王家の呪い子

空星月花

プロローグ

『王さまと魔女』

むかし、むかしのことです。


ある、王国がありました。

名前は、ラントレーゼ。

花咲く都…と、呼ばれていました。



そこにはもちろん、王さまがいました。

王さまはまだ若く、凛々しくありました。


黄金の如き、流れるような髪の毛。

どこまでも続く青空を写し取ったかのような瞳。

古代のさる有名な彫刻家が造ったかのような、均整のとれ た肉体。

立派な、雪のように真っ白な翼。

誰もが振り向かずにいられない男らしい魅力と気品に満ちてい る………



でも、王さまはひとりぼっちでした。

お父さんもお母さんも、そのまたお母さんも、みんな亡く なっておりました。

奥さんも子供もおりませんでした。

きょうだいも、だれ一人としていなかったのです。


王さまは、ひとりぼっちでした。




ある日、そんな王さまのもとに、家来がやって来て、言い ました。


『王さま、北の魔女が我が国を滅ぼそうとしているそうで ございます。』


『なに。』



王さまは驚きました。



『なぜだ。』


『わかりません。ですが、ここ最近は、災いが多すぎると は思いませぬか。』


『ふむ……そうだな。』


『この夏は干ばつ、その前には大雨、それに伴う疫病…それ に、』


家来はすこし思い悩んだと見えますが、


『………皇太后さまの死も…』


『邪推するな。』


家来はすごすごと下がりました。


そうなのです。

皇太后さまの死に限らず、王さまの家族は皆、怪死したの でした。


だから王さまは、ひとりぼっちでした。




『お前たち、北の魔女について知っていることはあるか。 』


王さまは学者たちを集めて尋ねました。

国中の、最高峰の頭脳を持つ学者たちは、すぐに答え始め ました。


『北の森の奥に住むそうです。』

『昔から生きていて、寿命は何百年とも言われています。 』

『魔獣を操るそうです。』



学者たちは口々に、北の魔女の噂を並べ立てました。

どれもこれも、一貫して悪いものばかりでした。


『………そなたらの言うには、北の魔女はさも悪者であるか のようだな。』


『いえ、そのつもりは…』


『しかし、ここに、〝北の魔女が我が国を滅ぼそうとして いる〟と来ては………、どう思われる?』


学者たちは色めき立って、口々に議論し始めました。


『………では、そなたらは皆、北の魔女を殺すべしと言うの だな。』


王さまは言いました。


『勿論です、王さま。』

魔女あれは何をするかわかりません。』


議論をやめて、学者たちは王さまの言葉に頷きました。

王さまはしばらく考えると、


『…よし、魔女に使いをやろう。北の森にいって、噂は本当 か、確認するのだ。』


『ええっ。』


『焦って判断してはよくない。どちらにしろ、相手方の戦 力をはからねばならん。』



そう聞いて、学者たちは黙りました。

なぜなら、王さまの言うことは最もだからです。 これ以上、北の魔女を殺すよう言い続ければ、周りの学者 たちからは物わかりの悪い奴、と、思われてしまうでしょ う。

それどころか、王さまに怪しまれてしまうかも知れません 。


王さまは、家来二人に、北の森へ行き、魔女の思惑をさぐるよう言いました。



そして、その家来は、一週間後に、死体で見つかったので した。





『王さま、これでわかりましたでしょう。』


一人の学者が得意気に言いました。


『我々の仮説はあっていたのです。』

『やはりこの国を滅ぼそうとしているのですよ。』


王さまは、また学者たちを集めていました。 判断に迷ったからです。

このまま、北の森に攻めこみ、魔女を殺してしまうべきか 、それとももうすこし、様子を見るか。


しかしこうも、全員に「魔女を殺すべきだ」と言われて、 簡単にしたがってしまうような王さまではありません。

むしろ、本当にそれでよいのかと思っていました。


『王さま、今こそ魔女を倒すときです。』 『実は、我が国は、古くからあの魔女に苦しめられてきて いたのです。』

『その通り!是非とも勇敢で聡明な国王陛下に…』



『………殺せと言うのだな。』


王さまは、低く唸るような声で言いました。


『………?はい。』


学者は不思議そうな顔をしました。

学者にも、王さまの心はわからなかったのです。



それから、王さまは覚悟を決めて言いました。




