第47話 テレグ山道 5

 ザラの魔法が切れ、騎竜兵は地面に落ちた。ワイバーンは地面に落ちると消滅し、ドロップアイテムが残された。


「ああっ、私のワイバーンが……」

「ワイバーンが盾になって軌道を逸らしましたか。ですがその様子ではもう動けないでしょう」


 騎竜兵の鎧には穴が空き、そこから血が流れ出ていた。必死に動こうとしているがスキルの反動もあるのだろう、力が入らないようだ。


「とどめを刺しますか?」

「必要ない、こいつには聞きたいことがあるんだ。それよりもパドマたちはすぐにココから離れる準備をはじめてくれ」

「わかりました。では行ってきます」


 ザラに肩を貸して歩くパドマを見送っってから騎竜兵へと近づいた。


「私を殺すのか?」

「それはお前次第だ。まず顔を見せてもらうぞ」


 大きさの割に軽い兜を外す。意外なことに騎竜兵の正体はあどけなさを残した少女だった。


「マジか。どうりで声が高い気がしたわけだ」

「キサマも私を女だと、子供だと馬鹿にするのか。私は他の誰よりもワイバーンをうまく扱える、ワイバーンライダースの中でも最速のニト・ローリングだ」


 気丈にも無事な右手を振りあげてくる。弱々しく振られたそれを受け止めてから、ニトの目をのぞき込んだ。


【種族:ヒュマ

 名前:ニト・ローリング

 体力:21

 状態:出血・瀕死】


「バカにはしない。ただこのまま放っておけばお前は間違いなく死ぬぞ。どうする、生きたいか?」

「殺せ。生き恥を晒すくらいならその方がマシだ」

「本当に、心の底からそう思ってるのか?生きて自分の家に帰りたくはないのか?会って話をしたい人はいないのか?」

「くどいぞ。いまさら私が命乞いをして何になると言うのだ。私は負けたのだ。なら潔く死を選ぶのが騎士というものだろう」


 そこまで言ってから、ニトは何かに気づいたかのように口の端を歪めた。


「そうか見たところキサマは下賎なオークスだな。女と見れば見境いなしに襲う、理性のない獣め。おおかた私の肉体に欲情しているのだろう。ならばキサマの好きにするがいい。だが私の意思まで好きにできると思うなよ。卑しいデミになど私は屈しはしないぞ」

「……本当に、そう思うのか。俺がお前なんかに欲情してると。お前の意思に俺が勝てないと」


 俺が好きでこんな種族オークスをやってると思っているのか。こいつは、俺の苦悩も知らないで、亜人のことも何も知らないまま見下しているのか。


「ちょっと気が変わった。本当に俺に屈しないのか試させてもうらうぞ」


 ドスを利かせた声を出しながら、傷口に指を突っ込む。

 ニトの口から悲鳴が出るがかまわず指を進ませる。体力が少しずつ減っていくのを見ながら、力を加減する。


【20、19、18】


「うがあっ、これしきのことで、わたしが、ああっ、やめろ、ばかものめっ!」

「馬鹿はどっちだ。いつまで自分が優位にいると思ってるつもりだ。お前はここで、惨たらしくしにたいのか?」


【16、14、12】


「しぬ?わたしが?があっ、いたい!たすけて、だれか、やめて」

「お前はいままで亜人に何をしてきた?亜人が助けてと言ったとき、その頼みをきいてやったのか?」

「きい、た。うあっ!ごめんなさい、きいてない。だって、そんな、できない」


【11、10、9】


「なら俺がお前の頼みを聞くと思うのか?どうだ、答えろ!」

「きい、ない。ごめんなさい。おねがい、あやまるから、たすけて、いたい、いたい!」

「やめてほしいなら、俺の言うことが聞け。どうだ、できるか?」

「きく、ききます、だから、やめて」


【種族:ヒュマ

 名前:ニト・ローリング

 体力:9 (-12)

 理性:31

 忠誠:35

 友愛:-53

 愛溺:3

 状態:出血・瀕死】


 時間がないからこの程度でよしとしておくべきだろう。本題を忘れるわけにはいかない。

 回復薬を取り出してニトの傷口に垂らす。傷口が急速に治る痛みにうめいたが、死ぬわけじゃないのだからいいだろう。


【種族:ヒュマ

 名前:ニト・ローリング

 体力:50 (+41)

 理性:31

 忠誠:38 (+3)

 友愛:-48 (+5)

