第43話 テレグ山道 1

 この世界に生きる人類は、俗にヒュマとデミと呼ばれる2つにの大種族に分類される。

 その中にもそれぞれ様々な小種族がいて、そこからさらに地域や文化によっていくつもの集団に分かれる。


 俺たちはそのヒュマとデミの領土を分けるテレグ山に来ていた。

 テレグ山は峻険な山であり、長く連なった峰々の頂きには常に雲がかかっている。

 その雲の上には飛竜ワイバーンの巣があり、さらにはその最上位種である竜までもが住んでいるという噂まであった。


 飛竜は群れを作って行きているが、巣立ちの時期になると群れから追い出された若い個体がテレグ山から降りてくることがある。冒険者ギルドは今回はそんな個体が発見されただけだと思っていたようだが、そうじゃない証拠を俺たちは見つけてしまった。

 だから俺たちは今この山を登っている。


 テレグ山の山道のひとつ。ヒュマ領へと続く隠された道。

 村を襲った飛竜達がノートン辺境伯の騎竜兵団のものであり、そいつらが村人たちを連れ去ったのなら普通の国境を通る道は使えない。

 そう考えて捜索した結果、この抜け道を見つけたのだった。


 日はすでに暮れかけていて、整備されていない道を進むのは難しい。だが俺たちはそこを昼間のように進むことができていた。


「エロイサの強化魔法は夜目が利くようにもできるのか。すごい便利だな」

「こんなもの大したもんではありんせん。グレイ様の案内あってこそです。こんな小さな道を違えずに進むなんぞ、容易にできることではありんせん」

「それこそ魔法のおかげだよ。こんな事になるなんて思ってなかったが、予想以上に役立ってるな」


 マップによると、もう少しで広い道と合流できるようだ。

 ただの村人たちを連れているんだ。訓練された兵士たちといえども、夜になったら進めないはずだ。1日程度の差なら、そろそろ追いつける。


 広い道をしばらく進んだところで、ザラが止まるように言ってきた。予想通り騎竜兵団に追いつけたらしい。


「みんな、準備はいいな?村人救出、オマケで飛竜を狩っちゃおう作戦いくぞ」

「あの、待ってください」


 蚊の鳴くような囁き声が聞こえた。声の主は、今まで俺には絶対に話しかけてこなかったピピリリだった。


「何かあるのかい?」

「あ、あの。あたち、その……」


 言いたい事がなかなか出てこなくて、さらに慌てて混乱しているようだ。こちらから聞き出そうとしたが、キルマーに手で制される。

 ピピリリが自分で言うから待てと言いたいのだろう。


「あの、ぐ、グレイ……さん?は怖くないんですか?」

「怖い?なにが」

「だって、相手は騎竜兵、軍人さんです。ずっと訓練してる人です。すごく強いんですよ」


 確かにろくに訓練もしていない野盗や、経験の足りない新兵と比べると、騎竜兵団ははるかに強いだろう。


「その通りかもしれないけど、俺は負けるとは思ってないよ」

「それは、なんでです?グレイさんはそんなに強いんです?」

「違うよ、強いのは俺じゃなくて仲間たちさ。ザラの魔法は強力だし、ミミルはあんなに大きなバリスタを使える。そしてパドマは経験豊富な冒険者だ。こんな仲間がいるのに負けるわけなだろう?」


 ピピリリがみんなの顔を見回すと、みんなは力強くうなずいている。ほんと、俺にはもったいないくらいのいいヤツラだ。


「おっと、オレたちもいるんだぞ。グレイは知らないかもしれないが、騎竜兵くらいオレたちだけで倒せるんだからな」

「リョウゾウさんじゃありんせんが、わっちらのことも頼りにしておくんなんし。今までもわっちらは力を合わせてきたではありんせんか」

「そうだよピピリリ。みんなで一緒に戦えば、怖いものなんてないさ」


 仲間の励ましに、ピピリリはゆっくりとうなずいた。


「うん、あたちも、できるだけがんばります」


◇◇


 テレグ山の中腹、ヒュマ領寄りの拓けた場所で騎竜兵団の小隊は野営をしていた。

 この場所は今は使われていない旧道にあり、整備されなくなって久しい。そのため休息に使うテントを張れるような平坦な場所は少なく、しかもそのほとんどを飛竜が占有していた。

 テントで休んでいるのは兵士だけ。誘拐された100人余りの村人たちは、風が吹き抜ける山道の片隅で身を寄せ合っていた。

 見張り番の兵士2人は、そんな村人たちを見て舌打ちをした。


「けっ、アイツらの足が遅いせいでこんな場所で一晩過ごすことになっちまった。まったくついてないぜ」

「だよな。伯爵さまは何であんなデミたちを欲しがってるんだ?奴隷なんて奴隷商人から買えばいいのによ」

「よくは知らないが、デミ領で何か探し物があるんだとよ。で、ボルブ様とゲージ様がそれを見つけ出そうと争ってるんだとさ」

「へぇ、いったい何を探してるんだ?」

「だからよく知らないって言ってるだろ。オレだってたまたま侍女たちの話を聞いたんだ。名前教えるから、帰ったらお前が自分で聞けば……」

「おい、おい」

「ん、何かあったか?」

「向こうだ、光が今見えたぞ。ほら、近づいてくる!」


 見張りが指差す方向から、歩くような速度で光が近づいてきた。

 少し待てばそれはどうやらバーディアンらしき青年が使う光源魔法の光だとわかった。


「止まれ。貴様、ここで何をしている!」


 武器を構えて制止すると、青年はその場で足を止めてお辞儀をした。


「どうもヒュマの兵士さん。僕は見ての通り亜人の冒険者です。この辺りで飛竜の目撃情報があり、それを退治してほしいとの依頼があったので来たんです。兵士さんたちこそ、ここで何をしてるんですか?」

「貴様に話すようなことはない。さっさと立ち去れ」

「それはできません。飛竜がいるのはこの先なんです」

「飛竜などいない。立ち去らないというなら、力づくで従ってもらうことになるぞ」

「ええっ!それは困ります。ボクらは貴方たちの飛竜を倒すために来たんですから」


 青年の言葉に兵士が身構えた。


「どうする、隊長に連絡するか?」

「いいや。こいつ、見ればなかなかいい顔をしているじゃないか。探し物じゃなければ奴隷商人に売っぱらうなりすればいい。オレたちだけでやろうぜ」

「それもそうか」


「それは困る。貴方たちには、是非とも応援を呼んでもらいたいんだ」

「はっ、笑わせるなよ。お前一人程度なら、オレたちだけで」

「ぐわっ!」


 前に出た兵士の言葉を遮るように、その背後から悲鳴が響いた。

 あわてて振り向いた兵士が見たのは、泡を吹いて倒れる同僚と、目の前に迫ってくる黒い影だった。





 数十秒後、なにかを知らせるような光が夜空へと線を引いて飛んだ。

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