玉子かけ御飯忘れがたく候

よろしくま・ぺこり

玉子かけ御飯忘れがたく候

 最近の若いもんの軟弱さはなんだ!

 今日も今日とて、新人の安田が、母親を通じて「花粉症がひどいから休む」と言ってきやがった。「せめて本人を出してください」と母親に言ったら「花粉症がひどくて寝込んでおります。電話には出られません」とぬかしやがる。花粉症ってのは寝込む病気か? ティッシュを鼻に突っ込んどけばなんとかなるんじゃないか。特に安田は経理なんだから、いざとなったら誰とも話をしなくてもやっていけるんじゃないか……と言いたかったが、相手は母親だし、世間じゃ何かと、パワハラだのブラック企業だの言う言葉が流行っているから下手なことは喋れない。「お大事にとお伝えください」と言って電話を切った。係長の植木に「花粉症ってのは会社を休むほど辛いものなのか?」と聞いたら「はい、辛いです。でもみんな病院に行ったり、市販のアレルギー剤を飲んで耐えています」と答えた。なんだ、結局安田は自己管理不足なだけじゃないか。俺は怒りを抑えるために『ヘブンスター』を吸い出した。すると総務の森崎が青い顔をしながらやってきて、「お腹の調子が悪いので早退させてください」と言う。「トイレにはいったのか? 薬は飲んだのか?」と小学校の先生みたいなことを聞くと「行っても何も出ませんし、薬は強すぎて体に悪いので飲んでません」とのたもうた。じゃあ、何が原因かねと問うと「たぶんストレスです」と言いやがった。お前、総務で、トイレットペーパーの在庫管理と、休憩室のお茶の補充、蛍光灯の取り替えぐらいしかやっていないのに何でストレスがたまるんだ。と言いたかったが最近ではパワハラとかブラック企業など……さっき言ったな、これは。とにかく社員に優しくしないとすぐに辞められてしまうので、ぐっと我慢して「帰りたまえ。お大事に」と肩を押して返してやった。ただし、赤い痣ができるくらい強烈に押してやったわ。ザマアミロ。

 それにしても最近入った社員は皆、体が弱い。頭が痛い。胸が苦しい。胃がもたれる。腰が痛い。アキレス腱が痛むと言う。社員選考の時に健康診断をしているだろう。と人事部長の桜井に尋ねると「もちろんしています。みんな健康です」と自信満々に言う。となると、我が社に入ってからが問題なのか? 我が社は普通の中堅商事会社だ。何が問題なんだろうと考えながら、外商部に行ってみると、たまたま内勤していた社員が直立不動で、俺を迎える。大げさな。外商部長はいるかと聞くと、ちょうど、トイレから帰ってきた外商部長の犬塚にぶつかった。「こりゃ、社長。お珍しい」「ああ、お前に聞きたいことがあってきた」「なんでしょう?」「外商部の若手社員は病気になるか?」「そりゃあ、全く風邪もひかないやつはいませんがみんな普通に働いていますよ」やっぱりそうか。俺は分かってしまった。俺は外商部にはあまり行かない。内勤の若手社員が病気がちなのは俺のせいなんだ。つまり、言って見れば強面の俺に対するアレルギー症状が出るんだ。『社長アレルギー』だ。クソ、俺はアレルギーって言葉が大嫌いだ。昔はみんな、なんでも食べれたんだ。それがいつの間にか、小麦やら大豆やら鶏卵やら牛乳やら、苦しまれている方には悪いが、軟弱になってしまったものだ。そばにもアレルギーがあるらしい。俺は昼食は鴨南蛮と決めておるから、それが食べられなくなるのは辛い。なんとか、アレルギーの特効薬を作ってやってほしい。だが「社長アレルギー」の特効薬は作られまい。昔は若い者を連れて飲みに行ったわい。みんな、それで厳つい俺の怖さの中にある、優しさに気づいて、普通に接することができるようになった。つまり、免疫が出来たんだな。しかし、今の若手は酒に誘っても来やしない。みんな私用があるとか言って、俺から逃げる。それじゃあ、免疫はできないよ。だからストレスがたまって病気になるのだな。分かった。

