夫の非公開ブログ -4-

 その後は他愛もない話を三十分くらい続け、Sがデザートのチョコパフェを食べ終わったタイミングでお開きにした。

 ちょうど家に残してきた嫁さんのことが心配になり始めた時に、Sからそろそろ帰れと言われたのが一番効いたんだけど。何だかんだで俺のことを心配してくれてるSは、やっぱいい奴なんだよなあ。


 正直俺は嫁のことが気になる反面、家に帰るのがちょっと怖かった。

 あんな状態になってるのを、短時間とは言え放置しちまったわけだし。

 やっぱり、これ以上はほっとくわけにはいかない。


 歩きながら覚悟を決めてマンションに戻ってきた俺は、ドアのすぐ外に広がる郊外の街並みを見下ろし、意を決して鍵をはずした玄関のドアを開けた……が、予想外に静かだった。まるで、朝からのことが夢だったのかと思うくらいに。


「ただいまぁ……」


 恐る恐る呼びかけてみても、全く反応はない。

 もしかして俺は本当に白昼夢を見てて、嫁さんは友達と遊びに行ったのか、仕事先からトラブル発生の呼び出しでも受けて出掛けたのか。と思ってみたんだけど。


 廊下を通ってキッチンまで行ってみると、出掛ける前に置いていったカップラーメンの空カップがゴミ箱に突っ込まれていて、そこはかとなくスープの匂いが漂っていることもわかった。


 あ……やっぱ、夢じゃなかったのか。

 淡い期待が見事に消え失せて、俺はため息をキッチンで独り漏らす羽目になる。

 多分、嫁は寝室にまた篭ってるんだろう。

 固く閉ざされたドアの前に立ち、俺はそーっとノックしてから声をかけてみた。


「おーい、起きてる?」


 ……反応なし、目標は沈黙……?

 耳をそばだててみても何も聞こえてきやしないし、人の気配があるのかすら鈍な俺にはわからない。それでも確認はしなきゃならないから、もう一度言ってからレバー式のドアノブに手をかけた。


「入るよ?」


 すると意外にも鍵がかかっておらず、ノブは抵抗なく動いた。

 そろりと寝室に入ってみると、まだパジャマ姿の嫁が窓側のベッドに横になっているのが目に入ってくる。背中をこっちに向けてはいるけど、不規則に肩が揺れるから起きていることはわかった。


 嫁お気に入りの、猫柄パジャマに包まれた細い背。けれど、その中身は俺が知ってる嫁じゃないんだ。

 自らに言い聞かせながら手前のベッドに座り、俺はなるべく穏やかに呼びかけた。


「あの……」

「何よぉ……」


 うっ!嫁、イキナリの震えた涙声。

 泣くことを嫌っていた嫁は滅多に涙も見せなかったから、これだけで俺は焦っちまう……って、いやいや落ち着け。ここで俺まで感情に負けたらどうするんだ。

 とにかく、とことんまで話し合う目的を忘れちゃならない。先にこっちが折れて、落ち着かせることが先決なんだ。


「さっきはごめん。つい俺も、感情的になって大声上げちゃって」


 嫁はこっちを向かないけど、肩がまたちょっと揺れた。

 俺のほうから謝ってきたことに驚いたんだろう。


「オッサンは別に何もしてないじゃん。何で謝るわけ……」

「いや、病院とか何とかって言っちゃったし」

「どうせ……あたし、おかしいんだもん……何、言われたって、仕方ないでしょ」

「いや。詳しい話も聞かないで、失礼なことを言ったのはこっちだ。だから謝ってるんだよ」


 か細い声で返してくる嫁に、普段感じさせる知的さなんかは全くない。ただひたすら、自分の置かれてる状況に絶望してるって感じだった。それでも微妙に見える理屈っぽさに、俺が知っていた嫁の片鱗が見える。


