第46話 テレグ山道 4

 俺とザラがやっとたどり着いたとき、そこはかなりマズイ状況になっていた。

 リョウゾウとキルマーは満身創痍傷だらけ。エロイサは魔力切れなのか青い顔をしている。さらに騎竜兵の1人にピピリリが捕まっていた。

 パドマは別の騎竜兵と戦闘中。相手が上手いのか、攻めきれていないようだ。

 もう1人は見知らぬ男を抱えている。アレが戦闘に加わってくるとこっちの負けはほぼ確定だ。その前にケリをつけなくちゃならない。

 いったい何でこんなことになっているのか。ワイバーンはあの村の状態から考えて、いても2、3体くらいだったはずだ。それ以上の飛竜がここにいるとか、つまりは連れてきたほぼ全てを送り込んでるってことじゃないか。指揮官はバカだとしか考えられない。

 でもそのバカにしてやられたってことは、俺は大バカってことになるのか。

 現状はこちらが圧倒的に不利。俺が始めたことだ。俺がなんとかしないと。


 とりあえずなんかヤバ気な呪文を唱えようとするザラを押しとどめてから、闘いを止めるために声を張り上げた。


「ストーーップ!!いったん戦闘やめ!」


 全員が動きをとめてこちらを見る。


 「お前らは騎竜兵部隊ワイバーンライダースだな。お前らにとって重要な情報を教えてやる。その代わりにピピリリを放せ」

 「いきなり現れて何を言うか。キサマもコイツらの仲間だろ、醜悪な亜人デミめ。我らの同胞を傷つけた罪、その体で償ってもらおう」


 騎竜兵の1人が抱えた見知らぬ男。アレはあいつらの仲間のようだ。

 勢いをつけて向かって来ようとした騎竜兵の前にパドマが立ちはだかる。


「私の大切なヒトには指一本触れさせません」

「ほう、その男がそんなに大切か。ならその言葉通り守ってみせるがいい!」

「だからお前ら、ヤメろっての!まず俺の話を聞け」


 互角に打ち合ってお互いが離れる。パドマが睨みを効かせてくれている今が説得のチャンスだ。


「これは確認だけど、お前らの援軍が来てないことは気づいているな」

「そのようだな。だが貴様ら亜人など我々だけで充分。一般兵では足手まといよ」


 ずいぶん余裕そうな発言。だがそれは現状を正確に見えていないだけだ。


「いないのは援軍だけじゃない。負傷兵も引き上げている。この意味がわかるか?」

「まさか貴様ら、我が軍を……!?」


 壊滅させられてたらカッコいいんだろうけど、残念ながらそうじゃない。


「不可能じゃないが、違うな。ここにくる前にお前らの軍の本隊を見てきたんだが、自分の目を疑ったよ。どうなってたと思う?奴ら、逃げ出してたよ。荷物を投げ出してな」

「嘘だ、指揮官殿がそんなことをするはずがない!」

「いいやお前らは見捨てられたんだよ。正体不明の襲撃者を恐れたヤツらは、お前らを時間稼ぎの捨て石にしたんだ」

「バカなことを言うな。そんな、そんなはずがあるわけない」

「嘘だと思うなら見てこいよ。待っててやるからさ」


 騎竜兵は動揺しているのか、兜越しにこちらを睨んでいるのがわかる。今が押し時だろう。


「さあピピリリを解放して、仲間のもとに帰れ。そうすれば俺たちは追わないし、これ以上ヒュマ領に近づきもしない」

「我が軍が、我々を見捨てて逃げた……だと。……それが、どうした。我々は誇り高きワイバーンライダースだ。我々は強者だ。貴様らを全て倒し、それから本陣に帰ればいいだけのことだっ!」


