第81話 鬼人族のパイレン
「記憶喪失とかマジウケるんだけど」
「俺にとっちゃ笑い事じゃないんだけどな」
ザッカイの冒険者ギルドでウェイトレスをやっていたオーガーの女性、俺の元カノだという女性から話を聞くことになった。
今の俺には数ヶ月より前の記憶がないと話すと、彼女は屈託なく笑った。
「グレーってば相変わらず運が悪すぎ。でもまあ生きてて良かったね。危なそうなヤツラに連れてかれたって聞いてたから、パイももう会えないのかなって思ってたし。あ、パイってのはあたしのことね。ほんとはパイレンなんだけど、パイの方がカワイイからそう呼んでね」
パイがウィンクした。
オーガーは巨人族と呼ばれる種族の一つで、その名のとおり全体的に大きい。
パイは遠目に見れば少しぽっちゃりめの女性なのだが、実際は身長が2m近くあるためにスケール感が狂ってしまう。
服装も種族的に体温が高めなせいか、露出が多く風通しが良さそうな格好をしているため目のやり所に困る。
「ええと、その。俺を最後に見たのっていつぐらいなんだ?」
俺が目を覚ましたのがだいたい三ヶ月前くらいで、あの小屋にいた期間はゲームの通りならだいたい六ヶ月。ただし記憶を操作できるヤツが本当にいるのなら、その期間はだいぶ変わるはずだ。
パイから返ってきた答えは、その予想通りの結果だった。
「うーんと、六ヶ月くらい前?ちょうど山狩り始まる時期だったから間違いないし。あ、山狩りってのは向こうにある山にいるモンスターをみんなして狩るイベントのことね。取り分は減るけど、いっぱい安全に狩れるからけっこう人気あるし。パイも普段は冒険者やってんだけど、ヒマな時とかはココで働いてんの。知ってる?ここのまかないご飯て量だけはすごいあんの。給料安いけどたくさん食べられるからお得?みたいな」
俺がその『危なそうなヤツラ』に連れて行かれたのが六ヶ月前。そしてその三ヶ月後に今の俺が目を覚ましたということか。その三ヶ月の間に何があったか分からないが、とりあえず、それより前はここにいたということは分かった。
さて本題はここからだ。意識して落ち着こうとしながら、質問をきりだす。
「俺って、どんなヤツだったんだ?」
「え?グレーはグレーっしょ。どんなって言われても、普段はムッツリであんまうるさく言わないくせに、いざとなったら積極的になるとか?」
パイの言葉にミミルとパドマが何度もうなずいている。そういうことじゃなくて、もっと細かいことを知りたいんだけれど。
「あ、変な意味じゃないよ?パイがうっかり危なくなったりすると急に怒鳴ったりするの。パイにじゃなくて、危ないことした相手の方にね。それとか変なところでウザいくらいかまってきたり、パイが機嫌悪い時は放っておいてくれるとか、見てないようで見てるみたいな?そんな感じ」
「それ分かるわ。話しかけたら叩きたくなるような時に限って、ちょっと離れたところにいるのよね。目が合うとすぐ逸らすし、その気遣いが逆にムカつく時とかあるわ」
「でっしょー?あるあるだよねー」
今度はザラと話が合っている。なんだこれはすごく恥ずかしいんだけど。
そこからしばらくは俺の悪口大会のような状況になってしまった。できればすぐに席を立ちたかったのだけれど、なぜか両横のミミルとザラに手を握られてしまい動くに動けない。
フィーが話に食いついて色々聞くものだから、余計に話が広がって収集がつかなくなってしまった。
そのままどのくらい話していたのだろうか、気付けば酒場は仕事帰りの客であふれてやかましくなっていた。
まな板の上で放っておかれた鯉のような気分でいた俺は、カリンカリンが酒場に入ってきたことにすぐに気がついた。
向こうも気付いてやってきた時は、救いの神が現れたように見えた。
「みなさん申し訳ありませんでした。値段交渉に熱が入ってしまいましてね。お詫びと言ってはなんですけど、ここのお食事代は自分が持ちますよ」
「やったーラッキー。お姉さんマジいい人」
「おや、こちらの方は?」
「パイレンっていう、地元の人で」
「グレイさんの元カノです」
フィーが余計なことまで言った。
「そうなんですか。グレイさんはこちらの出身だったんですね。それなら積もる話もあるでしょうし、夕食もこのまま済ませちゃいましょう。宿の方は自分が手配しときますので、安心してください。パイレンさんは……」
「パイはだいじょぶ。それとも、グレーはいっしょにいて欲しい?」
パイが下からのぞき込むようにして迫ってくる。その圧力にすこし引いてしまい……。
「オラたちがついてるから心配ないべ。パイレンさんは家に帰ってゆっくりやすんでくれろ」
「そう?んー、残念だけど今日はそうしよっかな」
パイはそう言って立ち上がった。
「あれ、パイレンさんはもう帰るんですか?」
「うん、ちょっと用事思い出した。あ、明日はヒマっしょ?街を案内してあげるから、またここに来てね」
そう言うと手を振りながら行ってしまった。
◆◆
「良かった」
冒険者ギルドから出たパイレンは入り口を眺めてつぶやいた。彼女は今日の出来事は、信じられないという気持ちでいっぱいだった。
彼女がグレイと初めて合ったのは二年ほど前だった。
パイレンの両親は冒険者だった。危険ではあるが報酬がよく、街の中で働くよりもいい暮らしができたため、パイレンが歩けるようになったら友人に預けて二人で活動をしていた。
そして彼女が十二歳になってからしばらく経ったある日、両親は帰って来なかった。
パイレンの両親は事あるごとにそういう日が来る可能性を語っていたし、普段から両親がいないことには慣れていたため、取り乱すことはなかった。ただ、ときおり胸に大きな穴が空いたような寂しさを感じるようになった。
彼女が預けられていた先は冒険者ギルドの職員だったので、そのツテでギルドでの下働きをすることになった。
彼女は明るく人付き合いもよく、仕事も真面目にこなしたので評判はよかった。
ギルドで働くうちにベテラン冒険者に気に入られて、よりお金の稼げる荷物持ちをしたりして、冒険者の基本も学んでいった。
そうしてパイレンは普通の冒険者のように自分で金を稼げるようになり、独り立ちした。
今まで家に置いてくれていた両親の友人は、いつでも帰ってきていいと言ってくれた。
そんな風にして月日が流れ、彼女が十八歳になった時、グレイと出会った。
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