第53話 残された者と離された者
◇
グレイは次の日になっても帰ってこなかった。
拠点として、小さなアパートの部屋を借りている。長期滞在する冒険者のためにギルドが用意したもので、宿に泊まり続けるよりはいくぶんか安い。
四人ではとても狭いその部屋で、グレイがいるはずの場所を残された者達は気にしていた。
「やっぱり、何かあったんです。そうに違いありません」
「まだ一日しか経ってないわよ。とりあえずギルドでまた聞いてみるくらいでいいんじゃない?」
「そんな消極的な。グレイ殿になにかあったらどうするんですか」
「あいつはそんな弱くないわ。パドマもあいつのしぶとさは知ってるでしょう?」
「そうですけど……」
彼女たちは昨晩から同じ話題をくり返している。
依頼から帰ってギルドに行ったが、そこにグレイはいなかった。部屋に戻ってもいないし、知り合いの冒険者に聞いてみても手がかりがない。
昨日の店で分かれた後から、グレイはどこかへ行ってしまった。
「パドマさ、落ち着くだよ。オラたちが焦っても仕方ねえべ。オラはギルドの食堂に行ってみるだよ。そこでグレイさのこと聞いてみっから、パドマさも仕事ついでに探したらいいべさ」
「そんな悠長な!お二人は心配ではないのですか?わたしは居ても立ってもいられません。すぐにでも探しに行ってきます」
パドマは一人で部屋を飛び出していった。
ザラはそれを見送ったあと、仕方なさそうに立ち上がる。
「パドマの気持ちは分かるわ。見捨てられたくないって、前に話してくれたものね。あの子一人だと心配だから、アタシも動いてみるわ。待つのはミミルに任せていいのよね?」
「んだ。帰ったら誰も居ないんじゃ、きっとグレイさも寂しいだからな。ザラさ、よろしく頼んだだよ」
「まかせて。ちゃんと見つけたら、首に縄巻いてでも引っ張ってくるわ」
ザラもいつもの装備を持つと、部屋を出ていった。
◇
商人の後に続いて、石造りの廊下を進む。
カンテラの明かりは弱く、ここがどこなのか判断するのが難しい。ゼニスの街中のどこかだとは思うが、転移陣を通った先の遠い場所という可能性もある。
商人の服装はごくありふれた布の服。背後を歩く男も際だった特徴はない。肌は色黒だが、日焼けした男などどこにでもいる。
通路は崩れたり塞がれたりしていて、長い間放っておかれていたのが分かる。偶然誰かが通りかかることは期待できないだろう。
返してもらった袋を確認したが、連絡用のマジックボードは取られていた。それどころか普段使い用に分けておいた金までなくなっているのは腹が立った。
数日分の食費程度であり、商人にとっては雀の涙みたいなもののはずだ。
「小銭?そりゃ、小間使どものしわざだろう。運がなかったな。でも気にすることはない、ここでは金を使う必要なんてないからな。三食しっかり用意してやるから安心てくれよ」
「ちっとも安心できない。それよりなんでこんなことをしてるんだよ。金だったら、あの家にたっぷり残してきたはずだぞ」
「そんなもの、あっちの組織に全部持って行かれたよ。ワシは見ることすらできなんだ」
「そりゃあ残念だったな。てっきり山分けすると思ってたんだが」
俺を捕まえていた仮面の組織【ホワイトフェイス】とこの商人は同列に近い関係なんだと思っていた。だがこの様子だと、この商人はいいように使われていただけのようだ。
「兄ちゃんが突然いなくなったせいで、ワシのもうけ話が吹っ飛んじまった。あっちの組織との繋がりも細くなっちまったし、ひどい災難だよ」
「あいつらには俺も散々な目に遭ったからな、同情するよ」
ハハハと笑い合う。商人が右手を振ると、後ろにいたチンピラに肩をたたかれ、振り返ったところを殴られた。
「痛かったか?でも、ワシも痛かったんだ。ワシは兄ちゃんがほしがるもんはみんな用意してやってた。てっきり仲良くやれてると思ってたんだ。だが、兄ちゃんはワシに何も言わずにどこかに行っちまった。それを知った時、ワシの胸も痛くなったよ」
「病気でも持ってるんじゃないか?相変わらずひどい顔色をしてるぞ」
もう一発、殴られた。