 俺は長期休暇を取ることにした。長野の高原ホテルに一週間、泊まるのだ。社員のストレスもリフレッシュされるであろう。


 旅行当日は雨だった。俺は車で長野まで行く。妻は置いていく。急に決めたことなので、外せぬ用事があるという。そんなことはどうでもいい。俺は内勤の社員のストレスを軽減するために旅行に行くのだから。

 雨はだんだんひどくなってきた。高速を降りた時には道路が冠水し始めていた。「ええい、行けるところまで行ってやる」俺はムキになって無理をした。そしてとうとう車は動かなくなった。目的地には遠く及ばなかった。

 車中泊は危険だ。水かさが増し、水没する恐れがある。近くに泊まれるところがあるか駐在さんに聞いた。旅館があるという。ラッキーだ。俺は旅館というものに泊まったことはなかったが、和風のホテルぐらいだろうと思っていた。実際には全然違った。テレビでしか見たことのない藁葺き屋根で、居間の真ん中には囲炉裏があった。日本の原風景を見るようで大変結構だが、俺は猛烈に腹が減っていた。朝食にステーキを食べただけで、途中の大雨で昼食は食べ損ね、時刻は午後九時を過ぎている。「何か食べるものを」といった俺に女将は非情なことを言った。「今日は食べるものはねえ。明日、自衛隊が米を持ってくる。そうしたら卵かけて食え。それまで我慢だ。男なら泣き言言うなや」そ、そんな。しかし、女将が言った通り、俺は男だ。我慢しようじゃないか。俺は空腹に耐えながら夜を明かした「泣き言なんか言わない。だって男の子だもん」少し泣いてしまった。これは誰にも秘密だ。

 翌日の朝、自衛隊がヘリコプターで食べ物を持ってきた。米と豆腐と味噌。それだけで十分だ。幸い、旅館の井戸には雨水が混入しなかったので、女将は井戸の水で米を研ぎ、味噌汁を作った。そして、鶏の玉子を一つ、持ってきた。「生玉子一つ、持ってきてどうすんの。目玉焼き作って」と言った俺に、女将は「馬鹿言うんでない。玉子は飯にかけるのが一番うまい」と言って、玉子を割り、溶き玉子にして熱々のご飯にかけた。一口食べる。「美味い」海外育ちの俺はご飯に生玉子をかけるなんて、思いもよらなかった。俺は三杯お代わりした。本当はもっとしたかったんだけど、ご飯が尽きた。

 今朝は雨も止み、車も運転できるようになった。俺は高原のホテルに着いた。夕食は当たり前ながら洋食だ。でも俺はムズムズした。玉子かけご飯が食べたくなったのだ。俺は支配人に顔が効く。だから頼んだ。「締めは玉子かけご飯にしてくれないか」支配人は右眉を動かしたが動じずに「かしこまりました」と受諾した。かくして、高原のホテルにいる間、俺は三食玉子かけご飯を食べた。飽きない味だ。その頃から背中がちょっと痒くなったのだが、気にしなかった。

 東京に帰ってからも朝と夕食は玉子かけご飯だ。妻は「楽でいいわ」と言った。背中の痒みは出たり、出なかったりだ。そんなある日、忌々しい、あの出来事が起こった。朝食に玉子かけご飯を食べていた俺は急に息が苦しくなった。息がつまる感じだ。呼吸ができない。立ち上がることもしゃべることもできない。妻が急に気づいてくれて、救急車を呼んでくれて助かった。あと少しで俺は死ぬとこだったのである。

「生玉子アレルギーによるアナフィラキシーショックです」検査結果を冷静に伝える医師。それは地獄への引導だった。「生玉子ですか」「そうです。死の危険があります。絶対に摂らないでください」「半熟は?」「百パーセント火を通したもの以外は禁止です」「はあ」俺はうなだれた。

 その後、自然薯、納豆などいろいろと試行錯誤したが、玉子かけご飯を上回る美味さはなかった。ああ、あの味が忘れられない。

 俺は決めている。死ぬ時には玉子かけご飯を食べる。

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