第80話 ヒュマの街、ザッカイ
ヒュマ領との国境の関所は、あっさりと通過することができた。ちゃんとした手形があったこともあるが、それも含めてカリンカリンの準備がよかったのだろう。関所の兵士とも顔見知りのようで、セクハラじみた言葉も笑顔で受け流していた。
そうなると気になるのはこちらの方だ。ヒュマ嫌いのザラはもちろんのこと、パドマやミミルもボディチェックで不快な思いをするであろうことは目に見えていた。
その対策もまたカリンカリンが考えていた。
まずはフィーを着飾り、どごぞのお金持ちのお嬢様に仕立て上げる。魔竜の名残は服で隠せるし、一応ホンモノのお嬢様なのだから――百年近いブランクがあるとはいえ――無理な演技は必要ない。女性陣は彼女のお付きの者だとすることで、兵士のセクハラを防ぐことができた。
「ゼニスは観光地でもありますからねえ、旅行に行きたいお嬢様はたっくさんいるんですよ。自分はそういう方々のお世話もしたことありまして。ツーリストってヤツですかね」
カリンカリンはコッソリとウィンクした。
そうやって関所を抜けてから馬車で数時間後、ヒュマ側の関所に近い街【ザッカイ】へと到着した。
聞いていた通り亜人の多い街で、俺たちのような亜人パーティーでも目立たない。種族的には
「この街の領主がオーガーなんです。なんでも先々代のノートン伯の従者の一人だったらしく、その時の功績から領主に任じられたらしいです。自分も聞いた話なのですが、信憑性は高いですよ。なので他の街よりは亜人に優しい所です」
「ゼニスほどじゃないが、けっこう発展してるんだな」
「向こうと同じように街中に流れる川を流通に使ってますからね。ただこちらは水量があるわけではないので、水路と言った方が適切でしょう。それでも馬車より安く早く運べますから、目的地まで繋がっているなら船を使う方が断然いいんですよ」
そこから始まったカリンカリンによる水運についてのうんちく話を聞き流しながら、街の中を見回す。
建物は木造の物が多く、二階建てがせいぜいだ。三角の屋根に黒い瓦が乗っていたり、漆喰で固められた倉が立ち並んでいる。
この世界に来てから初めて見る和風だからか、すごく懐かしい気持ちが胸にあふれてきた。
物珍しいのだろう、ミミルたちはキョロキョロ辺りを見回しているので、俺が御者になって冒険者ギルドへ乗り付けた。
「ありがとうございました。自分は納品してますので、みなさんは依頼の完了報告をしてきてください。宿は自分がひいきにしている所を案内するので、酒場で待っててください。明日からの予定はそこで話しましょう」
カリンカリンの言うとおり、護衛依頼の報告のために冒険者ギルドへ入る。中は今までの冒険者ギルドと同じく、奥に酒場が併設されていた。テーブルとイスなのは共通なはずだが、全体的な雰囲気が和風なのはやはりこの街の特徴だろう。使っている物は同じはずなのに、装飾や配置でこんなに感じ方が違うのは少し不思議な気もする。
受付カウンターまで行って冒険者証を提示する。
「護衛依頼でゼニスから来た。これが依頼完了の証明書だ」
「はい、拝見しま……」
オーガーにしては小柄な(それでも170cmはある)受付嬢が冒険者証を見て言葉を止めた、そのまま俺の顔を見て、また冒険者証を見る。
「何か問題でもあったのか?」
「い、いえ。その、オンギョウ様に挨拶はお済みでしょうか?」
「オンギョウ様?」
「はい、この街の領主様ですが、お知り合いでない?」
「ああ、名前はいま知ったところだ。挨拶に行った方がいいのか?」
「いえ、お知り合いでないなら問題はありません。すぐに手続きをいたしますです」
女性職員はこちらが気になる様子ではあるが、手続きを進めていく。なのにこちらが話しかけても詳しい話をしてくれないので、奥歯に物が挟まったような気分になった。
手続きが終わると女性職員はどこかに行ってしまったので、しかたなく酒場へ向かう。
カリンカリンは納品するだけだからそこまで待たないだろうし、軽いものだけ頼むことにした。
「それにしても、さっきのはなんだったんだろうな。俺がなにかやったってのか?」
「この街に入ってから、グレイさのこと見てた人はけっこういただよ」
「アンタなんか悪いことして、手配書でも出回ってるんじゃないの?」
「ワタシが見た限り、掲示板にそのような似顔絵はありませんでした。街中にもなかったので、別な何かではないでしょうか」
「男の人も見てましたから、いつものではないと思います」
いつものってなんだよ。というかそこまで注目さていたなんて全然気がつかなかった。
さっきの女性職員が言っていたオンギョウ様とかいう領主に会いに行けば何か分かるだろうか。本当なら捕まっている人たちの救出のために辺境伯の城まで急がなくてはいけないだろうが、もし時間があるなら会ってみたい。
「はいお待ちどうー」
考え事をしていたら料理が来たようだ。
赤みのあるオーガーの女性店員が両腕にトレイを乗せてやって来た。手足が長いから、軽食を乗せたトレイが逆に小さく見える。
両腕に乗った料理をこぼさずに並べていく。こういう配膳にも職人技と言えるのがあるのだなと感心していると、女性店員と目が合った。
「あれー、グレーじゃん。久しぶり、どこ行ってたの?」
「え、俺のこと知ってるのか?」
「え、ひっどーい、元カノのこと忘れたってゆーの?信じられなーい。まあこんなカワイイ女の子たちに囲まれてればあーしみたいなのは忘れちゃうかー」
そう言いながらもケタケタと楽しそうに笑っている。
彼女は俺のことを知っている。俺の、この体の過去のことを知っている。そう思ったら、彼女の腕をつかんでいた。
「頼む、キミの知っている俺のことを教えてくれ」
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