「え……?」


 私達は、今自分達が出てきた教室と、隣の教室とを見比べる。


 森ちゃんが呆然と呟いた。



使……!?

 !?」


 私は森ちゃんの手を引っ張る。高橋くんの死体を置き去りにして、私達はその隣の教室――私達のいつも使っている教室の扉の前に立つ。


 そして私は扉に手をかけた。


 私はその姿勢のまま動きを停止させる。森ちゃんの困惑が空気を介して伝わってくる。


「高橋くん、森ちゃんの事が好きだったんだって」


「え……?」


 後ろの森ちゃんが、信じられないといった表情をする。


「本当は好きだったけど、素直になれなかったんだって。ほら、中学生くらいまではよくあるじゃん、そういうの。好きな子をつい苛めちゃうってやつ。高橋くんも、そうだったみたい」


「そ、そんな」


「あはは……森ちゃんにとっては今更、なんだろうね。高橋くんは自分に告白する勇気がなかったから、仕方なく苛めてたらしいよ。森ちゃんを〝怪物〟に仕立て上げる事で、他の男が寄り付かないようにしてたみたい」


「どうしてそんな事を知って――」


「最後に高橋くんと話をしたのは……私なの。昼休みのときにね、やっぱりどうしても、森ちゃんを虐める事をやめてもらいたくて、詰め寄ったの。そしたら高橋くんはそのことを教えてくれた」


 私は胸が締め付けられる。心が痛かった。彼は〝怪物〟に恋をしていたのだ。自分の生み出した〝怪物〟に。けれどその想いを伝える機会はついに訪れなかった。


「そしてね、これは前から噂になってたことなんだけど……佐藤さんの事について」


 森ちゃんは無意識なのだろう、傷だらけの体をかき抱いた。少し震えている。佐藤さん達が行った事に対して、恐怖心を抑えられないのは明白だった。


 森ちゃんの怯えを私は痛ましく思う。同時に彼女をこんな状態に陥れた人物に対しての怒りも、湧き上がってきた。


「佐藤さんはね。高橋くんのことが好きだったみたいなの」


 森ちゃんが俯かせていた顔を上げた。彼女の唇から、僅かに疑問の空気が漏れる。


「だから、彼女は森ちゃんに対する攻撃に積極的だったんだと思う。佐藤さんは高橋くんの想いに気付いてた。だから尚更彼女は、森ちゃんを傷つけようと躍起になってたんだね」


 私は手を扉に触れたまま、森ちゃんを振り返る。


「その佐藤さんは、ここにいる」


 森ちゃんは身を強張らせた。呻くように呟く。


「じゃあ、高橋君を殺したのって――」


 私は手に力を込めて、扉を開ける。


 夕日のまばゆい光が、扉の隙間から私達の網膜を焼いた。


 夕焼けを背にして、教室の壁にもたれる佐藤さんがいた。


 視界全てが赤に染まる。佐藤さんは教室の壁にもたれたまま――


 腹を裂かれて死んでいた。



 私は笑顔を浮かべて、森ちゃんに対してそう言った。

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