『……軍を動かせ。目指すは北の森、北の魔女の殺害を命ず る。私直々に出向こう。』








冷たい風がびゅうびゅう吹いています。

空は真っ青に晴れ渡って、鼓笛隊のラッパが、高らかに響き渡りました。


王さまは、今日はしっかりした甲冑と、腰に剣を帯び、大きな白馬に乗っています。

目の前には森がありました。


北の森です。

今日は、魔女を殺しにきたのでした。



ラッパを合図に、軍隊は進み、ときの声が上がりました。


『王さま…』

『我々も攻めるぞ。』


不安そうな家来たちを引き連れ、王さまは勇敢に、北の森の奥へ踏み込んでいきました。

気がつけば王さまは、大きな城の前に出ていました。


『これが、魔女の住み処だな。』

『きっとそうでしょう。』


城にはすでに、軍隊が乗り込みつつありました。

王さまは城の奥を、魔女を目指して進んでいきます。


そうすると、大きなドーム状の屋根を持つ、ホールに出ました。

あちこちが美しく飾られており、天井のガラスからは日光が透けて、青い光を投げ掛けていました。


そしてそのホールの真ん中に、魔女はいました。


驚くほど美しい女でした。

黒髪は長く縮れて、床にまでつくほどであり、衣服も黒で固めていましたが、その豊満な肉体は隠しきれていませんでした。



『あんたがラントレーゼの王か。』

『……それがどうかしたか。』



魔女は怪しく笑いました。



『殺すなら殺しな。あんたの思うようにすればいい。』


『……なんだと。』



王さまはおかしいと思いました。

魔女はもっと、殺されるのをいやがると思っていたからです。


『……あたしが死んだって、こまんのはあんたさ。少なくとも、な。』


『なに……?』




『かあさん!』



その時、ホールに、一人の少年が駆け込んできました。

顔立ちは魔女に似て、とても美しく、しかし頭にはねじれた二本の角がありました。

少年は上等な服を着ており、もし、彼が魔女の息子なのだとすれば、相当可愛がられているのがわかりました。



『ソレス!来んじゃないよ!』



魔女は叫びました。



『だけど…』


『来んじゃない!お行き!』


魔女が叫ぶと同時に、彼女のまわりに怪しい紋様が浮かび上がりました。

ソレスと呼ばれた少年は、それを認めると走って逃げてしまいました。



『逃げられたか。実の息子に?』


王さまは言いました。


『あれはちがうよ……まぁ、良いのさ。あたしたちはしょせん、赤の他人だったってだけさ…。さぁ、早く殺しな。さもないとこの術が発動するよ。』


これはこの城が壊れる術なのさ、と魔女はにやりと笑いました。



『どうすんだい。』


『問答無用だ。我が国を呪った罪、その命で償ってもらうぞ。』


王さまは言い放ちました。

剣を構えると、魔女に歩み寄りました。



『命、命ねぇ…』


『なんだ、今更未練か?』



王さまは意外そうに眉をあげました。



『いんやぁ、ちがうがね…。そうか、そうかい、命を懸けるって手もあったねぇ…』


『………?』



魔女はなにか思い付いたようでした。

王さまの足はピタリと止まりました。



『…死ぬ前に、あたしの命をかけて、やってあげよう。』


『…?』




魔女は笑いもせず、泣きもせず、ただ無表情で淡々と告げました。






『お前のずっとあとに続く子らに、呪いを与えよう。後に双子が産まれ、片方は呪われ、片方は祝福される。呪いの子は全てを破壊し、何も残らない』





『…貴様っ…!』



ドスッ!



王さまは怒りのあまり、魔女を剣で刺し貫きました。



ドサッ…


『…ひっ…』


背後の家来たちは怯えましたが、王さまはまだ、怒り狂っていました。



『…貴様…!』


『ああ、わかっているさ、あんたに何をしたか、あんたの国に何をしたか、な……そうさ、その子達は何もかも対照さ。覚えとくと良い。せいぜい、語り、つたえ、る、ん…だ………な……………。』




魔女は王さまの前で、体を二つに折って死に絶えました。


こうして、ラントレーゼ王国の王家には呪いが伝えられることとなりました。







それは今から六百年前のこと―――


悲しい物語の、始まりだったのだ。






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