第33話 ガス・ゲージ

◇◇


「見逃してやろうか。お前、偉いんだろ?」


 俺がそう言うと、偉そうな男は一瞬何を言われたのか分からなかったようだ。しかしすぐに顔を明るくして、鷹揚にうなずいた。


「あ、ああもちろんだ。私はべステリア王国の男爵ダン・ゲージが嫡男、ガス・ゲージである。私を無事に返すというのであれば、今回の件は無かったことにしてやらんでもない」

「やらんでもない?」

「そうだ、金もくれてやろう。この役立たずどもはどうなっても構わない。私だけでも助けてくれ」

「貴方は、自分の部下を見捨てるというのですか」


 ゲージの言葉に、槍の女パドマから怒気が立ち上る。兵士たちがそれに怯えて一歩下がり、ゲージも顔を引きつらせた。


「待て、攻撃するな。ゲージさん、あんたは俺の質問に答えてくれるだけでいい。ただし、俺の仲間は見ての通り気が短いから気をつけてくれよ」

「わかった。なんでも答えよう。だから私を……」

「じゃあさっそく、アンタがここに来た目的は、野盗の始末だけか?」

「そうだとも。害にしかならない者を掃除することは、正義の守り手として当然のことだ」

「正義ね。亜人の誘拐についても、正義だと言うつもりか?」

「亜人?亜人など畜生に等しい者たちではないか。そもそも奴らに正義などなかろう。存在そのものが汚らわし……うおっ、足下が!?」


 魔力の波が走ると、ゲージたちの立っている地面が突如として泥沼のように波打った。硬いはずの地面に足をとられ、バランスを崩して手をつくと手首まで埋まってしまう。


「し、沈む!どうなってるんだ!?わ、私を助けろ!」

「ザラ、やめろ!攻撃するなっ!」


 森に向かって怒鳴ると、地面は再び硬いものに戻った。ゲージたちは手足が埋もれたままだが、安定した地面にホッとしていた。


「それで話の続きだが、アンタは亜人の誘拐も指示してたってことでいいんだな。誰か特定の人物を狙っていたとかはあるか?」

「それよりもまず立たせてもらえないだろうか。手足が埋まっているせいでうまく立てないのだが……」


 この男は、まだ自分の立場が分かってないようだ。パドマに視線を送ってから、足元で動けないでいる兵士の1人を指差す。俺が何を言いたかったのかすぐに伝わったようで、パドマは槍を振り上げると石突で兵士の首を打った。

 兵士が気絶して倒れるのを見て、ゲージが顔を青くする。あともうひと押しすれば素直になってくれるだろうか。


「ゲージさんだったよな。さっきも言ったように、俺の仲間は気が短いんだ。あまり時間をかけると、あんたと話をすることができなくなるかもしれない。それは俺にとっても避けたいことなんだ。分かってくれるよな」

「き、キサマは私を脅そうというのか!?誇り高き王国貴族がそんなものに屈しはしない」

「そうか。よし、やれ」

「はい」


 パドマは近くにいた兵士へと槍を振り下ろす。1人倒れたら次の兵士へ近づき、また槍を振り下ろす。気絶させてるだけのようだが、やられる方にとっては違いは分からないだろう。やめてくれと懇願してくる者もいるが、パドマは気にせずに淡々と槍を振り下ろしていった。

 兵士の悲鳴が上がるたび、ゲージはびくりと身をすくませた。


「あと残ってるのは3人。あ、いま2人になったな。まだ話す気にならない?あと1人。アレが倒れたら次はアンタ自身が痛い目に合うことになるんだけど」

「わかった話す!話すから私にあいつを近づけないでくれ!」


 怯えたゲージの目をのぞき込めば、忠誠がやっと20を超えたところだった。こいつにはこの方法はイマイチだったかもしれない。それでもとりあえず質問をすれば、素直に答えてくれるようにはなっただろう。






 数十分後、聞きたいことは全て聞き終えることができた。

 とりあえずこのゲージとかいう男は、上司の使いっパシリだったらしい。命令されたことしかできない典型例みたいなヤツだが、逆に言えば命令されたことはやるので色々と使われていたようだ。