 愛溺:6  (+3)

 状態:】


「約束通り助けてやった、だから次はそっちの番だ。これから俺の質問に答えてもらう、いいな」

「……わかったわ。でも、全てに答えられるとは思わないでね」


 目に力が戻ったようだが、俺が手を伸ばすと身をすくめた。


「ただ質問するだけだ。手をだしたりはしない。ただし、嘘をついたら容赦はしないが」

「う、うそはつかないわ。絶対に」






 数分後、帰る準備を整えたリョウゾウたちと合流した。残り1人の騎竜兵は捕まえてあり、ピピリリも無事なようだった。


「いやあ危なかったぜ。さすがのオレでもダメかと思ってたが、うまくいったな」

「ピピリリも助けられた。ありがとう、グレイのおかげだ」

「みんなが頑張ったからだよ。俺は作戦を立てるくらいしかしてないさ。って、悠長に話している時間はないんだった。回復薬を配るから、飲んだらすぐに出発するぞ」

「えっ、もう終わっただろ。急ぐ必要なんかないだろ」

「移動しながら説明するけど、とにかくすぐにここから離れる必要があるんだよ」


 重い荷物をアイテムボックスに収納していると、ミミルが息をきらせて走ってきた。


「た、大変だよ。向こうから、ヒュマの軍がまとまって来るだよ」

「わかってる。そのバリスタをアイテムボックスにしまったら、すぐにここから離れるぞ」

「はあっ!?おいちょっと待て、今のどういうことだよ。ヒュマの軍は逃げたんじゃなかったのかよ」

「そんなの騎竜兵をなんとかするためのウソに決まってるだろ」

「ウソだあ!?ちょ、どういうことだ」

「歩きながら話す。元気があるなら先頭を歩け前衛職」

「ちっ、お前も前衛だろうが。ちゃんと説明してもらうからな」


 最低限の荷物を持って移動を始める。ミミルはスタミナ切れのため俺がおぶっているが、今回ばかりはしかたがない。ザラが自分で歩けるくらいまで回復しててくれてよかった。

 遠くに松明の火が並んで見えたが、ついさっきまで俺たちがいたところで止まっている。動けなくしておいた騎竜兵たちを見つけたのだろう。これで十分に時間は稼げるはずだ。


「そろそろいいだろ、いいかげん説明しろよ」

「これくらい距離があれば大丈夫か。とりあえずアイツらは俺たちが戦ってたヒュマの軍で間違いない。最初は俺とザラで奇襲をかけて混乱させておこうと思ったが、ワイバーンが一匹もいなかったからお前らの方がヤバイと気づいたんだよ。で、とりあえず嫌がらせ程度に道を塞いで侵攻を遅らせながら合流したんだ」

「さすがグレイ殿、冷静な判断です」

「まあな」


 ワイバーンが全部そっちに行くとは思ってなかったことは黙っておこう。


「で、ワイバーンライダースに言ったことだが、アレはとにかく状況を動かしたかったんだ。俺の言葉を信用して逃げれば良し、俺らも嘘がバレる前に逃げられる」

「でもそしたらピピリリが連れて行かれたんじゃ?」

「ミミルがいた。さっきと同じようにワイバーンを撃って助けておしまいだ」

「そう上手くいったかよ」

「戦おうとしてくる確率の方が高いと思ってたよ。あっちからしてみれば、たかが亜人だ。負けるわけがないと思うだろ。で、実際は俺らの勝ちだ。問題なかっただろ」

「さすがグレイ殿、見事な慧眼です」

「おい待てまてまてまて。本当に上手くいくと思ってたのかよ。もしかしたら全滅してたかもしれないんだぞ楽観的すぎるだろ」

「そんなことはないさ。絶対になんとかなると思ってたよ」

「その根拠はなんだよ」

「お前らもゲームプレイヤーだろ。なら負けるはずがないさ」


 いきなり立ち止まったリョウゾウの背中を、すぐ後ろにいたキルマーが押す。


「いやもう分かってたことじゃん?デカすぎるアイテムボックスとかオレらと話が違和感なく通じるとか、気づく部分はいっぱいあったっしょ」

「ええー、それ早く言ってくれよ」

「リョウっちも気づいてるって思ってたよ。グレイさん、後でもっと詳しく話をしたいんだけど?」

「もちろんいいさ。男だけでな」


 リョウゾウが嫌そうな顔をしたが、言ってから俺もちょっと嫌だなと思ってしまった。

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