第44話 テレグ山道 2

 眩しい光が空を走り、辺りを一瞬だけ明るく照らす。

 ひときわ大きな天幕の中で、豪華な服を着たチョビ髭の男が叫び声を上げた。


「いったい何だ!?何が起こっているんだ!」


 天幕の外では部下たちが走り回っている。その様子を隙間からのぞき見てから、副官を呼びつけた。


「ボルブ様、落ち着いてください。ここには50の兵と5匹の飛竜がいるのです。何が来ようと、ボルブ様の身は安全です」

「そんな事を言って、亜人デミどもの軍が来ていたらどうするつもりだ。……そうか亜人デミどもめ、ワシを嵌めおったな!ワシを亡き者にするために越境の許可を出さず、このような悪路を進ませたのだな。そうと分かればあ奴らの思い通りにはさせん。ワシ自ら打って出てくれる!」

「ですから落ち着いて下さい。すでに偵察の者を送り出しておりますので、その者たちが戻ってくるまでどうかお待ち下さい」


 副官の必死な説得により、ボルブはとりあえずイスに座る。そして鼻から息を大きく吹き出したところで、軽い地響きと兵士の叫びが聞こえてきた。


『敵襲だー!敵はバリスタを持っているぞ!まとまらずに間隔を開けて隊列を組むんだ』

『手の空いている者は襲撃者への対応にまわれ!』

『亜人どもの見張りは最低限でいい。そんなことよりも襲撃者を排除するんだ!』


 兵士たちの声を聞き、ボルブは腕を組んで宙を睨む。

 副官はそれを気にしながら、伝令兵に対応していた。


「おい、貴様!」

「は、はいボルブ様。すぐに追加の兵を送ります。しばしお待ちを……」

「何を言っておるのだ。それではダメだ、飛竜を出せ」

「ええっ!今はすでに日が暮れております。夜間の飛行は大変危なく……」

「バカかっ!ワシが乗るとは言っておらん!!エリートライダーを使えと言っておるのだ!!」

「エリートをですか!?確かに彼らなら問題ないでしょうが、今は休息時間であり……」

「ワシが命令しておるのだ。全員たたき起こして出撃させろ!!」

「はいっ、ただちに!」


 ボルブに蹴り出されるようにして、副官は天幕から出て行った。






 テレグ山道広場の入り口は、かつてないほどの騒がしさだった。

 武器を構える兵士たちに対するのは、派手な格好のバーディアンの青年キルマー。彼は自らの周囲に色とりどりの光球を浮かべ、それを次々と兵士たちへと打ち込んでいる。

 くらっても威力は大したことはないが、目がくらむのか兵士たちの足が止まってしまう。

 そしてそんな兵士たちの間を、黒い影のようなリョウゾウが両手に持ったシミターを振るいながら走り抜けると、兵士たちはろくな反撃もできないまま、次々と戦闘不能になっていた。


「ひゅー、いい調子だねーリョウっち。このままボクらだけで終わっちゃうんじゃないの?」

「まったく同感だな。隙間がスカスカだから、走りやすくていいな。……おっと、そろそろバフの効果時間が切れそうだ」

「じゃあ花火を上げておくよ。次の兵士たちが来てるから、すぐに戻ってきてね」


 キルマーが空に向かって青い光球を打ち上げると、リョウゾウは背後へと駆け出す。

 再び光球を幾つも生み出して待ち構えていると、鉄球を発射する音が聞こえた。

 闇の中を、黒い鉄球が音を立てて飛ぶ。発射音を聞きつけた兵士が盾を構えるが、その命中した盾ごと兵士が吹き飛ばされた。


「ひゅー、あっちもやるねー。ボクの光魔法があるとはいえ、夜なのによく当てられるなー」

「狙う場所を固定してるんだとよ。敵は道いっぱいにまとまってくるから、撃てば誰かに当たるんだと」

「リョウっち早っ!一瞬じゃん」

「バフの詠唱前置きとか言ってたぜ。前はそんなことできなかったのに、やっぱりこっちは違うみたいだな。にしても、効率いいのは分かるが味気無さすぎだろ」

「もっとエロイサと話をしたかったとか?」

「はあ?なんでそうなるんだよ。いいか、オレはな……」

「あ、この羽音は……。飛竜が来たみたいだ、花火を上げるよ!」

「ちょっ、まだ話の途中なのによ。ほんっっっとにタイミングの悪いヤツラだな!」


 キルマーが大きな光球を空へと放つ。勢いよく飛び上がったそれは次第に速度を落とし、広場の入り口上空で留まった。

 その照らす光の下に、1匹の飛竜ワイバーンが姿を現した。


「我こそはワイバーンライダーズいちのエリート、コークス・モルター。一番槍として推参した。いざ尋常に勝負せよ!」


 飛竜に乗っていた若武者が名乗りを上げた。


「なんだあいつは。えらく時代がかってるな」

「そういう主義なんじゃないかな。それでどうする?」

「……作戦通りやるしかないだろ。ムカつくけどな」


「そこの貴様らが我らに挑んできた蛮族とやらだな。たった二人で向かってくるとは無謀であるが、その実力は良し。二人がかりでも構わぬ、かかってまいれ。我もこのグエンドリンと共にあるゆえに」


 飛竜の上で槍を構えるモルター。対するリョウゾウはキルマーにうなずくと、全速力で駆け出した。


「なっ、速い!」


 黒い服に身を包んだダークエルフのリョウゾウが強化された速度で走れば、夜闇の中で追うのは難しい。

 モルターは急いで飛竜に火を吹かせるが、リョウゾウの影にすら届かなかった。

 リョウゾウはそのまま飛竜の下を走り抜け、振り返るモルターを置き去りにして、後方にいる兵士の集団へと迫る。一対多数であっても、夜闇を味方につけたリョウゾウは次々と兵士に傷を負わせていく。


「我を無視するか、いくさのなんたるかを知らぬ亜人め!」

「それはボクから目を離してるそっちのことでしょ」

「ぬっ?」


 声に振り向くモルターに向かって、小さな光球が高速で迫る。


「ふん、このようなものが我に通じる……」

「『閃光フラッシュ』!」

「なっ!?目が!!」


 モルターの目前で、光球が眩い光を放つ。

 痛みに手綱を手放したモルターへ向けて、次々と追い打ちの光球が放たれた。

 数発くらったところでモルターはバランスをくずして、飛竜の上からすべり落ちる。


「これでトドメだよっと」


 落ちた主を救おうとした飛竜の腹に、キルマーの渾身の光魔法が突き刺さった。

 モルターはそのまま地面に落ちて動かなくなり、その横に飛竜もまた墜落した。それでもまだ起き上がろうとする飛竜の首に剣が突き刺さる。一般兵を片付け終わったリョウゾウだ。

 飛竜が微かな悲鳴を上げて倒れると、いくつかのドロップアイテムを残して消滅した。

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