 だが、もし本当に女子高時代の嫁がタイムリープしてきてるんなら、相当難しい年頃の筈だ。いつ地雷踏んだっておかしくないわけだけど、何とかして話をしなきゃならない。

 とりあえず、職場にいるド新人の女の子に接するつもりでまた声をかけてみた。


「あのさ……」

「何?」


 動かず、うるさそうに応える嫁。

 めげずに俺は続けた。


「君がよければ、の話だけど。君のことを……今覚えてることを教えてくれないかな、って思って」

「今……覚えてる、ことって?」


 今覚えていること、というのがキーワードになったのか、嫁の口調が明らかに変わった。

 瞬間、けだるそうにベッドで沈んでいた細い身体ががばっと起き上がる。


「そうだ……私、帰んなきゃ。お父さんも、お母さんも、きっと待ってるもん!」


 呟くように言うが早いか、嫁はベッドから下りて爪先をフローリングの床につける。そのままドアに向かおうとした彼女の前に、俺は慌てて立ちはだかった。


「待ってるって?ちょ、ちょっと!どこに行くんだよ」

「どこって、自分の家に決まってるじゃない。オッサン、どいてよ!私帰るんだから!」


 行く手を遮る俺を必死に腕で押し退けようとしながら、嫁が甲高い声で主張する。

 ああ、そういうことか。

 しかし着の身着のままで飛び出そうとは、いやはや女子高生の行動力は恐ろしい。第一、ここの住所だってちゃんとは知らないだろうに……

 って、感心してる場合じゃねえよ!


「かかか帰るも何も……きっ、君のご両親は、俺たちが結婚してすぐハワイに移住しちゃったよ!元の家に行っても、他の誰かが住んでるだけだって」


 攻防の末、ベッドの上に飛び乗ってまで俺の後ろに行こうとする嫁に、俺は事実を告げざるを得なかった。

 嫁のとこのご両親が海外勤めの長いインターナショナルな方々だったことは、娘なんだからそりゃ知ってるわけで。嫁はこれはあっさりと信じてくれた。

 ……というよりは、虚を突かれて唖然とした、って感じか。


「え……じゃ、じゃあお兄ちゃんに」

「お義兄さんは君より何年も前に結婚して、お子さんも二人いるんだ。何も言わずに突然押し掛けるのはちょっと……」


 一瞬の間を置いて、嫁は再び俺から告げられた事実にまた呆然自失状態になった。

 俺の義理の兄に当たる嫁のお兄さんは、実は俺と同じ四十歳。しかし一流大学出のスポーツマンで嫁と似たイケメンで、当然俺よりもずっと早く結婚した。

 だからもう中学生と小学生のお子さんがいるのも当然ではあるんだが、高校生の嫁には実感が湧かないんだろう。


 けれど、他にどこにも行く場所がないってことは流石にわかるようで、表情が固まった顔でただ一言漏らしただけだった。


「そんな……じゃあ、私どこに行けばいいの……」


 能面みたいな白い顔になってる嫁は、見ているだけで痛々しい。

 これまではいつも論理的思考の嫁に見慣れてた俺には、こんな風に表情がころころ変わる姿は初めてだ。

 十代の女の子が、こんなにも感情に左右される生き物だったとは。

 戸惑いながらも、俺はとにかく嫁を落ち着かせなきゃならないと判断した。


「君の家は、ここなんだよ」


 敢えて嫁にはそれ以上近づかずにゆっくり言うと、嫁は黙って俯いた。

 聞いてるのか聞いていないんだかわからなかったけど、取り敢えずもう暴れたり、喚いたりする元気はないことが伝わってくる。逆に今度は突然静かになったのが心配で、慰めの言葉を口にせずにはいられなくなっちまった。


「あ、あの……俺が言うのも何だけど、あんまり気を落とさないで、な」


 ベッドの上に座り込んだまま、嫁は何も応えない。

 恐らく、また独りで置いてけぼりにされたという孤独感を否応なく味わわされているんだろう。


 しかしだからこそ、俺が側にいるってことを伝えたかった。嫁は何があっても嫁という人間であることに変わりはないし、俺は常に味方でいるんだってことを、一人じゃないんだってことわかって欲しい。


