第56話 酒場での再会

「……というわけで締め上げて吐かせたんだけど、そいつらは使いっ走りだったみたいでね。別なヤツに引き渡したから、今どこにいるかまでは分からなかったわ」


聞き込みで捕まえた相手から情報を聞き出したザラたちは、時間が遅くなったので冒険者ギルドへ戻ってきていた。

戻ることを提案したのはパドマだった。動いている間に頭が冷えたのだろう、陽が傾き始めても捜査を続けようとするザラに、暗くなってから動くことの危険性と休憩することの重要性を説明して説得したのだった。


「ありゃあ、危なかっただな。ザラさたちが無事でよかっただよ。その先はまた明日に調べればいいべ。グレイさならきっと、自分よりもザラさたちのことを取るに決まってるだよ。大丈夫、無事に見つかるだよ。ささ、疲れただろうからいっぱい食べてくんろ」


報告を聞いたミミルは、暗い顔をする二人にテーブルに並べられた料理を差し出した。

賑やかな食堂の雰囲気とは対照的に、隅にあるこのテーブルは静かだった。

パドマは息を長く吐くと、気分を切り替えてコップの水を飲み干した。それに続くようにザラも食事を始める。

そうして料理が減っていく途中で、パドマが言った。


「グレイ殿を引き渡した相手は分かりませんでしたが、その行き先の予想はつきます。気を失ったグレイ殿を運ぶ手段は、あそこでは船くらいしかありません。ならば行き先は中央区しかないでしょう」


「中央区だか?島みたいだけんど、用がないと入れんようになっとるだな。あんなにいっぱい建物があるだに、なにやっとるんかね」


「金持ちみたいな偉そうな奴らが出入りしてるわよね。きっとろくでもないことをしてるに決まっているわ」


「なんでも悪いように取るのはザラ殿の悪いクセですよ。我々には関わりのない所でしたが、特に秘密の場所ではないはずです。まずは中央区とはどんな所なのか調べましょう」


「あそこは、ゼニスの本当の意味での中心地ですよ」


隣のテーブルから声がかけられた。


「む、あなたは……」


パドマがおどろき、ザラは顔をしかめる。

そこにいたのは昼間に声をかけてきた男、ジークロードだった。彼の仲間も同じテーブルにいる。占い師の女が手を振っていた。


「こんばんわ、昼間はどうもすいませんでした。あの時はオレも調子に乗ってたみたいで、失礼なことを言っちゃいましたね。お詫びをさせてくれませんか?」


「気持ち悪いしゃべり方。今さら本性を隠す必要ないわよ。それにお詫びなら、そっちの占い師の方からもう受け取ってるわ。だからアンタはもう顔を見せる必要ないわよ」


「もう許してくれるなんて、やっぱり優しいんだな。じゃあオレが中央区の事を教えてやるよ」


ザラの隣にイスを持ってきて座るジークロード。


「アタシの話をちゃんと聞いてた?二度と近寄るなって意味だったんだけど」


ザラはそっぽを向く。


「ちょっとくらいいいじゃん。まあ聞けってさ。その昔、ゼニス大河の中州に村があったんだ。それが川を利用した流通によって発展し、今のゼニスになった。その最初の村が、中央区と呼ばれてる場所だ。だから特別な人間しか入れないんだよ」


「アンタみたいなろくでもない人間が集まる場所なのは知ってるわよ。長老だの指導者だの、威張り散らすしか能の無い老害には関わりたくもないわ」


「でも、君たちはそこに行きたいんだろ?オレは君の言うように、偉い人たちと関わりがあるのさ。だからあの場所を知っているし、入ることもできる。そしてオレと一緒に来るなら、君たちも入れる」


初めて、ザラがジークロードの顔を見た。


「やっぱり君は美しいね。オレの話を聞く気になってくれたようで嬉しいよ」


「余計な言葉を聞く気はないわ。簡単に、条件だけ言いなさい」





翌日、ザラたちが中央区へのゲート前へ行くと彼らはすでに待っていた。

ジークロードと占い師の女。そして小柄な男と非常に体格のいい女の四人だ。彼らはとても仕立てのよい服を着ており、同じようにゲートへ入っていく者達と見劣りしていない。


警備の者達は明らかに服装で人柄を判断していて、冒険者のような汚れた格好をしている者達は厳重なチェックを受けている。

入れないわけではないが、扱いに大きな差があるのは明らかだった。


そのことをあらかじめジークロードに聞いていたため、ザラたちも服装を改めている。なので無事に礼儀正しい扱いの列に並ぶことができていた。


三人とも、まるで夜会に着ていくようなドレスの上に上質なコートを羽織っている。

派手ではあるが、彼女たちが持っている服の中で大丈夫そうなのはこれだけだった。


「着飾ったザラさんもキレイだ。やっぱりオレの目に狂いはなかったよ」


「頭の方はおかしいみたいだけどね。それにしても、アンタと関係なくても入れてるみたいじゃない」


ザラの視線の先では、派手な服を着た女がゲートを通り抜けていくところだった。彼女がカードのようなものを見せると、警備はチェックもそこそこで通行を許可した。


「身元の保証が必要なんだよ。ああいうのは本人しか通れないのさ。その点オレは勇者の子孫だからな。正式な証明書もあるから、オレが言えば何人でも通れるんだよ」


自慢げにカードを見せびらかすジークロードだが、ザラは興味がないようだった。なおもしつこく話しかけるジークロードを見かねたのか、占い師の女が間に入ってきた。


「それにしても、そんなしっかりした服を持ってたなんて驚きね。一晩で用意できるとは思えないし、いったいどうやったのかしら?」


「それは、ちょっと前にグレイにもらったのよ」


「グレイって、あなたたちが探しているっていうオーカスでしたよね」


「そうよ。まあアイツも買ったらしいけど、まさかこんな所で役に立つとは思ってなかったでしょうね」


すぐ近くでザラの服を見ている占い師が目を細める。会話が途切れたことで再び口を開こうとしたジークロードを遮るように、占い師が言った。


「あなたたちは、この服がどんなものか知ってる?」


それはなんでもない、ただの質問のようだった。

ザラもパドマもミミルもただの上質な服だとしか思っていなかったので、そう答えようとした。

しかしジークロードが不機嫌そうな声で割り込んできた。


「んなの、魔女の夜会イベで作れた装備だろ。性能は中級者向けだけど誰でも作れたせいで、最後には倉庫の肥やしになってたやつ。おおかた装備の持ち込みを転移特典にしてたんだろ」


「ジーク、私は彼女に聞いてるんだけど」


「どうでもいいだろ。それよりそろそろ順番だ。ちゃんと並んだほうがいい」


ジークロードがそういいながら手を差し出すが、ザラは大きく避けてミミルと並んだ。


「照れてるところもいいなあ」などと惚けたことを言うジークロードを見て、占い師の女は大きなため息をついた。

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