第1話 非日常の始まりは、血に塗れて女装

 物語は、東北地方Z県X市のとある高校から始まる。

 時間帯は昼休み。

 気だるい授業の合間のオアシス時間。食事と休憩、もしくは遊びにどれだけの時間を割り当てるか、学生のセンスが問われる時間だ。

 そんな時間を、教室内で楽しく過ごしているごく普通の男子高校生が一人。


「くくくく、いいのか、降りなくても? 俺の手札は最強だぜ?」


 学友たちと賭けポーカーを楽しんでいるのは、多々良 克二(たたら かつじ)という少年だ。どこぞのエロゲ―主人公のような無個性黒髪中肉中背の外見をしているが、浮かべたその笑みはまさしく狂気。己の賭け事への絶対的な自信がにじみ出ていた。


「おい、こいつブタの時も同じことを言ってたぞ」

「大体同じ事しか言わないからな、こいつ」

「ある意味わかりづらいんだよな、この馬鹿」


 しかし、共に賭けポーカーをやっている学友たちの表情には呆れしかない。

 そう、一見普通の少年に見える多々良克二は、実は馬鹿である。勉強は普通にできるが、天然系の馬鹿である。つい最近まで、鶴は千年生きて、亀は一万年単位で生き延びるレジェンド的な動物だと勘違いしていた馬鹿である。

 故に当然、この賭け事の結果も分かり切っていた。


「くくく、馬鹿め! 全員降りないとは! では、俺の手札を見るがいい! ワンペア!」

「ツーペア」

「ツーペア」

「フルハウス」

「こんな馬鹿なぁああああああああ!」


 当然の如く、克二は負けてしまった。

 克二の場合、心理戦をまったく無視して運の要素をぶち込んで来るので、勝利はまさしく運次第。だが、残念なことに、今日の克二の運勢は最悪の部類らしい。何せ、ここまで三回ポーカーを行って、一度も最下位から上がっていないのだから。


「くそ、もう一回だ!」

「その前に三回やってビリな奴は罰ゲームって賭けだろ。さぁ、選べよ」

「女装するか。花束を持って女子をデートに誘うか。あるいは、学年で一番の可愛い女の子に声をかけてくるか。もしくは、大声でラブコメ風に自己紹介しながら廊下を走れ」

「ぐ、ぐぬぅうううう!」


 恥辱を賭けた、男子高校生のポーカー。

 罰ゲームは絶対であり、逃れることは許されない。


「……よし、分かった、ならこうしようじゃないか」


 だからこそ、克二はこの恥辱から逃れるために、一つの提案をする。はっきりいって、馬鹿としか言えない、狂気に満ちた提案を。


「次にもう一回だけポーカーをやらせてくれ。俺は絶対に降りない。その勝負で、俺が一番を取れれば罰ゲームは帳消しに。代わりに、取れなければ罰ゲーム全部乗せで」

「ほう、馬鹿げた提案だ。だが、面白い」

「ちなみに、全員引き分けになった場合や、同率一位が居た場合は?」

「その場合でも俺の負けだ。罰ゲーム全部乗せを行ってやろう」


 面白い、と克二の学友たちはその提案に乗った。

 そして、運命の勝負が始まる。


「……くくく、来たぜ、俺の運命ぇ! いくぜ、ツーペア!」

「ツーペア」

「スリーカード」

「フォーカード」


 勝負は終わった。

 惨敗だった。



●●●



 馬鹿ではあるが、約束は守る男、それが多々良克二である。

 つまり、現在、克二は物凄いことになっていた。


「俺の名前は多々良克二! ピュアな男子高校生さ! 最近の悩みは、飼い犬のジョンが俺の背後をやけに吠えること! 趣味はギャンブル! 後、料理とか! 現在、彼女募集中でぇえええええっす! ふぅ!」


 テンションの高い女装男――克二が校舎の廊下を疾走していた。

 その右手には赤い薔薇の花束が握られており、向かう先は、クラスで一番可愛いとされている女子――雨宮 沙織(あまみや さおり)の居る教室だ。

 何のために会いに行くのかって? 