 騎竜兵が叫ぶと、その飛竜ごと赤く光りだした。

 スキルを使ったのだろう。やる気になってしまったようだ。……俺の作戦通りに。


「キルマー!白4つだ!」


 いきなり呼ばれると思ってなかったキルマーが、あわてて光球を打ち上げる。


「いまさら何のつもりだ。我々に殺される覚悟ができたかっ!」

「アナタの相手はワタシだと言ったはずです!」


 突っ込んできた騎竜兵に、パドマもまた体を赤く光らせながら向かっていく。

 突撃がぶつかり合いはじかれ逸れても、飛竜とは思えない機動力で向かってくる。あれがあの騎竜兵のスキルか。俺たちの中で一番強いパドマが押され始めている。

 先ほどより激しくぶつかり合い、幾度も火花が飛び散る。

 待機していた他の騎竜兵たちも動き出したが、こっちの方が一手早い。


「ザラ、思いっきりやっていいぞ」

「ったく、遅いのよ。すっかり待ちくたびれたわ」


 ザラは前に出て杖を高く掲げる。

 ずっと俺の後ろで静かに紡がれていた呪文によって、空から魔力の波が落ちてくる。


「汚い声で鳴くカラスが飛び回っててウザイのよ。いい加減止まりなさい。『束縛する空チェッピアーリア』!」


 高速で飛び回っていた騎竜兵が、壁に衝突したかのように動きを止める。パドマと戦っていたヤツだけではなく、後方にいたのも同様に固まった。


「ワイバーンが捕まっただと!?邪悪なエルフの魔法か。しかしこの程度で負ける我々ではない。貴様らを貫く槍は残っている。近づくならば串刺しにしてやるわ!」


 ザラの魔法はワイバーンの動きを宙で封じただけだ。騎竜兵にはまだ自由がある。でも……。


「元気なようだが、後ろを見ても同じことがいえるのか?」

「ふん、この状態から何があると言うつもりだ。向こうには我々の中でも最強のモルターが……」


 重いものが風を切る音。そして、後方にいた騎竜兵の一体が吹き飛んだ。


「も、モルター!!なっ、なにが、いったい……」

「砲撃があるって聞いてなかったか?なら残念だったな。これでチェックメイトだ。今すぐ武器を捨てて降参するなら命は取らないぞ」

「そんな甘いこと言う必要ないわよ。今すぐ終わらせましょう」


 ザラがしなだれかかってくるが、甘えているわけじゃないと分かってる。ただ単に魔力切れで足にきているだけだ。

 でもここでその弱みを見せるべきじゃない。あくまで強気に押していくんだ。


「仲間にすぐに降伏するように言え。そして俺たちにこれ以上手を出してこないと誓え」

「そんなことできるか。我々は誇り高いワイバーンライダースだ。辺境領を守るエリートなんだぞ。そんなこと、ありえない……」

「悩んでいる時間があると思うなよ。ほら、次がきたぞ」


 再びの風切り音。そして別の騎竜兵が乗るワイバーンに命中した。ワイバーンは悲鳴を上げるが、空中に固定されたまま動くことができていない。倒せていないのは、飛竜種ゆえのタフさだろう。

 しまったな。

 焦る気持ちを張り付けた笑いで覆い隠す。ザラの魔法はもうすぐ切れる。敵は怪我を負っているとはいえまだ3体残っている。こっちの消耗具合から考えてあと1体は戦闘不能にしておきたい。

 そんな俺の期待が通じたのか、最後の準備が整ったようだ。ザラを連れて少し下がる。


「くそっ、この卑怯者め、逃げる気かっ!今すぐこの魔法を解除しろ」

「アンタ馬鹿ね、そんなことするわけないでしょ。それより本当に解除してほしい?土下座して頼むんならそうしてあげてもいいけど?」

「薄汚いデミに下げる頭などない!そのただれた声の出る醜悪な口を永遠に閉ざしてやる」

「醜悪なのはそっちでしょ。それと、永遠に黙ることになるのもそっちの方よ」


 セリフをザラにとられてしまったが問題はない。

俺たちが下がったことでそれが見えたのだろう。騎竜兵は目を見開いた。

 パドマが槍を持って身構えていた。しかもその槍はスキルの赤い輝きを強く宿している。空中に繋ぎ止められた騎竜兵にそれを躱す方法すべはない。


「なっ、それは、ヤメロ!」

「やれっ、パドマ!」

「こんな形での決着は残念です。せめてワタシの全力で終わらせましょう。『猛き雷神の矢インドラディール』!!」


 弓のように反り返った体勢から、矢のように赤い閃光が放たれる。それはワイバーンごと騎竜兵を貫いて、夜闇に消えていった。

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