 そのためには、まず今の嫁のことを知らなきゃならないんだ。

 俺は色々意見を言いたいのをぐっと飲み込んで、繰り返し促した。


「さっきも話したかも知れないけど……君の覚えてること、できるだけ俺に聞かせてくれないか?」

「……聞いてどうすんの……」

「えー……」


 顎を下げたままでいる嫁から至極当然な突っ込みを受け、宙を仰がざるを得なくなる俺。

 さて、どうやって切り出すか。


 「いや、女子高生時代の君がどんな日常を送ってたのか興味あるんだフヒヒ」……じゃあ、おまわりさんこの人です!って警察に突き出されるだろうし、「僕チン、君の全部を知らなきゃ何もできないんだよぉ!ジタバタ」だと、ただ単にキモいだけ……

 結局まともな言い回しを思いつけず、俺は直球を投げてみることにした。


「その、にわかには信じられないかもしれないけどさ。今の君は、女子高生の頃からタイムリープしてきた状態らしいから」

「タイム……?」

「タイムリープ。平たく言えば、人格だけが時間を超えることだよ」

「何それ?詳しく聞かせて!」


 嫁はガッと音がするくらい勢いよく顔を上げると、目に変な光を湛えて俺の顔を見上げた。

 そして案の定と言うべきだろう、ベッドに座り直して身を乗り出してくる。


 ……ああ……やっぱ十代後半なんて、ヲタの素質を持つ奴は男女の区別なく厨二病を引きずってるもんなんだよなあ。ガキの頃の自分を見るみたいで、俺も心が痛いわ。


 頭の端ではそんなことを考えながらも、とにかく聞く態勢になってくれた嫁に、俺はタイムリープの何たるかを一から説明することにした。


「んじゃ、話すからよく聞いてな。タイムリープってのは、タイムトラベルの一種で……」


 まあ、そんなことを偉そうに言っても、殆どがSから聞いた話の受け売りだけど。

 それでも嫁は、熱心に俺の言葉に耳を傾けて時々小さく頷いてさえいるし。開けっ放しの窓からは隣近所で子供が騒ぐ声がひっきりなしに響いてきても、殆ど気にならないくらい熱中してるみたいだった。

 嫁の腰かけてるベッドの隣に座った俺とは、殆ど膝が触れ合うくらいの距離だってのに、それも今は気にならないらしい。


 嫁のパジャマは生地が薄く若干肌が透けて、開襟になってる胸元からは華奢な首筋と鎖骨が覗いている。更にそこからは、細身の割にでかい胸の深い谷間がチラチラ……そのどれもが透けるように白い肌で、柔らかそうなんだ……って、俺と嫁は幾度となくアレもしてるし、実際柔らかくてあったかいのは知ってるんだけど。


 普段の嫁は結構ガードが固いから、例え夫婦間でも目の前で服を脱いだりとか、そういうことはやらないクチだった。

 でも今の嫁を見るにつけ、若い子が警戒心が薄いって言われるのってこういうことなんだと、今更ながらに気づかされる思いだ。


 ……くうう!こんな状況じゃなければ、俺は間違いなくその気になっちゃってるところだよ!

 ああ、戦闘準備を始めそうなほど血がたぎりだしてる我が身のじれったさときたら!もう、頭ん中が真っ赤になりそうだってーの!

 だが。

 だがしかし、こんな時に嫁を押し倒したりしたら確実に嫌われるし、ただじゃ済まないことは確実なんだ。

 湧き上がってきた邪念を懸命に振り払いつつ、俺は小難しい用語を交えてひたすらタイムリープの何たるかを語り続けることにする。


 で、長々とした説明が終わる頃には午後三時を回ってたけど、元来理屈屋の嫁は一応納得してくれたようだった。こんな非現実的な状態じゃ、突拍子もないことの方が却って信じやすかったのかも知れない。

 嫁が落ち着いたところですかさず、俺は今までで一番強く持っていた疑問をぶつけることにした。


「今のこの状態を何とかするには、まずどういう状況にあるのかを詳しく知る必要がある。そのためには、君がこれまでどうしていたのか、どうしてこんなことになったのかがわからなければ、どうしようもない。幸い君には、こうなる直前までの記憶はあるみたいだからさ。もし何か原因があるのなら、きっかけになった出来事がわかるかも知れないだろ?」