「ワシは悲しい。ワシは兄ちゃんのためを思って色々してきたのに、兄ちゃんはワシのことをなんとも思ってなかったんだな」
「あんたが大切だったのは金だろ。俺に奴隷を売りつけて調教させて、それが終わったヤツを買って、高値で売ってたんだ。それで今までさんざん儲けただろ」
チンピラが腕を振り上げたが、商人が手でそれをさえぎった。
「そうさ。ワシは兄ちゃんのおかげでいい商売ができてた。兄ちゃんが続けてくれたおかげで、ワシはかなり信頼されてたのさ。それを、それを、大きく盛り上げて、これからって時に、兄ちゃんがいなくなっちまったせいで、ワシがどうなったと思う?」
商人が服をはだけて半身を晒す。その手と体には、やけどの跡が縞模様についていた。
「期待を煽った後で、商品を用意できなくなったんだ。誠意を見せろと言われたよ。その結果がこれだ。あの貴族はワシを、食い物扱いしおったのだ。ワシを、デミと同類に扱いよったのだぞ。こんな屈辱があるものか」
やっぱり、このじいさんは亜人のことを下に見ていたようだ。俺は商売相手だったからマシな対応だったのだろう。
実はさっきまで、ちょっと悪いことをしたかたなと思っていた。だが、このじいさんには同情する必要はなかったようだ。俺の心は急に冷めてしまった。
「兄ちゃんとはまた仲良くやりたいと思っているんだ。だから是非とも、頼まれてくれないかな?やりがいのある仕事だ。とてもいい経験になると思うぜ」
「やりがいとかそういうのいいから、金を出してくれよ。あんたほどじゃないが、俺も金が欲しいんだ。ちゃんと報酬が出るならやる気も出るんだがな。あと行動の自由もくれ。ちゃんとギルドを通した仕事の依頼にしてくれるんなら、今回のことは水に流してもいいぜ」
ダメで元々で言ってみたが、やはり通じないようだ。
商人は目を見開いて詰め寄ってきた。
「口を開けば金金金とは、あさましい!少しは人の役に立とうとは思わないのか!!ワシは、兄ちゃんのためを思って言ってるんだぞ!それなのに兄ちゃんはワシの気持ちも知らずに……」
つぎつぎと言葉をまくし立ててくるが、意味も理屈も通らない個人的な感想の羅列だ。
特大のブーメラン飛ばしてるが、それが刺さっていることに気づきもしていない。あるいは気づいてないふりをしているのか。巻き込まれないように、今は静かにしておくのがいいだろう。
興奮してしゃべり続けたせいか、商人は肩で息をしている。たったあれだけで死にそうな顔色になっている。やはり相当体にキているらしい。
「まあいい。商売の話の続きだ。兄ちゃんにしてもらいたいのは前と似たようなもの、簡単に言えばペットの世話だ。ちょっと違うかもしれないが、だいたい同じだ」
「さっきの答えを聞いてないぞ。ちゃんと報酬はもらえるんだろうな?こっちはぶん殴られてるんだ。慰謝料も追加しろよな」
「ふん、自分の立場をわかっとるのか?支払いは成功したらだ。さっきも言ったように、ここじゃあ金を持つ意味はないからな。ちゃんと上手くいったなら、金を払って解放してやるさ」
限りなく怪しいが、脱出する目処はまだない。なら時間をかせいで探すしかないだろう。
聞きたくないどうでもいい苦労話を話し続ける商人の後に続いて、どんどん下へと降りていく。
ようやくたどり着いた場所は、大きな扉の前だった。
なぜこんな場所に、こんなものがあるのだろうか。重厚な扉には凝ったレリーフが彫られているが、それを台無しにするようにかんぬきが、後から取り付けられていた。
お供の男がそれを苦労して外す。
開いた扉の先は暗く、商人の持つカンテラでは入り口の近くだけしか照らせない。
ただ、その光を反射する二つの目玉が、奥からじっとこちらを見ていた。
「どうだ、すごいだろ?コイツを用意するのも金がかかったんだぜ?」
商人が掲げたカンテラの光量を上げる。暗闇から浮かび上がったそれに、思わず驚きの声をあげた。
そこにいたのは、美しくもおぞましい“怪物”だった。
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