第15話 戦車
ハマーの助手席に座り街並みが後ろに流れるのをぼくは、ぼんやりと眺めながら―――最近のぼくは、ぼんやりしていることが多い―――姉さんの指令の内容を思い出していた。
「あなたには、わたし達がワシントンに襲撃を掛ける前に潜入して、敵オートマチックの
できるわよね? とぼくの目を覗き込むように姉さんはそう言った。
「………さすがにそれは無理なんじゃ―――」
「香月はすこし黙ってなさい。ほかのみんなも一緒よ」
姉さんは香月の不安げな言葉をピシャリと遮ると回りに沈黙を要請し、どうなの? という視線をぼくに向けている。
「………写真はあるのかい?」
ぼくが期待を込めて言うと、
「あるわけないでしょう。自分の感覚を頼りに探し出すのよ。そして、殺すの。いまのあなたにはそれが出来るはずよ。わたしの弟君」
またもや、にっこり笑ってそんなことを言うのだった。
姉さんは何を根拠にそんなことを言うのだろうか?
ひょっとして世界の加護とかいう得体の知れないものに期待しろと、そう言っているのだろうか?
ぼくが、そう言うと姉さんは、
「それは違うわ。オートマチックの
明後日の方向にぶっ飛んだ理論を展開するのだった。
姉さんは続ける。
「それに、わたしは一度、
攫う? 殺すんじゃなくて? そういえば、アイリたちもぼくを攫うか殺すかしてこいと言われてやって来たんだったな。まあ、ぼくが彼らの上の立場なら情状酌量の余地なしで暗殺指令のみ出すけどな。
はっきり言って人類にしてみれば、ぼくが生きていることに対するメリットがまったくと言っていいほどにない。ていうか、デメリットのほうが目立つ。
百害あって一利なし、とは正しくこの事だ。
最早、生きているだけで、罪になるレベルだな。罪状は、存罪、とか。
姉さんにそう言うと白けたように溜息を吐き、
「とにかくワシントンに行けば何かしらのコンタクトがあるはずよ。まずはそれを頼りにしなさい。その先に必ず標的がいるわ。あれは、だいぶあなたにご執心のようだったしね」
いきなり殺される、なんてことはないはずよ、と微笑を浮かべて言うのだった。
「すごい景色だろう? あんなことが起きたなんて思えないぐらいに発展している。そう思わないかい? ガール」
隣で運転している警官がそう話しかけてきた。
金髪、碧眼の白人でかなり痩せているが、身長がかなり高かった。恐らく、190はあるのではないだろうか。
彼は話を続ける。
「あのビルを見てご覧。あれは、すべての階層が食料生産プラントになっていて、一番上の階層で家畜の飼育をし、いい頃合に成長すると下の階層に移されて食料に加工されるんだ。今やそんなビルが無数に建設されているんだよ。だから、こんなとこに篭っていても食料危機に曝されることがない」
いい時代になったもんだよ、と警官は遠い目をして言った。
「ところで、きみはどうやってこの街に入って来たんだい?」
「わたしは東のほうで、米軍の方に保護されまして、そのなかに超能力? なんですかね。とにかく、テレポートが使える方がいらっしゃいまして、その方にここまで送ってもらったんです」
ぼくは、嘘と本当のハイブリットな証言をして誤魔化すことにした。
完全な嘘を吐くより、こっちのほうがうまく誤魔化せる。
ちなみにいまのぼくの格好は完璧に女の子な感じになっている。これは、仕事をする際の昔からのスタイルだ。油断を誘い相手を確実に殺すためのスタイル。
この姿を見たアイリは目を輝かせ、香月は爆笑し、他の連中は信じられないものを見たとでもいうように唖然としていた。
最初は骨格で見破られないようにと考えワンピースを着ていたのだが、アイリと香月が絶対にばれないから大丈夫と、いろんな格好をさせようとしたが、見かねた姉さんが持ってきた服―――レディースのジーパンにキャラ物のTシャツにカーディガンを羽織るという形―――で落ち着いた。