「原因と、きっかけ……」


 そこで嫁は考え込む。

 想定外のことだらけで、軽く記憶が飛んでるのかも知れない。

 俺は助け船を出すつもりで、今朝のことを順序だてて整理することを思いついた。


「確か、目が覚めたらこうなってたんだよな?」

 嫁が頷いたので、俺は更なる誘導を試みる。

「じゃあ、昨日の夜は何をやってたのか。詳しく思い出せるか?」

「ええと……」


 眉間に皺を寄せ、細い指先を顎に当てながら、嫁が宙を睨んだ。

 レースのカーテンが揺れる窓の隙間からは、相変わらず近所の子供たちがはしゃぐ声が聞こえてきている。


「もう中間テストだから……結構遅くまで、部屋で英語の勉強してた。確かグラマーの、関係代名詞のところ。で、確か夜中の一時半くらいかな。ちょっと息抜きに雑誌読んで、そこに書いてあったおまじないをやってみようかなって思って……」

「中間テスト!そのおまじないって、テストでいい点取れるとか、そういうの?」


 中間テストという記憶の彼方に埋もれたキーワードが嫁の口から出たことに、俺はうっかり新鮮な季節の香りを感じてしまいそうになった。そう言や、クラスの女子にはそういうのに凝ってるのが必ず一人はいたっけか。

 理論派の嫁にしては意外だったが、その後に続いたもっと意外すぎる内容に、今度は度肝を抜かれることとなった。


「ううん。ええと……未来の結婚相手の姿が見える、ってやつ」

「け……結婚相手ぇ?」

「べっ、別にいいでしょ!あくまで気分転換なんだから!」


 素っ頓狂な声を挙げた俺に、嫁はよくわからない理屈を振り翳してきた。

 けど、そのちょっと拗ねたような、照れたような顔には萌えを感じる。すっかり嬉しくなってしまい、俺はうきうきと言った。


「じゃあ、そこで俺の姿が……」


 そうかそうか、それなら納得がいくってもんだ。

 それで女子高時代の嫁さんの魂が引き寄せられて、時間と空間を超越したってわけなんだな!まさに、愛の力は偉大ってやつじゃないか!

 改めて目の前の嫁さんを見ると、真っ赤になって「うん……実はそうなんだ」と恥ずかしげに呟く姿が……


「ううん。オッサンが見えたんじゃなかったよ」

「え」


 無かった。

 嫁の冷静な一言にばっさりと斬り捨てられた俺は、一気に不幸のズンドコに突き落とされたような衝撃を受けて、全身が硬直する。

 が、嫁はすっかりフリーズした俺なんかには目もくれず、自分の行動を思い起こそうと首を傾げて考えに耽っているようだった。


「鏡を使ったおまじないだったんだけど……どうしてなんだか、自分の姿もそこに見えてなくて。別に真っ暗な部屋でやったとか、そういうこともなかったのに。ものすごく怖くなって、部屋の明かりをつけたままで寝たんだよ。で、次の日の朝に起きたらこんな……そうだよ。思い出した」


 それでも、嫁が語ったのはかなりオカルトめいた事実だった。

 鏡に自分の姿が映らないって、そんなことが物理的にあり得るんだろうか?そりゃ、ホラーとかファンタジーではよくある話なんだけど、にわかには信じ難い。いや、でも、タイムリープってこと自体がそもそもの異常なわけなんだし……


「自分も見えてなかったって……じゃあ、何が見えたんだ?」

「うーん。鏡自体が真っ黒になってて、その中に人影っぽいのはあったけど……はっきり見えなかったの」

「じゃあ、もしかしたらそのおまじないってのが、何かの引き金になったのかもってわけか」

「今のところ、思い当たるのはそれだけかな」


 だったら、恐らくそれが全てのトリガーになった可能性は高い。

 俺は力強く頷いて見せると、早速嫁に解決策を提案することにした。


「それ、もう一度同じおまじないをやることってできるのか?」

「できるとは思うけど、何で?」

「とにかくそれが元凶っぽいからさ。何かのヒントにはなるかも知れないじゃないか」

「やだよ!」


 だが、嫁は顔をしかめ、速攻で拒絶した。

 しかし、やだって言われてもなあ。漫画とか小説なんかじゃ、パラレルワールドなんかも同じ現象を起こせば元に戻ることが多いんだし。ヲタな嫁は、そういうパターンくらい知ってると思うんだが。

