラ娘も見つけた。拘束はされていないようだ。
「おいっ! お前、俺になんの恨みがあるんだよ!!」
クロノは半泣きでエミルに話しかけた。
エミルはそれに満面の笑みとピースサインで答える。
いったい何を考えているんだよ……。
「ほら、神妙にしなさい」
あまり激しい口調でもなく、決まり文句という感じでピース・キーパーに注意される。
「あの、これはどこに向かっているんですか?」
「学園長室だ。君たち四人を連れてくるようにと、直々に通達があった」
学園長の呼び出しか……。本当に洒落にならなくなってきたぞ。
「学園長室に連行なんてはじめてよ。ちょっと度が過ぎたわね」
肩の力を抜きながら発せられたその言葉には、明らかに
ヤメテ! そんな可哀想なものを見るような目で俺を見ないで!
だって俺、本当になんにもしてないし! 俺は無実だ!!
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