 男が女装をして、花束を持って、さらに全力疾走までしているのだ、デートの誘いに決まっている。それ以外の状況があるのならば、教えて欲しいぐらいだった。


「あ、馬鹿だ」

「いつもの馬鹿だ」

「相変わらず馬鹿だなぁ」

「あいつを見ていると、日本って平和なんだな、って思うわ」


 周囲のモブからいつも通りの言葉をかけられつつも、克二は足を緩めることなく疾走。あっという間に、沙織の居る教室までたどり着く。


「いやふぅうううううう! 俺でェえええええええっす!!」


 だが、教室の扉を開けた先にあった光景は、克二の予想を遥に覆す物だった。


「…………なんだ、お前は?」


 眠っているかのように倒れ伏す無数のクラスメイト達。

 その中で、二人だけが、平然と佇んでいた。

 一人は黒いジャケットを着こんだ灰色髪の青年。右目には大きな傷跡があり、その表情からはまるで感情が読み取れない。


「うそ、なんで、こんな時に……」


 もう一人は可愛らしい少女だった。

 学校の制服に、茶髪のポニーテイル。大きな栗色の目に一杯の涙を貯めて、不安そうに己のスカートの端を握っている。

 少女の姿に、克二は覚えがあった。


「あ、雨宮さん? こ、これは一体?」


 雨宮 沙織(あまみや さおり)。


 これから克二がデートに誘おうとしている女子だった。


「……どうして? ワーディングの範囲内なのに……どうして、よりにもよって馬鹿な人が」

「馬鹿な人!? え? 俺って、女子の間でそう呼ばれてんの!?」

「恐らく、オーヴァードの素質がある人間だろう。もしくは、既に覚醒しているというのに、気付いていない人間……なるほど、それなら確かに馬鹿でも仕方ないな」

「見知らぬ人にも馬鹿呼ばわりされた!?」


 驚愕している克二であるが、残念でもなく当然の結果である。

 女装しながら花束片手で教室に駆けこんできた男子がいたら、そいつは馬鹿以外の何物でもない。


「くっ、というか、この状況はなんだ!? 雨宮さん、この不審者は一体、誰なんだ!? 彼氏? 彼氏だったりするの!? やべぇ、へこむ」

「貴様に不審者扱いされたくはない」

「彼氏ではないです!」


 ぎゃあぎゃあと、三人が混沌とした会話を交わし、随分と騒いでいるが……何故か、教室の外からは誰もやってこない。これだけ騒いでいれば、一人や二人ぐらいは、様子を見に来るはずだろう。

 いや、そもそも……克二という馬鹿が馬鹿な事をやらかすという一大イベント楽しみにしている輩が学校にはたくさんいるのだ。先ほど、あれほど克二が廊下を疾走していた状況で、誰も様子を見に来ないのは明らかな異常である。


「……もういい、面倒だ」


 そんな混沌の中で、灰色髪の青年は無表情のまま、ため息を一つ。


「巫女よ、これは警告だ」


 無感情な言葉と共に、黒皮の手袋で覆われた指先が、克二の胸を指し示す。


「や、やめ――」


 沙織の制止は間に合わない。

 次の瞬間、


「あ、え?」


 ぼっ、と気泡が弾けたような音が鳴った。

 音と共に、克二の胸が、その中央が、拳大にぽっかりと穴が空いていた。否、空けられてしまったのである。

 灰色髪の青年の『異能』によって。


「あ――――」

「ば、馬鹿な人! 馬鹿な人ぉ!」


 克二はただ茫然と、己の消失に戸惑いながら、倒れた。胸の中央に空いた穴から、止まることなく血が溢れている。


「覚えておけ、巫女。お前が俺の元に来なければ、お前の日常を俺が壊す」


 無慈悲に告げると、灰色髪の青年は窓から飛び降りた。だが、いくら経っても落下音は聞こえず、不気味な静寂だけが教室内と包み込んでいる。


「ごめんね――私、君を死なせちゃった」


 沙織は涙を零しつつ、血に塗れた克二の死体を抱き起す。

 胸に風穴を開けられた克二は即死だった。どれだけの名医であろうとも、これだけの致死状態から復活させる術は存在しない。

 そう、常識の範疇であれば。


「ごめん、私の所為だ。だから――――私が、貴方を蘇らせるよ」


 花束から、薔薇を一本。

 棘にも構わず、いや、むしろそれが狙いとばかりに沙織は強く薔薇の茎を握りしめる。

 すると、当然の如く鋭い棘が皮膚を破り、真紅の血液が流れてしていく。


「これは私の罪だ、だから許さなくても良い。けど、願わくば、どうか……生きて、生き延びて欲しい」


 沙織の血液が流れ、やがて克二の肉体へと落ちる。

 すると、克二の肉体は急に生気を取り戻し、泡立つかのように胸の風穴が肉によって塞がれていく。まるで、映像の巻き戻しを見ているかのような異常。

 人知を超えるレネゲイドによる御業である。

 やがて克二は肉体を修復されて、目を覚ますだろう。

 死を超越し、蘇った者として。

 『神』を降ろされた者として、絶大なる力を得ることになるだろう。

 それが、幸か不幸かも分からないままに。



●●●



GM シリアスなシーンだけど、女装姿で台無しですね。

伊藤 後悔など欠片も無い、楽しかった。

GM お前はセッションになると弾けますね、普段は真面目なエリートなのに。

伊藤 セッションでストレスを消さないとやってられない人生。

GM がんば

伊藤 おうよ

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