第60話 魔竜との戦い

大部屋の中にいた、体に美女が埋まっている竜。その内に秘める異様な気配を敏感に感じ取ったザラは、無意識に後ずさった。


「あれ、いったいなんなのよ。あんなのがいるって聞いてないわ」


「ザラさん落ちついて、彼女に敵意はありません。おそらく強力な竜の幼体ですが、戦闘経験は少ないようです。ジークロードさんたちも、彼女を刺激しないようにしてください」


パドマの声は聞こえているはずだが、ジークロードたちは警戒を解く様子はない。それどころかそれぞれが得意とする戦闘配置に移動をはじめた。


「ザラさんたちは下がってな。こいつはオレたちの獲物だ。なんなら先に進んでもいいぜ」


「何を言ってるんですか、彼女は明らかに軟禁されている被害者です。助けこそすれ、討伐する理由などないでしょう」


パドマの言葉に、ジークロードは振り返って言った。


「討伐する理由?そんなの決まっている。こいつが、魔竜だからさ」


「魔竜……まさか、そんな」


魔竜という名前に、パドマは息をのむ。

100年前に終結した魔竜戦役の由来となった、世界を破滅させる力をもった巨大竜。

ヒュマの勇者によって首を落とされ、その死骸は大陸を二分する山になったとも言われている。


「でも魔竜に子供がいたなどという話は聞いたことがありません。それに、魔竜の子供が100年経ってもこの程度しか成長していないというのもありえない。彼女が魔竜であるはずがない」


「それはだな……」


「それにはワシが答えてやろう」


部屋の奥から声が響いた。少しひび割れているが、大きな声を出すのに慣れた商売人の声だった。

全員がそちらを見ると、二階部分に張り出した通路に、顔色の悪い老人が立っていた。


「そいつの名はフィーア・グローリア。勇者の嫁になったグローリア家の一人娘だ」


「お前は誰だ!」


ジークロードが剣を向けると、老人は両手を上げて竜の後ろに隠れた。


「おお、怖い怖い。ワシはただの商人だよ。ただ色んな所にツテがあってね、とんでもない怪物を持てあましてるって話を聞いて、せっかくだからと買い取ったのさ。お前さんが次代の勇者なのか?ならそいつを見逃せるわけはないだろうなあ。なんてったって勇者の娘だ、その血は他の子孫よりも当然濃い。殺しておかなきゃ、次代勇者の立場が危ういだろうしな」


「黙れ!オレが戦うのは、そいつが魔竜だからだ。また世界を危機に陥らせるわけにはいかない。例え勇者の娘であっても、オレはそいつを倒さなくてはいけないんだ」


ジークロードの決意を見て、商人は不快そうに鼻を鳴らした。そして懐から、小さな石像を取り出した。


「青臭いセリフだ、聞こえのいい言葉ばかりで血が通ってない。だがそんなお前にも売ってやれるものがあるぞ。強敵との戦い、そして敗北する経験だ。お代として商品の宣伝文句になってもらおうか。『次代の勇者を倒した怪物』なんていいとは思わんか?」


商人が持った石像から、強い力が放たれた。

竜の体に埋もれた女性が身もだえすると、それに釣られて竜ももだえる。竜は不快そうにうなり声を上げて、一番近くにいたジークロードたちへと襲いかかった。


すでに戦闘態勢だったジークロードたちは、竜の攻撃を避けながら反撃する。だが剣で切っても魔法を浴びせても、竜の鱗には傷一つつけられなかった。

一方、竜の攻撃が当たると、受け流すつもりでも流しきれずにはじき飛ばされている。善戦してはいるが、とても辛い戦いなのは明らかだった。


彼らの戦いを、ザラたちは部屋の隅で見守っていた。魔竜との戦いになるとは思ってなかったので、装備も覚悟も足りていない。それでもパドマだけなら戦いについていける実力はあったが、戦闘に加わろうとはしなかった。

二人は戦闘の隙を見計らって、魔竜の横を通り抜ける。それを見つけた商人が、二階通路から声をかけた。


「おい、お前らは戦わないってことは、あの勇者の亜人奴隷ってわけじゃないみたいだな。ならなんでここに来たんだ?」


「アタシたちはアイツらとは別件よ。それでもちょっと気になったんだけど、さっきの話はあの魔竜を買ったってだけじゃない?なんで勇者の娘が魔竜になんてなってるのよ」


「それはアレだよ。あの娘の母親は病弱でな、助かるためには竜の血を薬に使う必要があったんだとさ。それを聞いた勇者はよりによって魔竜の血を持って来た。無意味な殺しはしないとか、せっかく倒したのだからもったいないとか、ケチくさいこと言ってたらしいぜ」


商人は口を開けて下品に笑った。


「その結果、本人は元気になったが娘が人間離れしちまった。成長は遅いのに、力は大人よりも強い。怪力を持った幼子ほど恐ろしいものはないだろ?純粋に残酷に振る舞えるんだからな。それでも人里離れた所で育ててたのに、今度はどんどん竜になりはじめた。親兄弟はもういない。先祖からのお荷物なんて、邪魔に思って当然だろうさ」


「竜は人とは比べものにならないほどの生命力を持っています。ですが他人の体を乗っ取るなどとは聞いたことがありません。さすが魔竜と言うべきなのでしょうか」


「それじゃあ、あの竜に埋まってる娘が本体ってことなのね。じゃああっちを狙った方がいいのかしら」


「いいや?それも無駄さ。見てみろよ」


商人が指さす先で、激戦が繰り広げられている。ジークロードが仲間の協力により魔竜の首をかいくぐり、埋もれた女性――フィーア――の胸に剣を突き立てた。

魔竜は叫び声を上げて、ジークロードを振り払う。

剣が引き抜かれた胸からは血が噴水のように吹き出す。が、それは数秒も経たないうちに治まり、傷口もすぐさまふさがってしまった。


「今のアレは、人でもあるし魔竜でもある状態だ。魔竜の血の力なら、人の傷を治すのなんてワケもないのさ。あの血を薄めりゃ、いい回復薬になるだろうさ。回収は後でやるから、もっと派手に血しぶきふかしてくんねえかなあ。ワシらじゃ命がいくつあっても足りないが、代わりにやってくれるなんて勇者サマサマだぜ」


ウキウキしている商人を、パドマは無言で睨む。手に持っている槍を握りなおしたところでザラに肩を叩かれて、無言で首を振られた。


「ですが……」


「そんなことしてる場合じゃないわ。それよりも、来るわよ」


「来るとは、何がですか?」


「決まってるじゃない。あいつよ」


ザラの言葉が終わらないうちに、遠くから誰かが走ってくる音が聞こえてきた。パドマがそれに気づくと同時に、部屋からつながる扉が音を立てて開かれた。


「待て!戦うのをやめるんだ!!」


グレイがミミルを肩に担いで、部屋中に声を響かせながら走り込んできた。

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