第61話 魔竜とグレイ

◇◇◇


あの竜がいる部屋から戦闘音が聞こえてきた。思っていたよりもかなり早く到着してしまったらしい。ミミルを担ぎ上げて走る。

扉を開くのももどかしく、勢いよく開けて飛び込んだ。


「待て!戦うのをやめるんだ!」


目の前ではあの竜が、見たこともないやつらと戦っていた。そいつらも竜も戦いに夢中で、俺の言葉は届いていない。

ミミルを下ろそうとしたところで、横から声がかけられら。


「グレイ殿!無事だったのですね」

「あんた遅いのよ。もっと早くしなさいよ」


軽装のパドマとザラがいて、そこにミミルが加わった。


「助けに来てくれてありがとうな。ところでこれはどういう状況なんだ?」


「あいつらは、あんたを探すのに協力してくれてたのよ。でもそれとは別に、あの竜の幼体を探してたみたい。勇者の子孫だとか言ってて、あの竜は魔竜だから倒さなくちゃいけないらしいわ。はっきり言って何がなんだかって感じよ」


ザラもよく分かってないみたいだが、とりあえず味方らしい。俺としてはあの竜を傷つけたくないので、やはり戦いを止めるべきだろう。

そう思った時、上から商人が声をかけてきた。


「そうかそうか、そいつらはお前のツレだったのか。もしかしてあの時の奴隷どもか?お前が連れ出してるとは驚きだよ」


「そこにいたのかよ。それより止めなくていいのか?あの竜はお前にとっちゃ重要な商品だろ」


「必要ないな、むしろもっと戦ってほしいくらいさ。本当はお前さんに躾けてもらってから、大人しく爪とか鱗とかはぎ取らせてもらうつもりだったんだが、あいつらが代わりにやってくれるんで助かってるのさ。歴代勇者のせいでほとんどの竜はこの大陸から逃げちまった。竜の素材は古くなっても頑丈だから高値で売れるのに、手出しできたもんじゃねえ。そこであの魔竜に目をつけたのよ。なんせ再生能力が高いから、時間をおけば剥ぎ取り放題だしな」


商人は口を開けて笑っている。その様子がとてもムカついた。。


「あの竜だって生きてるんだぞって言っても、お前には何も響かないだろうな。だがあの勇者が竜を倒したらどうするつもりなんだよ。お前の計画は水の泡じゃないのか?」


「竜は骨まで高く売れる上に、あれは魔竜なんだ。もう二度と手に入らない貴重な素材、いくら高くしてもうれるさ。まあ倒せるわけがないだろうけどな」


「そうかよ。だったらそこで計画が台無しになるのを見てるといいさ」


決めた。あいつの儲け話を台無しにしてやろう。俺のせいで落ちぶれたのはちょっと可哀相かと思ったが、あのくらいしぶといなら気にしなくてもいいだろう。

俺は大切な仲間たちに会えたのだ、もう遠慮する必要はない。思う存分やってやろうじゃないか。

腕まくりをして魔竜へ向かう。中途半端な装備では無いのと変わらない。ならば気合いが入る方がいいだろう。


「グレイ殿、ワタシもお手伝い致します」


パドマが槍を持って横に並んだ。


「頼む、牽制程度でいい。攻撃に当たらないように動けよ。ザラたちは勇者たちの方を止めてくれ。俺よりも話しやすいだろ」


「了解しました」

「わかったわ」


パドマが先行して、竜の足下に飛び込んだ。踏まれただけでつぶされそうだが、彼女がそんなドジをするわけがない。硬い竜の鱗はパドマの攻撃が効いていないが、それでも気にはなるのだろう。あてずっぽうで足踏みしたり尻尾を振り回しているのがその証拠だ。

パドマに注意が逸れたことで、竜の動きがにぶくなる。

そうやってできた竜と勇者の隙に割り込んだ。


「両方とも待て!いったん戦うのを止めるんだ」


「なんだお前は!?そこを退くんだ、魔竜の攻撃を喰らうぞ」


勇者が示す先、竜が噛みつこうと首を伸ばしてくる。それへと手を振って、すんでの所で素早く引く。大丈夫だ、慣れている・・・・・からちゃんと躱せる。


「フィー、聞こえてるか?俺の手をよく見るんだぞ」


竜へ、彼女へ声をかける。戦闘のせいで興奮しているようだが、俺だと分かっているようだ。子供と同じ、ただ衝動を止められないだけだ。

竜は手の先を狙ってくるので、素早く引っ込めれば噛みつきをくらうことはない。

それを何度かくり返せば、竜の様子が変わってくる。戦闘モードのギラついた目が、おもちゃにじゃれつく猫のようになる。


「な、邪竜相手に遊んでいるだと!?」


実際、数時間前までこいつの世話をしていたのだ。こいつの動きのクセもよく知っている。

俺の手が逃げ続けることで、戦闘の意識が完全に遊びに切り替わったようだ。

パドマもそれを察したようで、少し離れた所で様子を見ている。

あまり時間をかけたくないし、そろそろ終わりにしよう。


「【ハードスキン】【背水の陣】」


スキルで防御を強化し、全身に力を巡らせる。あと重要なのはタイミングだ。

手を振って注目させ、フェイントをかける。

きた、連続での噛みつきだ。

一回目、二回目をかわし、三回目で手に噛みつかれた。

周りから小さな悲鳴が聞こえたが、構わずに竜の首に手を伸ばした。


「やったな、捕まっちゃったなー」


あいている手で、竜の頬を軽くたたく。竜は嬉しそうにうなっている。

噛まれている手は痛いが痛くない。スキルで強化をしているから我慢できる。そのまましばらくなでてみるが、ちっとも落ち着く様子がない。今まではこれで大丈夫だったが、何か違いがあるのだろうか。


勇者たちは「あれが邪竜なのか?」と戸惑っている。敵としか見てなかったんだろう。だがこれで話し合うことができる。

そう思ったが、そんな希望を笑う商人の声がした。


「ははっ、すごいな。もうそこまで躾けてたのか。だが残念だなあ、ワシは金が早く欲しいんだ、今すぐにでも。お前も巻き込まれるだろうが、金のためだ、許してくれよ」


商人が手に持った像を掲げた。そこから力が放出されると、竜の様子が変わる。

目が血走り、どんどん息が荒くなっていく。手に噛みついている牙に、力が加わっていく。このままだと、手が食いちぎられそうだ。


「フィー、落ち着け、落ち着くんだ。くそっ、あの像のせいで興奮しているのか。なんとかしないと」


どうすればいい?

フィーをこれ以上大人しくさせておくのが、難しい。暴れ出してしまえば、もう止められないかもしれない。

何か手はないかと周囲を見回すと、武器を構えた勇者たちを見つけた。


「やはり予言の通り、魔竜の心臓を破壊するしかないな。オレにできるか分からないが……いや、オレがやらなきゃいけないんだ。みんな、力を貸してくれ!」


勇者が剣を掲げると、それが白く輝き始める。

彼の仲間たちがその剣にそれぞれの武器をそえると、さらに輝きが増した。


今なにか、ちょっと引っかかった。


「そこの勇者、いま何て言った?」


「オレがやるしかないと」


「その前だ、予言がどうのこうのって」


「オレは神殿から、魔竜の心臓を破壊すべしと予言を受けてここに来たんだ。だから……」


「そう、それだ!」


そのひらめきに、思わず叫んでしまった。

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