第42話 廃村
翌朝の早いうちから出発してすぐ、黒煙が昇っているのが見えた。地図で確認すると村があるはずの方向だ。
警戒しながらも急いで向かうと、そこはすでに廃墟になっていた。ワイドビーク村と同じくらい広い村が、無残な姿になっている。
ぬかるんだ道には逃げ回ったであろう村人のものと一緒に、飛竜の足跡がいくつも残っていた。
全員で手分けして村を調べる。ピピリリの顔が青いのは、おそらく自分の故郷と重ねているのだろう。
最初は全員でまとまって行動していたが、付近には何の気配もしないとザラが断言したので、リョウゾウたちと別れて村の被害状況を調べた。
村のありさまは酷いもので、ザラが言ったとおり生き物は何も残っていない。人も、家畜も全て姿を消していた。
「ろくなものが残ってないだ。倉庫も全部すっからかんだよ」
「家畜も全滅でした。大きな糞を見つけましたので、飛竜のしわざで間違いないでしょう」
「精霊の力を借りてちょっと遠くまで探ってみたけど、この村に残ってる人はいないでしょうね」
「そうか。リョウゾウたちの方はどうだった?」
「こっちも同じだ。根こそぎやられてる」
「残っていんしたのは、しっかり隠されてた漬物とヘソクリくらいでありんす。飛竜の後に野盗でも入ったんでありんしょうか」
「飛竜に家を焼かれたうえに食べ物まで持ってかれるなんて、ここの人たちかわいそうだね」
キルマーはうつむくピピリリを気遣いながら言った。
俺が拠点にしてるあの村がここと同じ目にあったらと思うと、災難に遭ったここの人たちが可哀想でならない。
飛竜だけでなく、野盗もついでに退治してやろうか。
「でも、ちょっとおかしいでありんす。本当に飛竜なんしたら、人がまるっきりいなくなんのは違うと思いんす」
「どういうことだ?」
「飛竜が人を襲うんは、ひとえに食事のためでありんす。飛竜は人を丸飲みにできるほど大きくありんせん。なんに、
「エロイサさん、それはありえないだ。そんなに飛竜がおったら、隣村もとっくに襲われて災害指定されてるだよ」
「だから
「なら火事場泥棒が村人を連れ去ったとかじゃね?奴隷にして売っぱらうとかよ」
リョウゾウの発言に、ピピリリがビクリと身をすくませた。
「それはもっとおかしんす。奴隷を使っているのはヒュマの国だけでありんす。わっちらは例え野盗になったとしても、そんなことはいたしんせん。もっとよっく考えてから言いなんし」
「な、ならじゃあ村人全員で逃げ出した、とかどうだ?全財産を持って、隣村へ逃げたとか」
「生まれ育った村を、みんなそんな簡単に捨てられるわけありんせん」
エロイサの気迫に押されるリョウゾウを見ていたら、取り出しておいた木の板が震えた。ギルドから支給されていた
「冒険者ギルドの方でも確認がとれたみたいだ。どうやらこの村は昨日の朝早くに飛竜に襲われたらしい。村人が隣村に逃げ込んでたみたいだ」
「ほ、ほら見ろ。やっぱりじゃないか」
「いや違う、隣村に逃げ込んだ村人は2人だけみたいだ。たまたま村の外に出ていた時に、村に向かう飛竜の群れを見て逃げ出したらしい。……って群れ!?」
魔法の板に浮かび上がった文字に驚き、もっと詳しい情報を教えてほしいと書き込む。するとすぐに返信が返ってきた。
「逃げた2人の意見は合ってないみたいだ。でも3羽はいたのは確実らしい。さすがに3匹と100匹を間違えることはないだろうし、やっぱり村人を連れ去った別の何かがいたってのが有力かもしれない」
「いったい何が来んしたんしょう?」
「さあな。ただ、そいつらはろくでもない奴らだってことは確かだ。ギルドが調査の依頼もしてきた。荷物は多く持って来てるし、今日一日この村を調べよう」
俺の言葉に全員がうなずいた。
休憩してから捜索を再開する。
どの家も荒らされていて、まともな家具が残っていない。いい加減いやになってきたとき、気になるものを見つけた。それは竜の首を貫く剣が描かれた金属の帯留めだった。こんな立派なものが普通は農村に転がっているはずがないので、近くにいたパドマに見覚えがないか聞く。帰ってきた答えは予想外のものだった。
「これはノートン辺境伯家の紋章です、間違いありません」
「えっ、また例の辺境伯が関わってるってのか」
ノートン辺境伯。
森のダンジョンに住みつき誘拐をしていた野盗たちの黒幕で、それが失敗したら野盗を消そうとして兵隊を送り込んできた。
亜人の誘拐犯、そして消えた村人。その二つがあからさまに繋がってしまった。
「ノートン辺境領はテレグ山をはさんですぐ
「なんだよそれは。他人の領土に入り込んで村を攻撃するなんて戦争ものだろ。バレないとでも思ってるのか?そのノートン辺境伯ってのは正気なのかよ」
「ヒュマはデミを下に見ています。そして今の我々デミにはヒュマと戦えるだけの戦力がありません。やつらはそこにつけこんでいるのでしょう」
他人の領土に踏み込んで荒らしまわり、なおかつ堂々と誘拐までしている?そいつ、まともな脳みそしてないだろ。
いや違う。
俺が前にいた世界では、肌の色が違うだけで物扱いされていた人がいた。信じる神が同じでも、信仰の仕方が違うだけで争いになったこともあった。そういうのは何年もかけて少しずつ少しずつ改善されていった。でも、なくなってはいなかった。
ならこの世界ではどうすればいい?住んでいる種族の違いは大きく、文化レベルもまだまだ未熟。
国際裁判なんてものはなく、戦争になれば弱い方が潰されてしまう。
こんな理不尽を、どうすればいい。
俺は、どうしたい。
「グレイ殿、大丈夫ですか?」
パドマが心配そうな顔で見つめていた。ミミルもこっちを見ていた。ザラは顔を背けていたが、こぶしをきつく握りしめている。
この村は亜人の村だ。そして俺の仲間は亜人だ。俺も今は亜人だ。
なら俺は亜人として、亜人のために行動してやろうじゃないか。
「パドマ、リョウゾウたちを呼んで来てくれ。奴らがしてきたことのツケを払わせよう」
俺の顔を見て察してくれたのだろう。パドマは真剣な顔でうなずくと、すぐに廃屋から飛び出していった。
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