第82話 パイレンの過去

冒険者の仕事はいろいろある。

中でもモンスター狩りは危険度が高い分、報酬額も高い。一般人のような街の中での安全な仕事は毎日やらなければいけないが、モンスター狩りが成功すればそれだけで三日は遊んで暮らせる。

だがそんなに美味しい仕事は当然取り合いになるので、ギルドの業務が始まる前から並ぶつもりのないパイレンが受けることは少なかった。


その日のパイレンはいつものように身支度をバッチリ整えてからギルドに顔を出した。

これはだらしない冒険者をずっと見てきた育ての親の躾けによるもので、おかげで他の冒険者より依頼人からの評価が高くなっている。評価が高くなれば直接仕事を頼まれることも増え、安定した収入に繋がる。そのおかげで危険な仕事をしなくてもそれなりの生活を送れていた。

だから受付嬢に呼び止められた時も、そんな依頼が来たのだと思っていた。


「テレグ山の方にモンスターの群が現れたそうなんです。人数をそろえて殲滅する作戦が計画されているので、できれば参加して欲しいのですが」


意外にも、それはしばらくやっていなかった討伐依頼だった。

モンスターとの戦闘経験はもちろんあるし、トレーニングも毎日やっている。たくさんの人との共同作戦は、社交的なパイレンにとって苦にならない。


「もちろんいいよ。まっかせて!」


それにギルドからの依頼なら報酬をケチられる心配は無い。パイレンは二つ返事で引き受けた。





冒険者たちが作戦予定地点へたどり着くと、そこにはすでに小さな拠点が作られていた。

早朝組の冒険者たちが拠点作成に必要な荷物を持って先行していて、後から来たパイレン達が追加の物資を運んできたのだ。

作戦は翌日から数日かけて行われるため、その日は拠点の作成と翌日以降の準備をすることになっていた。


鬼人族は体が大きく力が強いが、反対に小さく複雑な作業が苦手である。なので荷物の運搬は簡単にできても、それの整理や分配には頭を悩ませることになる。

戦闘は得意でも管理職には向かない種族なのだが、他人の上に立つのが好きな者も多いため、下に配置される者の負担が大きくなる。

パイレンがそんな風にして大きな荷物を押しつけられてどこへ運べばいいか迷っていると、背後から声をかけられた。


「なあ、その荷物って向こうに運ぶヤツだろ?手伝うぞ」


声をかけてきたのは、たまにギルドで見かけるオーカスの青年だった。


「場所わかるの?説明聞いてもどこへ持っていけばいいのかよく分かんなかったの。パイは力だけはあるからこのくらい楽ショーで運べるんだけど、頭よくないからちゃんと言ってくれないと分かんないよ」


「箱なんてどれも似てるから分からないよな。俺は先発組だったから同じのがある場所を知ってる。案内するから着いてこいよ」


そのオーカスはグレイと名乗った。

オーカスはヒュマ領にいる亜人の多くを占めていて、ザッカイの街にもいる。種族的に自分の利益を追求する傾向が強いが、彼はどこか他のオーカスと違うようだった。


パイレンがいつものように話し続けるのを、相づちをうちながら聞いてくれた。


「……っていう感じでさ、言ってることがすぐに変わるの。マジありえなくない?そんで間違えたのは自分のせいなのにパイのせいにしてくるし、なんでかよく聞こうとすると自分で考えろって言ってくるし、マジわけわかんない」


「それヒドイな、後でリーダーに相談しとくよ」


「でもアイツってリーダーのお気に入りだって自分で言ってたよ。グレイがそんなこと言ったらまずいんじゃない?」


「リーダーはちゃんと分かってくれるよ。俺のことなら心配ない、まかせてくれよ」


そう言ったグレイがリーダーに話しをしに行き、話題になった男には補助監督という名の監視がつくことになった。

鬼人族は体育会系なところがあり、力の強い年長者が発言力を持つ。今回の作戦の指揮をしている者もそんな鬼人族らしい男だったが、それがなぜか若輩者であるグレイの言うことを素直に聞き入れていた。


「ねえねえ、グレイって何者なの?」


その日の夜、食事を一人で食べていたグレイを見つけ、向かいに座って訪ねた。


「何者ってなんだよ。俺はなんでもない普通の男だよ。つーか、そんなのどうでもいいだろ」


「だってさ、グレーって普通のオーカスとなんか違うんだよね。今日だってリーダーに意見しても自分が得するワケじゃなかったじゃん。むしろそんなこと気にするなって怒られるかもしれなかったし、そう、それにリーダーが簡単に言うこと聞くとか思わなかったし」


「それはアレだ。俺が今まで真面目にやってきたからだよ。信頼ってものがあるからさ」


「そうそれ!パイが知ってるオーカスだったら、信頼はお金に換えるものだって言ってるはずなの。でもグレーはそうじゃないんでしょ。おかしくない?」


「おかしいのはそっちの決めつけの方だと思うけど」


「冒険者やってるオーカスってみんなお金のためにやってるでしょ。オーガーだって思いっきり戦えてお金もらえるからやってるんだもん。みんなだいたいそうだよ」


グレイはパイレンの非論理的なぶっとんだ話にあきれながらも聞き、考えてから口を開いた。


「オーガーでも細かい仕事が好きなヤツはいるし、オーカスだって信頼を大事にするヤツだっているよ。パイレンだって他のオーガーと違ってキレイな服を着ているし髪だって整えてるだろ?オーガーだから、オーカスだからって枠にハマる必要はないさ。……俺はそもそもそういう枠からハズされてるし」


最後の言葉は小さくつぶやかれたため、パイレンにはよく聞き取れなかった。それ以前に別なことに気をとられていたので、どちらにしろ分からなかっただろう。


「パイの髪ってそんなキレイに見える?」


「え?キレイに手入れしてるなって思うけど」


「この服もお気に入りなんだよね。もらったものなんだけど、パイのことを分かってくれる人が買ってくれたやつで何度洗っても大丈夫なんだよ。いいでしょ?」


「似合ってると思うよ。オーガーってけっこう雑なのが多いけど、パイレンはちゃんと自分の見た目に気を遣ってるよな。それっていいと思うぞ」


「そっかー。じゃあパイのことパイって呼んでいいよ」


「よく分からないけど、分かった」


パイレンは自分を理解してくれる人が冒険者の中にもいると分かって上機嫌だった。

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