第84話 グレイの過去
「俺の親は、かなりの有力者だったんだ。そこで育てられた俺は、イヤなヤツだったと思うよ。怖い物なんてなんにもなくて、自分は何でもできると思っていた。周りの大人は俺に頭を下げてばかりだったけど、それは俺じゃなくて父親を見ていたんだ。それに気かないくらい子供だった」
グレイは暗い顔で嗤った。
「十二歳になった時、それが変わった。スキルが発現したんだ。成長すると誰もが何かのスキルを発現するけど、俺はそれが普通じゃなかった」
スキルは成長によっても新たに発現する。それはレベルアップだけでなく、肉体的・精神的な成長でも起こりえる。特に子供が大人になる過程で新しくスキルが発現する事例は多かった。
この時に発現するスキルには遺伝的な部分が大きく関わっている。魔術使いの子供は魔術のスキルを得やすいし、戦士の子供は戦士のスキルを得やすい。だが例外はもちろんあった。
「超絶倫、調教。こんなスキルは普通じゃない。両親はそんなスキル持っていないし、ならば俺はあの両親の子供じゃない。とりかえられた、偽物だ。そう言われたよ」
「でもでも、グレーは本当にお父さんとお母さんの子供でしょ?ならなんでそんなスキルを覚えんの。偶然に覚えられるようなスキルじゃなさそうじゃん」
「たぶん、隔世遺伝ってヤツだ。両親のどっちかの家系に、そういうスキルを持った血が混じっていたんだろ。父方の祖父は武力で成り上がった人だし、母方の祖母は偉い人の側室の出だ。どっちも由緒正しい血なわけじゃないんだ」
「へー、そうなんだ」
パイはよく分からなかったが、グレイは自分の言葉に何度もうなずいた。
「そもそもベステリア王国自体が百年近く前の魔竜戦役の後にできた国だ。それまでは小さな国がいくつもある状態で、それが魔竜との戦いで結束したんだ。なのに、いい家に産まれたら偉い人間になって立派な事をしなきゃいけないだなんて、バカみたいだよな」
話しているウチにヒートアップしてきたのだろう。話の内容があっちこっちに飛び、支離滅裂になっていく。
グレイの目からは涙がこぼれ、それをぬぐいもせずにただただ話し続けていた。
興奮しながら一気にしゃべったことで息がつまったのだろう、しゃくりあげる声を落ち着かせようと必死に呼吸をくり返していた。
パイはそんなグレイの隣で、ふるえる背中をさすっていた。
ようやく落ち着いてきたところで、まだ震えが残る声のままで話を再開する。
「俺は、バカな子供だったから、自分の世界が、何もかも変わるだなんて、思ってもいなかった。スキルのせいで、変わってしまった事が、受け入れられなかった。今まで俺に頭をさげていたヤツラは、俺のことを汚いモノを見るような目で、見てきたよ。殴られなかったのが、不思議なくらいだ」
グレイは足下に転がっていた木の枝を拾い、それを半分に折った。そしてそれを半分に折り、また半分に折り、ついに折れなくなると足下に放り捨てた。
「しばらくの間、地下に閉じ込められた。急な病気ってことにされて、決まった人しか合えなかった。医者も来たが、俺を治すことはできないって言われたよ」
「治す?」
「それで結局、俺は病気で死んだってことにされたんだ」
グレイは大きくため息をついた。そこから持ち上げた顔には、感情が何も乗せられていなかった。
「それを言いに来たのは医者だったよ。父はもう俺の顔も見たくなかったらしい。それから何も分からないままついて来いって言われて、暗いうちに馬車の荷台に乗せられて、気がついたらザッカイの街だった」
「ザッカイの領主は父の知り合いだったらしくて、俺のことを気遣ってくれたよ。自分の家だと思っていいって言ってくれた。広い部屋をくれて、自由に過ごしていいて言ってくれた。殺されなかっただけでマシだっていうのに、あの人たちは俺を普通の子供として扱ってくれたんだ」
グレイの顔は半分だけ笑っていたが、もう半分は悲しそうにゆがんでいた。
「あの人たちはいい人だ。でも、違う。俺は、あの人たちの子供じゃない。あそこは俺の家じゃないんだ。俺の両親は、ずっと過ごしてきた元の家だけだ。だから俺は、戻りたいのに、でも、それは……」
グレイはまた別な枝を何度も折り、手の中で小さくしてから強く握りしめた。
その手の上から、パイレンはそっと手を重ねた。
「たいへんだったんだね。つらかったんだね。我慢しないで、泣いていいんだよ。大丈夫、みんなも大変だから、グレーだけじゃないから」
「俺は、俺は……」
「大丈夫、だいじょうぶだよ」
パイレンに優しく頭をなでられて、グレイの目には再び涙があふれる。だがそれは怒りからではなく、悲しみとやるせなさからくるものだった。
グレイは声を上げて泣いた。涙とともに辛い気持ちもあふれてきて止まらなかった。
周囲は酒を飲んで笑っている者たちばかりであり、グレイの泣き声を気にする者はいなかった。
そうしてしばらく泣き続け、ようやく涙が涸れるころには、悲しみもやるせなさもグレイの中から流れ尽くしていた。落ち着いたタイミングでパイにタオルを差し出され、涙と鼻水を拭きとる。
「かっこ悪いところを見せたな。ごめん」
「全然オッケーだよ。それにグレーのことちょっと分かったし」
グレイの持っていたタオルを奪い取り、代わりに酒のジョッキを手渡す。
ためらいがちにグレイがジョッキに口をつけたところで、パイが切り出した。
「グレーの気持ち分かる。仲のいい人に嫌われたくないもんね。でもさ、パイはグレーと仲良くなりたいな」
「でも、俺は……」
「だからさ、戻ったらパーティー組もうよ。一緒に仕事をすればお互いのことがもっと分かるし。いい考えじゃない?はい、決定!これからよろしくねっ」
グレイはパイレンの理論展開についていけなかったが、昼間の戦闘と過去の話で心身共に疲れていたため反論することをあきらめた。
仕事を終えて街へ帰還した後、約束どおり二人はパーティーを組んだ。
真面目だが自分が好きでないために自己犠牲がすぎるグレイと、不真面目だが他人への気配りができるパイレンのコンビはとてもよく噛み合った。
グレイは自分の過去を話したことでパイレンに対する遠慮がなくなり、本音で話せる貴重な友人となった。そしてさらに深い仲になるのに時間はかからなかった。
パイレンも自分のいい加減さを理解していて、それを気にせずにフォローしてくれるグレイに感謝していた。
余談だが最初に押し倒したのはパイレンの方だった。
「グレーも夜遊びのお金が浮いていいっしょ。それにもっと仲良くなれてお互いお得じゃない?」
「いやちょっと待て話し合おう。マジで力強すぎだから、腕も足も動かせないぞ。せめて服は自分で脱がせてくれ」
「ダメです。放したらグレーは逃げるっしょ。あきらめてナカヨシしよ」
「アアァッー!」
そうして始まった二人の関係は、グレイがいなくなる直前まで続いた。
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