第49話 商都ゼニスにて

「ここがゼニスの冒険者ギルドか」

「ほえー、こりゃあえらい高い建物だなあ。倒れたりしないんだか?」


 人が溢れる街を歩いてたどり着いたのは、見上げるほど高いビルだった。入り口はお高いホテルのような彫刻がなされていて、作られた当初はさぞかし格調高かったのだろうと思う。でも今は汚れくすんで、荒くれ者の集まる場所にふさわしくなってしまっている。

 一階は受付のカウンターがずらりと並んでいる。一部が吹抜けになっている二階は酒場になっているのだろう。気の早い連中が酒盛りを始めているようだった。


 受付で要件を切り出すと、受付嬢は少々お待ちくださいと言って奥へ引っ込んでいった。何かあったかと思っていると、奥からゴツイ男たちがやってきて俺たちを取り囲んだ。


「なんだアンタらは。俺たちに用があるなら別の日にしてもらえるか?今日一日歩きづめで疲れてるんだ。さっさと報告して休みたいんだよ」

「その報告だが、本部長が直接聞きたいと言っている。代表者ひとりでいい。いっしょに来てもらおうか」


 リョウゾウとキルマーに視線を向けると、2人とも全力で首を横に振っている。仕方ない、他の誰かに任せるわけにはいかないし、俺が行くしかないようだ。

 ゴツイ男たちに囲まれていると、護衛ではなく護送されるような気分になる。いやむしろドナドナされる仔牛みたいだなと思いながら廊下を曲がったると、鉄格子の扉が待ち構えいた。

 まさかあれは!

 イヤな予感が猛烈に高まったが、せっつかれて仕方なく鉄格子の扉をくぐる。

 そこはとても小さな部屋だった。予感の通りに男たちも一緒に入ってきたため、狭い部屋の中がむさくるしいことになる。扉の脇にいた男がニヤリと笑う。手元のボタンを操作すると、鉄格子が音を立ててしまった。次の瞬間、上から体を押さえつけられるような力がかかった。鉄格子の外が上から下へと流れていく。

 やっぱりこれは、エレベーターだ。

 動き出してから数十秒たった後、振動とともにエレベーターが止まると、男たちに押されるようにして外に出た。開放感にホッとしていると、エレベーターを操作していた男がドヤ顔で話しかけてきた。


「どうだ、この昇降機は。ここがどこだか分かるか?10階だぜ。アレに乗ればあっという間にここまでたどり着けるんだ。どうだすごいだろ」


 知ってる。ちなみに俺が今動けないでいるのは、むさくるしい集団に密着されていた環境から抜け出せたからだよ。

 そんな俺の心の声が聞こえるはずもなく、男は機嫌よくこのゼニス冒険者ギルド本部のすごさを語り始めた。もしかしたら俺が歩けるようになるまでの気遣いなのかもしれないが、疲れが一秒ごとに増していく気がする。

 なんとか気持ちを立て直して本部長のいる場所まで案内してもらう。重厚な木製の扉、その横に本部長室の文字。護送もとい護衛の人たちはここまでのようだ。さっきの男がノックをして部屋の中へと声をかけると、どうぞ、という声が聞こえてきた。

 こんな大きな街のギルドを取り仕切る大物だ。油断したらいいように扱われるだろう。仲間たちのためにも不利になるようなことは全力で避けなければならない。改めて気を引き締めてから、男に続いて本部長室へ入った。


「ご苦労様です。ようこそゼニス冒険者ギルド本部へお越しくださいました。わたしが本部長のバーガードです」


 そう言って出迎えてくれたのは、筋骨隆々のドラゴニュートだった。身長は2メートル以上あるだろう。ワイシャツを胸筋が持ち上げてはち切れそうになっている。パドマとは違い、頭には2本の太い角が生えている。口調は丁寧だが声は低くて迫力があり、思わず背筋が伸びてしまう。


「わざわざ出向いて頂いて申し訳ありません。ですがわたしが直接お話を伺うべき案件だと判断しました。お疲れでしょうから手短で構いません。ことのあらましを最初からお願いします」


 この迫力で迫られてはイヤとは言えない。言えるのは空気を読めないバカくらいだろう。

 たとえ手短に語っても長くなるのは間違いない話だが、覚悟を決めてワイバーン退治の依頼を受けるところから話し始めた。


◇◇◇


「それでは、後のことはよろしくお願いします」


 お辞儀をしてから、できるだけ失礼にならない速さで扉を閉めた。

 ……疲れた。あの眼力に晒されながら話すのは、とても精神を削られる仕事だった。嘘をつくつもりはないが、心の中を覗き込まれている気がしてちっとも落ち着けなかった。

 扉の両脇に立っているゴツイ護衛を見ないようにして、そそくさとその場を離れる。今は一刻も早く心を休めたかった。

 エレベーターに乗って2階へ向かう。たぶんアイツらはそこにいるはずだ。

 数十秒間の浮遊感。到着して扉が開くのを待ちきれずに酒場へと向かう。

 香ばしい料理と酒のにおい、そして俺を見つけて手を振ってくれる仲間たちを見て、やっとホッと息がつけた。


「なにやってるのよ遅いじゃない。アンタが食べないから料理が減らないじゃないの」

「あのなあ、俺は今までツバも飲みこめないような空間にいたんだぞ。少しくらいねぎらってくれてもいいだろが」

「ハイハイえらいえらい。じゃあこれ麦酒と残り物そのいちだからさっさと食べちゃって。まだまだ他のもあるんだからね」

「この冷血エルフめ」


 ポテト、サラダ、揚げ物、煮物。目の前に色々な料理が山積みにされた皿を出された。下の方はいくつものソースが混じっていて、何味なのか分からなくなってる。

 この扱いがとても懐かしいものに感じて力が抜けた。どうやら思っていた以上に緊張していたらしい。


「つーか、グレイ来たんならもう一回カンパイやるべきだろ。ほらジョッキ持って、何かひとこと言えって」


 リョウゾウはすでに酔いが回っているようだ。普段より幾分かテンション高めだ。


「えーと、みんな無事にゼニスに着けてよかった。村人たちはギルドの方でなんとかしてくれることになったし、俺たちにも追加で報酬が出ることになった。というわけで支払いは安心してくれ。以上。カンパイ!」

「「「カンパイ!!」」」


 全員でジョッキをあおる。とりあえず報告は無事に終わり、今回の問題は全部かたづいた。

 飛竜討伐はできたし、素材も手に入った。村人も助けられたし、そのことでギルドからも謝礼が支払われた。本当だったら領主でも解決不可能になりそうだった問題を、早々に解決できたからだ。

 これで俺たちはランクアップして、より良い依頼を受けられるようになった。ワイドビーク村から離れてしまったが、村の人たちには挨拶してあるから、拠点をこっちに移しても問題ない。

 ここは商都と呼ばれるだけあった色々なものが行き交っている。当然、冒険者ギルドにも依頼がたくさん入ってきていて、ワイドビークよりも稼げるのは間違いないだろう。


「さて、これからどうしようかな」

「グレイ殿の行くところへ、ワタシはどこまでもお供します」

「そうね。アンタとなら退屈しなさそうだし、アタシもアンタに任せるわ」

「もちろんオラもどこまでも付いていくだ!」


 やることはまだまだたくさんあって、終わりはちっとも見えないけれど、それでもこうやって付いてきてくれる仲間がいるのなら、もっと頑張ってみようかなと思える。

 この理不尽だらけなせかいのことを、どうやら俺は少しだけ好きになっているようだった。

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