告白

 ――私は怪物です


 森ちゃんは喘ぐようにして息を漏らした。


「森ちゃん……」


 傷だらけになった彼女の姿を、私は悲痛な表情で見つめる。


 そんな私の様子を見て、森ちゃんは心底不思議そうに首を傾げた。


「貴方はどうしてここに残っているんですか。私が怖くないんですか」


 彼女は瞳孔を細めて、私の奥底を見透かすような、鋭く、そしてどこまでも透明で感情のこもっていない視線を向けた。また、この目だ。


 私は震える拳を押さえながら、森ちゃんの視線を受ける。


 彼女の瞳はどこまでも透明だった。何も見ていないようだった。私という存在にどのような価値も認めていないようだった。そもそも生命の価値が見えていないようだった。私は森ちゃんとの間に果てしなく遠い距離を感じる。あるいは途方もなく厚い壁を感じた。


 だからこそ、綺麗だった。


 夕焼けの赤色を、濡れたような瞳に映し、金色の光をその頬に受ける森ちゃんは、ぞっとするくらいに綺麗だった。生徒達から受けた痣も、切れた唇から流れる血も、病的なまでに真っ白な肌も、肩から胸にかかる黒髪も、全てがどこか浮世離れしていて美しかった。


「みんな、酷いよ。森ちゃんがこんなになるまで暴力を振るって」


 私が弱々しい声で呟くと、森ちゃんはガラス球のような瞳を動かした。


「酷い? どうしてですか?」


「だ、だって……森ちゃんが高橋くんを、こ、殺したって決めつけて……!」


 教室には高橋くんだった有機物の塊が転がっている。森ちゃんは虫の屍骸でも見るような目つきで彼を見ていた。


「じゃあ貴方は私が彼を殺していない、とでも思ってるんですか?」


「思ってるよ……」


 私が力なく返すと、森ちゃんは奇妙に引きつった表情を浮かべた。


「貴方は私を前にして、何も感じないんですか? 捕食者の前で、貴方はどうしてそんなに無防備でいられるのです? 殺されたいんですか?」


「わ、私は……森ちゃんの事そんな風には思ってないよ」


「そうですか」


 森ちゃんは腰掛けていた机から降りる。そのまま私の元に迷いなく近づく。そして。


「……ぅ」


 私の喉に爪を立て、握った。


「そういえば、最近起きた殺人事件を知っていますか?」


 唇が触れそうな至近距離に、彼女の白い顔があった。


「あれをやったのは、私ですよ」


 森ちゃんはそのまま私の喉を押して、突き飛ばした。私は床に倒れこんで、何度も咳き込む。


 私は体の震えを抑えられなかった。心の奥底から止め処なく湧き上がってくるような感情を、必死で堪える。


 私は感情を押し殺して、震えが出ないように腕を押さえながらゆっくりと立ち上がる。


 彼女との距離は気が遠くなるほど開いている。今の自分はとんでもなく滑稽に思える。無様に感じる。無力を痛感する。


だけど、だけどね。それでも私は――


「でも、でも……」


 赤子のように繰り返しながら、私は必死に言葉を紡ごうと努力する。


「私知ってるよ。森ちゃんがお弁当のハンバーグが好きで、食べた時に幸せそうな表情をしてた事。あと猫舌でコーヒーが飲めずに困ってた事。その後砂糖をたくさん入れて、ミルクを足して冷やして、やっとちびちび飲めて。それから少しだけ嬉しそうに笑っていたのを、この前喫茶店で見たの」


 私が搾り出すように言うと、森ちゃんはここで初めて狼狽の表情を見せた。その青

白い頬が、少しだけ赤く染まっている。


「みんな森ちゃんの事を怪物だって言うけど、でも私はどうしてもそう思えない。森ちゃんはきっと、普通の女の子だよ」


「違うっ……!」


 森ちゃんが目を見開き、獰猛に歯茎を見せながら否定した。


「私は抑えられないんです……! 気がつけばいつも人を殺す事ばかり考えている! 私は怪物なんです! それを『普通の女の子』? やめてください、反吐が出ます。勘違いしないで下さい。侮辱しないで下さい。私は正真正銘の怪物です」


 森ちゃんは犬歯を剥き出しにして、噛み付くように言った。


 そのまま彼女は高橋くんの死体の元へ行って、そのまま物言わぬ彼に足を踏み下ろした。


「あはははは! 無様な死に方! これだって、私がやったんです! いつも殺したいと思っていました。腹を八つ裂きにしてやろうと思っていました」


 森ちゃんは死体を蹴り飛ばした。私はその光景を唇を噛んで黙って見ることしかできなかった。拳を握る。手がまた震える。


「さあ、次は貴方です」


 森ちゃんは首を傾けて嗤った。黒い髪が唇の血に張り付く。

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