まあ、こっちのほうが動きやすいから助かるのだが、スマホで写真を撮ってきゃっきゃするのはやめてほしかった。見世物じゃねぇんだよ。
「それは、本当に大変だったね。きみがこうして私たちに捕まったのは、彼らが原因だ。最初になにか彼らに注射をされただろう? その何分かした後、まるで魔法がかかったように彼らの言葉が分かるようになった。違うかい?」
警官が憐憫の篭った眼差しをぼくに向け、そう言ってきたので、すこし驚いた演技をして、どうしてわかったんですか? と訊いてみた。
彼は、生き残った人を保護したときは、そう処置すると決まっているからさ、と答えた後、こう続けた。
「それはね、翻訳ナノマシンと言ってこのワシントンで暮らすには絶対に必要な代物なんだよ。それがあれば、異国の人間ともコミュニケーションが難なく取れるし、個人のID代わりにもなる。つまりは、身分証を常に身に着けている感じかな。
本当はね、柵の門でID登録をしてからこの街に入ることが許されるんだけど、たまにいるんだよ、それを忘れて街の中に転移させちゃうアホが。そうなると、その転移させられて来た人は不正ID使用ということで逮捕されるハメになる。
丁度、いまのきみの様にね。
私の妹が―――アイリというんだが―――何度それをやらかして大目玉を喰らったことか………」
なるほど、なかなか便利な世の中になったものだ。そうやって個人を管理してある程度の秩序を保っているわけか。こういう技術の進歩もやはり生物としての進化と言えるのだろう。
より優れた種へと進化を続けた結果、星に害をなす存在となってしまったのは、本当に笑えないけれど。
ところで、彼はいま、すごく聞き覚えのある名前を口にしたような気がするのだが………。
「そういえば、まだ自己紹介がまだだったね」
彼は突然、思い出したようにそう言ってから自らの名を名乗った。
「私はミカエル・ブラック。ミカエルは大天使長のミカエル様さ。短い間だが、よろしく頼むよ。ところできみの名前は?」
勿論ぼくは偽名を名乗ることにした。
「わたしは、
恐らく彼は、アイリの肉親だろう、と勝手に推測しながら愛想笑いを彼に向けた。
彼はなんだか複雑そうな表情をして、日本人か、と呟くと、
「いままで、大変だったろう。今日は観光案内も兼ねてこいつでワシントン中を回ろうと思うんだが、構わないね?」
そう訊いてきたので、ぼくはなるべく嬉しそうな声音をつくり、
「いいんですか!? ありがとうございます!」
と答えることにした。
ミカエルさんは上機嫌そうに、よしきた、と言うと少しだけ車のスピードを上げたのだった。
ぼくは再び窓の外で流れていくワシントンの街並みを眺めながら、ぼくをずっと支配している得体の知れない感情について考えてみることにした。
懐かしさに似たそれは、ワシントンに到着してからずっとぼくに絡みつくように消えることがなかった。
この瞬間も、ぼくはその得体の知れない感情に苛まれ続けている。
そして、それはぼくにこう訴えかけるのだ。この地に何かが、お前の忘れてしまった何かがいるぞ、と。
そしてそれは上空からみれば、綺麗な五角形を描いているだろう建築物、つまりはペンタゴンにいると確信をもって言えるのだった。
ホワイトハウスなどではなく、ペンタゴンにいると絶対の確信と自信をもって、そう言える。
これが、姉さんの言っていたことか、と今更ながらに理解する。
まあ、焦る事はない。生憎こちらには時間がたっぷりとあるのだ。のんびりしようじゃないか。
ぼくはどこかセンチメンタルとも言える感情を紛らわそうと思い、むかし夕お姉ちゃんに教えてもらった曲を口笛で吹いてみた。これまた、とびっきりセンチメンタルな曲だった。
ぼくの奏でる曲にのせて
ぼくの祭りは始まったばかりだ。
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