第37話 スキルの力

「『チャーム・フレグランス』!」


 色が見えそうなほど濃い魔力が、リョウゾウから放たれた。

 いきなりなんてことをするんだ。公共の場で周りの迷惑を考えずに広範囲スキルを使うなんて、村の警備隊ガードにつかまっても文句を言えない。

 何より俺たちがそれに関わっていたと思われたら困る。

 むせそうになりながらも魔力に耐えた俺は、リョウゾウを睨み付けようとした。が、しかし、すぐに目を逸らしてしまった。


「ふう、さすがにフルスペックとのスキル同時使用はキツイぜ、この程度が限界だ。だが、それで十分だったようだな?」


 リョウゾウが変なポーズを解きながら語りかけてくる。

 軽くため息をつきつつ、乱れた髪をかきあげながら。そのしぐさのひとつひとつが、洗練されたもののように光り輝いて見える。

 憂いを秘めた瞳には夜に輝く星のような光が……。


「って危ない!」


 思わず手近にあったジョッキの中身を自分の頭にぶちまける。首を強く振って水気を飛ばすと、やっと頭がはっきりしてきた。


「ぶふぅ、危なかった。もうちょっとで開けてはいけない扉を開くところだった」

「てめ、汚いもん飛ばすなよオイ」


 いちゃもんをつけてきたリョウゾウを、今度こそ睨み付ける。


「先に汚いものをぶちまけたのはそっちだろ。こんな所で広範囲スキルを使うとか何を考えてんだ」

「やってみろって言ったのはそっちだろ。俺のフルスペックにびびったか?だが後悔してももう遅い。さあパドマさん。キミはこいつなんかじゃなく、オレについてくるよな?」


 パドマを見れば、トロンとした表情でリョウゾウを見つめている。先ほどの俺もこうだったのだろう。目の前で手を振っても、すぐ横で声をかけても反応がない。ただまっすぐにリョウゾウを見つめていた。


「パドマさん、オレのこの手をとるんだ。そうすればこのブタからキミを解放してやれる。オレたちといっしょに旅立とう」

「ダメだパドマ。行くんじゃない!」


 俺の必死の呼びかけもパドマには届いていないのか、その手がゆっくりとリョウゾウの方へ伸ばされる。それはリョウゾウが差し伸べた手に近づき、しかしそこへ届く直前で力強い音とともにテーブルに叩きつけられた。


「ダメ、なのです。それは、できません」

「な、どうしてだ」

「ワタシは、裏切らないと誓ったのです。グレイ殿に付き従うと。だから、ワタシは貴方と共に参ることはできません」


 パドマの瞳に、徐々に光が戻ってくる。

 よかった。彼女も自分の意思でスキルに抵抗できたようだ。


「リョウゾウさん。ワタシが貴方のスキルで仲間になったとしても、ワタシと貴方の絆はそれだけです。心ひとつでなくなってしまう、この程度・・・・の力です」

「こ、この程度だと!?」

「そうです。ですがワタシとグレイ殿の間には、それ以上に強い力があります。同じ時間を共有し、同じ気持ちを確かめ合った絆の力が」

「で、でもそれなら、これからオレとでも同じ事ができるはずだ。力を合わせて敵を倒して、助け合って旅をするのは冒険者として当たり前だろ。そいつにできて、オレにできないはずがない!」

「ええ、普通の冒険だったならそうでしょう」

「なら……」

「ですが、貴方はワタシをスキルで強引に連れていこうとした。ワタシはそんな貴方を信用することができません。貴方と一緒に行けば、いつか同じようにスキルによってワタシの意思をねじ曲げようとするかもしれない。いえ、貴方はきっとそうするでしょう」

「そんなことオレはしない。キミを傷つけることは……」


 言いかけたリョウゾウの目の前に、フォークが突きつけられた。それを握るパドマの目は、獣を狩る時のように無慈悲に見える。


「仲間を傷つけることはしない。以前ワタシが所属していたパーティーメンバーもみな、そう言っていました。ですがワタシは強敵の前に置き去りにされました。ええ、それは仕方のないことなのでしょう。わかっています。他のみんなが生き残るために、ひとりを犠牲にする。それは生きていくためには許されることなのでしょう。ですが、ワタシはもう二度と置いていかれたくないのです」


 パドマが身を乗り出すことで、逃げるようにリョウゾウが身を引く。狭いテーブルを挟んでいるが、獲物は狩人によって着実に追い詰められていた。


「ワタシは信用できない人と一緒に行くことはできません。ですので、今すぐワタシの目の前から消えて下さい。さもないと……」


 フォークがパドマの手の中でくるりと回り、テーブルへと突き立てられる。

 リョウゾウはその気迫に押されて、イスごと後ろに倒れた。


「いてっ!」

「リョウっち!」


 倒れたリョウゾウへキルマーが駆け寄る。彼はテーブルに根本まで突き刺さったフォークを見てから、リョウゾウを急いで立たせた。


「行こうリョウっち。彼女は連れていけないよ」

「くっそ、ならそっちのドワフは……」


「ん?オラはグレイさ一筋だべ。他を当たってくんろ」


 ミミルは飲んでいたエールジョッキをドンと置いてから言った。

 リョウゾウのスキルは全然効いてなかったらしい。さすが状態異常に強いドワフだ。


「ぐ、お前ら、今度あったら……」

「今度あったら、その時どうにかなるのはそちらですよ。分かっていますか?」


 パドマが低い声で言うと、それだけで2人は後ずさった。


「お、憶えてやがれよ!」

「リョウっち、それ小悪党のセリフだよ」


 男2人は捨て台詞を吐いて逃げていった。

 やれやれ。楽しい飲み会だったはずが、どうしてこうなったのか。まあ亜人にも色んなヤツがいて当たり前だろうし、勉強になったと思っておくか。

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