第52話 誘拐事件

ゼニスは広大な川の上に築かれた水上都市だ。

大陸を二つに分けるテレグ山からは、いくつもの川が流れ出ている。その中のとりわけ大きな川にいくつかの支流が合流し、結果大陸最大の大河となった。

その大河に様々な事情からいくつもの橋が架けられることになり、そのいくつもの橋が堅く繋がることにより、ゼニスという大都市が誕生することになったらしい。

ただ、そこに至る話は語る者によって内容が変わり、どれが真実かは分からない。

でも、橋の上からながめるこの景色は、嘘偽り無く美しいと思う。

下の川では小さな船が荷物を運んでいる。上を見れば、青く広がる空に白い雲がひとつふたつ浮かんでいる。

背の高い建物は両岸と中州にあるのがほとんどで、橋の上の見晴らしはいい。

もちろん例外はあるが、裏道を選ばないかぎり空が見えないということはないだろう。


今日は新規オープンした店の臨時店員としての依頼を受けた。冒険者ギルドでたまにザラが歌っていたのだが、それを依頼主が偶然聞いて気に入ったらしい。

ミミルは料理ができるし、パドマはウェイトレス兼警護ができる。ただ俺は必要ないとのことなので、店まで送った後は別行動することにした。


ゼニスでの冒険者の仕事は、人や荷物の護衛のたぐいがほとんどで、次に日雇いの労働、その次にやっと採取・討伐依頼がくる。

ゼニスには人が集まるので、冒険者の数も多くて依頼があっという間になくなってしまう。

そのためゼニスで稼ぐには、指名依頼をしてくれるお得意様を作るのは一番だ。

俺も一人の時は荷下ろしや工事の日雇いをしているが、今日は受けられなかったので散歩でもすることにした。


ゼニスはキレイな風景もあるため、観光客もちらほらいる。ただ、そういうのは金と時間が余っている人たちばかりで、ぱっと見で強そうだと思える護衛を連れている。亜人領だというのにヒュマの割合が大きく、亜人の金持ちはたまにしか見ない。

そういう金持ちが多い所は、ただの冒険者としては居心地がわるいので、裏道を通ることにする。

いくつもある橋の中には古いものも当然あり、そういうものはたいてい新しい橋の下になっている。技術が上がったからかもしれないが、昔に作られた装飾デザインに日の光が当たらないのは、もったいない気もする。

治安が悪い場所はだいたい把握してるし、俺もそれなりにレベルも上げてある。だから大丈夫だと思っていたら、狭い道で行く手を塞がれた。


相手はただのチンピラのようだ。着ているのも普通の服だし、武器を持っているようにも見えない。

倒すのは簡単だろうけど、冒険者でもない一般人と戦うのはいかがなものか。そんな迷いがあったせいだろう。背後から近づく気配に気づくのが遅れてしまった。

すぐ後ろに人の気配を感じて振り返ろうとした瞬間、首を掴まれる。

自分の体力には自信があるし、すこしくらい殴られても余裕で耐えられる。いいだろう先手は譲ってやる。

そう思って身構えた時、つぶやく声が聞こえた。


「【強雷撃ショックボルト】」


衝撃が首から伝わり、全身が硬直する。

体力が十分だとしても、気絶耐性は持ってない俺はそのまま意識を失った。







目を覚ますと暗い場所だった。カビとほこりの臭いがする。

動けはするが、両手が後ろで縛られている。女ならともかく、俺なんて捕まえてどうする気だ。まさかパドマ達を釣る餌にするためだとか?

悪い想像がふくらむが、まだそうだと決まった訳じゃない。


苦労して立とうとすると、縛られた腕がひっぱられた。どうやら背後の壁に縄のようなものでつながれているらしい。

どうなっているのか確認したかったが、明かりがないので指先で判断するしかない。

結び目には指が届かないので、外すのは無理そうだ。腕の方もしっかり巻かれていて、ちっとも緩まない。

強く引っ張ったり色々と試してみたが、どうにも無理そうだった。

当然ながら、持ちものは全てなくなっていた。さすがにアイテムボックスの中身は取られていなかったが、刃物でこの縄を切ったとして、ここから簡単に逃げられるとは思えない。

なんとかして、ここがどこかを調べる必要がある。


そんなことをしていると、どこからか足音が聞こえてきた。

二人の人間が硬い石の上を歩いている。それとともに明かりが近づいてきた。

ここは石を積み上げて作られた場所で、入り口には扉がない。あった形跡は残っているが、今は何もないようだった。


足音はここを目指しているようだ。

入り口を睨みながら待っていると、カンテラを持った男が二人やってきた。


「おう、起きてたのか。さすがだな」


そう言って笑ったの男には、見覚えがある。忘れるわけがない。始まりの小屋で会った、顔色の悪い商人が、あの時より老けた顔をしていた。

お供に連れているのは、あきらかに筋者の雰囲気を漂わせた男だ。


「よう兄ちゃん、久しぶり。元気そうでよかったよ。まさかこんな所で会えるとは思わなかった」


「ああそうだな。ところでここはドコだ。ゼニスにこんな場所あったのか。橋の下とか思ったけど、それにしては深そうだな」


「なんだよ感動の再会なのにつれないな。ここがどこかなんてどうでもいいだろ?あれからどうなったのか積もる話をしようじゃないか」


「イヤだね。街中で偶然会ったならともかく、強引にさらわれたのに仲良くできるわけないだろ?俺も仲間もその日暮らしの冒険者だ、金なんて持ってないぜ。」


仲間がいることを暗に示すが、動揺していない。それどころか満面の笑みでうなずいている。

「兄ちゃんのことだから、どっかにへそくりを隠してるだろうけど、ワシは強盗みたいなマネはしない。兄ちゃんの荷物なら、ここにあるさ」


そう言って足下に、俺が持っていた袋を置いた。


「じゃあ前置きはこのくらいにして、金の話をしようじゃないか」

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