 とにかく腕のいい武器職人を集めろと命令されていたようで、ガルドさんの噂を聞いて亜人なら無理矢理連れてくればいいと思ったようだ。野盗はガルドさん以外も捕まえていたし、必要ない者は売り払っていた。そのことを知っても咎めていなかったらしい。

 人を従わせるにも少しの遊びを許す度量が必要だとか言われたが、自分が痛まないから関係ないと思っていただけだろうが。吐き気がする。


「じゃあ、お前以外にはもうあの村に手を出そうとするヤツはいないわけだな?」

「その通り、私が調べて見つけたのだ。あの鍛冶屋を連れて帰るのが私の仕事なのだ」

「それを命じたのは?」

「ノートン辺境伯様だ」


 パドマに目を向ければ、知っているとうなずいた。


「ノーマン・ノートン辺境伯は、ヒュマの国のひとつ、べステリア王国の重鎮です。亜人領と接する広大な領地を治めているたいへん優れた人物だと聞いています。また武人としても優秀で、若いころは魔竜戦役の残党狩りで名をあげたとも言われています」

「そう、その通りである。あの御人はすばらしい人物だ。だというのにその下についているヤツがどうしようもないクソでね。おおっと失礼、私としたことがつい汚い言葉を使ってしまった。ええと、つまり私はその男のせいで、こんなろくでもない所に来ているということだ。くそっ、こうなったのも全てあの男のせいだ。戻ったらノートン様に訴えてやる」


 怒りに鼻息を荒くしているが、まだ肝心なところが聞けていないので頭をつかむことで注意をこちらに戻してもらう。


「じゃあ最後の質問だけど、お前は女神像について何か聞いているか?」

「女神像?なんだねそれは」

「何も言われてないのか?じゃあ野盗のアジトからなにか取ってこいとかは言われてないのか?」

「証拠を残さず全て焼き払えとは言われたが、持ってくるように言われたものは何一つない。あんな場所になにがあると言うのだ」


 嘘をついている様子はない。詳しく知らされてないとは思っていたが、どうやらこいつの上も知らないようだ。だとすると、野盗の砦に女神像があったのはただの偶然だったのだろうか。俺は少し疑りすぎだったのかもしれない。


「もうこれで終わりか?なら私は無事に帰してもらえるのだな」

「俺たちの用は終わったよ。部下も目が覚めたら連れて帰ればいい」

「ふん、こんな役立たずどもは用なしだ。私1人も守れないヤツラに何が守れるというのだ。そんなことより、こんな亜人臭い場所には一秒だっていられない。私は先に帰らせてもらうぞ」


 自分からフラグを立てていくとは面白いヤツだな。森の中にいるザラへ指示を出して、ゲージたちを地面の拘束から解放する。ゲージは文句を言いながら立ち上がると、手足の調子を確かめた。


「ああくそっ、私の服が泥だらけだ。この借りは次会った時に返してもらうからな!」

「次があればな」

「な、キサマ嘘をついたのか!?私を無事に帰すと言ってだましたのか」

「いや、俺たちはもう手出しはしないよ。ただ、あっち・・・がどうするかは分からないけどね」


 俺の視線を受けて、全身鎧の傭兵が肩を揺らしながら近づいてきた。


「よう、ようやく話が終わったみたいだな。待ちくたびれたぜ」

「待たせて悪かったな。後はそっちの好きにすればいいさ」

「ば、バルトロ。やはりお前は……」

「おっと勘違いするなよ、オレとそいつは何も関係ないんだ。オレも何がなんだか分からなくて驚いているクチさ。だが、運はオレに向いているようだがな」


 バルトロの後ろには、兵士から武器を奪った野盗たちが並んでいる。野盗たちを取り囲んでいた兵士たちは、おそらくもう残ってはいないだろう。


「さてゲージさんよ。そろそろ始めようじゃないか」

「始める?」

「そうさ。言ったろ?一対一で勝負をしろってな」


 バルトロは、取り戻した自分の剣を鞘から引き抜く。それを胸元に突きつけられたゲージがこちらを見てきたので、本人が持っていた剣を渡してやった。


「自分のしでかした責任をとるのが、人の上に立つ者の役目だぜ。しっかりと果たせよ、貴族様」

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