反応
「…………え?」
森ちゃんが、掠れて擦り切れた音を、喉奥から口の中へと通り抜けさせた。
私は包丁が突き刺さったままの佐藤さんの死体に近づき、蹴り飛ばした。赤い液体を散らして、佐藤さんだった死んだ細胞の集まりが床を転がる。
「だって、酷いと思わない? 森ちゃんの事好きだとか言ってるくせに、傷つけて、貶めて。高橋くんは一体何様のつもりだったんだろうね。私はさ、そんな高橋くんの歪んだ気持ちを、正してあげようとしたんだよ」
私は佐藤さんの死体を踏みつけながら言った。
「ちょっとお腹を包丁で裂いただけなのにさ、高橋くんったら動かなくなっちゃった。ああ、今日家庭科の調理実習だったでしょ? だから私、あの時マイ包丁を持ってきてたんだ」
えへへ、と私は頬を緩めて、佐藤さんのお腹に刺さっていた包丁を引き抜いた。
昼休みが終わりに近づき、皆が家庭科室に行くのを横目で見ながら、私と高橋くんは教室に残った。私は高橋くんから森ちゃんに対する本当の想いを聞かされた。
身勝手だと思った。最低だと思った。そんな事を言う彼は人間じゃないとさえ思った。だから、少し痛い目を見せて反省してもらおうとしたのだけれど――高橋君は勝手に死んでしまった。最初に死体を見つけた時は本当に混乱した。
近頃の若者の体力の低下を思い起こした。あの程度で死ぬなんて私は夢にも思っていなかった。
腹を適当に裂いた時、チャイムが鳴ってしまったので、私は次の家庭科教室に急いだ。帰ってきたら、高橋くんはいつの間にか死んでいた。
「次が家庭科だからって、マイエプロンをしてて良かった。おかげで制服が汚くならなくてすんだよ。まあ、肝心の家庭科でマイエプロンを使えなくて、学校のボロっちいエプロンを使わなくちゃいけなかったのは残念だけど」
私は引き抜いた包丁を手の中で弄ぶ。この包丁は高橋くんのお腹を裂いた後、家庭科の調理実習にも使った。私はこの包丁がお気に入りだ。
「それで、調理実習から帰ってきたら、今度は佐藤さんが暴れだしてさ。佐藤さん、本気で森ちゃんを殺そうとしてた。勝手に高橋くんを殺したのが森ちゃんだって思い込んで、クラスメイトをけしかけた。迷惑しちゃうよね」
森ちゃんが気絶するまで、クラスメイト達は殴ったり、蹴ったりした。ひどい、許せない。私は何とかして彼らを止めなくちゃいけなかった。
私は調理実習で皿を洗うために合成洗剤をいくつか持参していた。どうにも家庭科室の洗剤は汚れの落ち具合が悪かったから、こっそり持ってきていたのだ。
仕方なく、私はその『混ぜるな危険!』と書かれた合成洗剤を混ぜ合わせ、教室を飛び出した。
後ろの扉は鍵が壊れて使えなくなっていたから、前の扉だけを体で押して封じた。密封性に少し問題があったが、あの時は必死でそこまで考えが至らなかった。誰かが教室から逃げようとするかとも思ったけれど、みんな森ちゃんを傷つけるのに夢中なようだった。私の行動に気付いた生徒はいなかった。
しばらくしたら、ガスが発生して次々生徒たちが倒れていった。私はすかさず教室に入り、そこで全身に痣を作り、血を流している森ちゃんを目にした。
我慢の限界だった。私は佐藤さんのお腹を何度も包丁で突き刺した。倒れている生徒達も、もし起き出して誰かを呼ばれたら怖いので、一人ずつ順番に喉笛を裂いていった。これで彼らも叫べないと思った。
私はこの教室はガスが蔓延しているから危ないと思い、気絶した森ちゃんを引きずって隣の教室に移したのだ。
それから、ふと別のことを思いついた。森ちゃんは高橋くんが死んだ事をどう思っているのだろう。
その死を悲しむのだろうか、それともやはりあざ笑うのだろうか。
私はひどくそれが気になって、ついでに高橋くんの死体も隣の教室に移動させた。しんどかったけれど、二人をそれぞれ運んだ私は一息つく。そんな時、森ちゃんは虚ろな表情で目を覚ましたのだった。
私は心の底からぞくぞくとした素晴らしい感情が湧き上がるのを感じる。頬が紅潮するのを自覚する。
「目を覚ましてからの森ちゃんは、凄かったな……。高橋くんの死体を蹴り飛ばす時なんて、もう最高」
私は森ちゃんが〝怪物〟として目を覚ましたとき、常に体が震えていた。
それは複雑な感情からなる肉体反応だった。
佐藤さんが森ちゃんに対して行った非道に対する『怒り』。
それと同時に――あまりにも美しい、〝怪物〟としての森ちゃんの姿に対する、全身が震えるような『感動』。
ああ、同じだ、と思った。
私は森ちゃんに、自分と同類の匂いを感じ取っていた。
だからこんなにも気になって、いつしか好きになってしまったのだろう。
森ちゃんは、私にとってのあこがれの人であり、運命の人だ。
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