 それにしても、嫁は顔を引きつらせてまで嫌がってるし。

 どうにも解せなくて、俺は首をかしげた。


「どうして?もしかしたら、元に戻れるかも知れないのに。ほら、映画とかではそれでよく解決してるだろ」

「それは、あくまで作り手の創作だからでしょ!これは現在から未来に対してかける、言ってみれば呪術みたいなもんなんだよ。それでこんなことになっちゃったのに……今はもう結婚相手がわかっちゃってるし、時間自体がめちゃくちゃになってるんだから。なのにそれをまたひっかき回すようなことしたら……今度は、何が起こるか全くわからないじゃない!」

「呪術って、たかがおまじないだろ?」

「たかが、じゃないよ。漢字で書くと『お呪い』なんだから」


 あんまりにも大袈裟な嫁の怖がりように、俺は言葉を遮って笑った。


「それだってさ、所詮は人間が作り上げた想像上のものなんだから。そんなに気にするなんて……」

「呪術や魔術って、ヨーロッパでも古来から系統づけられた学問だよ。古くは錬金術とか黒魔術もあるし、日本じゃ陰陽道に古神道だってあるじゃない。おまじないだって、立派に魔術の一種なんだって!あたしがやったのも日本に昔から伝わってきてるやつみたいだし、とにかく怖いから嫌なの!」


 呪術とか、魔術だとか。

 そういう単語がポンポン出てくる嫁に、俺はまた驚かざるを得なかった。俺の知ってる嫁は現実主義で無神論者で理論派なんだが、女子高時代は筋金入りのオカルトマニアだったってことなのか。

 これを説得するのはちょっと難易度が高いな。どうやって納得させるか……と考えたところに、さっき会ってきた誰かさんの言葉が不意打ちで蘇ってきた。


『話すって言っても、お前はなるべく口を挟むなよ。余計なアドバイスとか、結論を求めるのもダメだ。嫁さんの気が済むまでとことん話をさせて、ただ聞いてやるってことが大事だから』


 むむむ。

 そのやり方でいくと、もう既に俺は地雷原に突入したってことにならないか?嫁の機嫌、明らかに悪くなってるし……

 いや、今ならまだ細心の注意を払えば引き返せる。

 何を差し置いてもまずは同調、か……


「うーん、そうかぁ」

「だいたいね、おまじないがどういうものかわかってないのに、余計なことしようとしないでよ。もし何かあったら、あたしがその分の呪いまで引き受けなきゃならないんだから……」


 嫁が説教じみた口調になってぶつぶつ言ってるところに、俺は活路を見出だした。すかさず、ちょっとした提案を持ちかけてみる。


「じゃあ、俺も一緒にやるよ」

「は?」


 そう、嫁は怖い目に遭うのを嫌がってるんだ。

 でもこのままじゃ進展はしないし、そういうことなら誰かが一緒にいれば、精神的には楽になる。それに嫁だけに負担を強いるのは、俺としても我慢ならないし。

 夫婦なんだから、何よりまず助け合うわなきゃな。


「そうすりゃ、バチが当たっても俺が半分引き受けられるだろ。一人だけ怖い目には遭わせないって」

「あのねえ。それ、どういう意味かわかってんの?」

「ああ。危険だって半分こ、ってことだからな」


 俺からの申し出に嫁は呆れたような顔をしたが、今度はすぐさま断ってくることがなかった。

 こう言ってはいても、嫁だって元に戻りたい気持ちは強いのだろう。何秒間か俺の顔を真正面から見つめると、諦めたように呟いた。


「わかったよ、もう……仕方ないなぁ」

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