第79話 勇者との会談

ゼニスに戻ってから数日後、ジークロードから呼び出しが来た。奴隷商ウラルトから繋がった奴隷密売組織の摘発について、大きな進展があったらしい。

さっそく俺たちは中央区へ向かい、今はフィーと二人でジークロードの話を聞いていた。


「連絡が遅くなって悪かった、例の件の後始末がいそがしくてな。ところでザラさんはいないのか?調子が悪いならお見舞いにでも……」


「せっかく中央区に来たんだからって、ショッピングに行ってる。パドマとミミルも一緒だ」


ジークロードの名前を聞いたザラが嫌そうな顔をしたというのは、言わないでおこう。


「元気ならよかった。ゼニスは大陸中の物が集まるし、中央区は特に質のいい物がそろってる。金さえあれば何でも買える……けど、どれも高いんだよな」


「下取りとか素材提供しての値引きもできないのが、冒険者としては特につらいな。服も新品だと外の倍以上違うのには驚いたよ」


「だよな」


などと雑談していると、ココアコルデがお茶を持ってやってきた。

全員がそろったところで、本題が切り出された。


「強制捜査の件だが、グレイの連絡のおかげで踏み込むのが早まった。だが少し遅かったみたいだ。奴隷の半数以上がすでに別の場所に買い取られたか移動させられていて、残っていたのは買い手がつかなかったり病気やケガで弱っていた者たちだけだった」


「治療はしてやれるんだよな?人手が必要なら俺たちも手を貸すけど」


「そういうのは医者の仕事だ。ちゃんと市長がその分の予算を組んでくれている。後は専門家に任せておけばいいさ」


記憶を改ざんされている者がいるなら俺が解除してやりたいが、アレをやると本人たちにも負担がかかる。弱っているなら、まずは体力を回復させてからの方がいいだろう。


「成果はまだある。幹部には逃げられたが証拠隠滅する時間もなかったみたいで、誘拐組織の尻尾をつかむことができた」


勇者が資料を取り出した。それは帳簿のようで、数字や名前らしきものが細かく記されている。

ココアコルデが難しい顔をしながら名前の部分を指さした。


「これは顧客のリストなのですが、ゼニスにいる者は残らず捜査対象にすることを市長が約束してくれました。ですがそれ以外の者については様々な理由から難しいと言われました」


「個人個人を全部追うのは現実的じゃないし、本名かどうか調べるのも手間がかかる。冒険者ギルドに依頼を出すにも予算が足りない。旅行者や冒険者のような個人まで追うのは難しい」


ジークロードも苦しそうな顔をしている。

資料をパラパラめくって見るが、とにかく数が多い。大きな市場であるゼニスを押さえられたからこれ以上は増えないと思いたいが、被害者救済には時間がかかりそうだ。

そう思っていたら、資料をめくる手を止められた。


「本来は部外者に話すことではないのですが、実はこのリストのほとんどが、ある人物へと繋がっていることが分かりました」


「ある人物?」


「はい。すでにこのリストを元に数人を摘発しているのですが、その誰もがある人物へと売ったと言っているのです」


買った奴隷をさらに誰かに売った?つまりそれだけ奴隷を買い集めているヤツがいると。なんでそんなことを……いや、俺はそんなことをするヤツに心当たりがある。それはおそらく……。


「ノートン辺境伯。テレグ山脈を挟んだヒュマ領の領主か」


「知っていたのですね、なら話は早そうです。少し待っていてください」


ココアコルデは席を立つと、離れた場所にいた一人の女性を連れて戻ってきた。


「彼女は商人のカリンカリンさんです」


「どうもー、紹介にあずかりましたカリンカリンです。ゼニスで商売やらせてもらってます。見ての通り魚人マーピープルです。耳とかヒレっぽいでしょ?首とかの鱗も目立つかもですが、首巻きとかすれば以外と分からなくなるんですよ」


明るくよくしゃべる人のようだ。声が聞き取りやすくてうるささをあまり感じさせない。


「実は自分、ヒュマ領の方にもしょっちゅう商売に出向いているんですわ。向こうにもゼニスほどじゃないけどおっきい街がありましてね、そこを治めているのがなんと亜人なんですわ。だからそこはヒュマ領にしては亜人の多い街でしてね。自分みたいな半端ものにもよくしてくれるんで助かってるんですよ。それでですね……」


カリンカリンは懐を探ると、一つの封筒を取り出した。


「自分の商売の護衛として、グレイさんたちを雇いたいと思ってるんですわ。これはヒュマ領への通行手形です。普通は亜人相手にはそう簡単に発行されないんですけど、これでも自分は優秀な商人ですから?向こうさんにも信頼されてるんですよ」


カリンカリンは自慢げに封筒をひらひらさせている。少し怪しいところがあるが、この話に乗ればヒュマ領へ行けるということか。


「この席にいるってことは、アンタも仲間だと思っていいってことだよな?」


「はい、もちろん。自分も亜人の端くれですから?奴隷にされている亜人は放っておけないんですわ。なんたって明日は我が身でしょう?お客様どころか自分が店先に並ぶなんて嫌ですわ。なら協力できることはしないとって思いまして」


「この手形の話はカリンカリンさんからしてくれたんですよ。私たちは辺境伯軍を押さえることはできますけど、亜人の人たちから信頼を得るのに時間がかかります。その点、いままで何度も亜人を救っているグレイさんたちなら説得力があります」


「つまりノートン辺境伯のところで亜人奴隷を見つけ出して、ジークロードたちが辺境伯軍を足止めしている間に俺たちが連れ出すということか」


「話し合いで解決できれば一番だけどな。向こうはかなり強引に亜人奴隷を集めているから、そう簡単にいかないだろう」


「なんにしても、早くした方がいいですよ。他の場所に売られたりしたら、助けるのは難しくなりますし。詳しいことはヒュマ領に渡ってからにしましょう。向こうでも情報を集めてもらってますし、状況も変わってきますからね」


こうして、俺たちがヒュマ領に乗り込むことが決まった。

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