第32話 辺境の野盗と王国貴族

 ミミルは昨日拾ったバリスタを気に入り、武器として使うことにしたようだ。そのため戦闘での連携を確認するために、モンスターと戦いながら森を進んだ。

 俺とパドマが前に出て守り、ザラとミミルが後ろから攻撃するのがやはり安定する。噛み合わない部分もたくさんあったが、それは少しずつ直していけばいいだろう。

 そうやってだいたいのかたちが確認できたところで、今日のところは終わりにする。そもそも動き始めるのが遅かったので、あまり時間をかけると日暮れ前に村に帰れなくなる。

 森の出口に近いところまで来たとき、不意にザラが立ち止まった。なにやら険しい顔をして、周囲を慎重に見回している。


「どうした、なにかあったか?」

「誰かが戦ってるわ。方向は……向こうみたいね。魔法の気配が飛び交ってるし、人間同士で争っているのかも」

「野盗の残りが冒険者を襲ってるのかもしれないな。すぐに行こう」


 ザラを先頭にして森の中へ分け入っていく。すぐに誰かが切り開いた道が見つかったため、進むのは楽だった。3人が並んで歩けるくらい広いので、もしかしたら相当な人数がいるのかもしれない。だとするとちょっとおかしい。野盗は一昨日おととい俺たちがほとんど捕まえたはずだから、逃げのびていたとしても数人程度のはずだ。ならいったい誰が戦っているんだ?


 その疑問の答えは、すぐに見つけられた。切り開かれた道の先で、まともな鎧を着た者たちが粗末な鎧を着た者たちを攻撃していた。

 粗末な鎧を着た方は見覚えがある。昨日ギルド職員が連れて帰ったはずの野盗たちだ。あいつらは、ヒュマの国のやつらに強引に引き取られたと魔法の伝言板メッセージボードで連絡がきていた。それがどうしてこんなことになっているのか、とても厄介な状況のようだ。


「グレイ殿、なにやらおかしなことになってますね」

「そうだな。あの野盗たちを攻撃してるのは、たぶん国へ連れて帰ると言っていたヒュマの一団だろう。武装のデザインがそろってるし、すごく正規兵っぽいじゃないか」

「そうなのかもしれませんが、なぜわざわざ引き取った者を攻撃しているのでしょうか」

「そんなの簡単よ」

「ザラ、お前わかるのか?」

「野蛮なヒュマの考えることならお見通しよ。あいつらが誘拐を指示していた黒幕で、その口封じのついでにいたぶって・・・・・遊んでいるのよ」


 物騒だが、かなり納得できる答えだ。本当にあの一団を率いているヤツかその上司が黒幕だったとしたら、それはあり得るかもしれない。実行犯は野盗なんだから退治しても文句を言うヤツはいないし、ギルドが問い合わせても無視できるくらい力を持っているのだろう。


「グレイさ、どうするだか?あの野盗の人たち、そろそろ危なそうだよ」

「それよりもアイツラみんなこっちに気づいてないみたいだし、今なら一網打尽にできるわよ。レベルアップしたし、ここはアタシの得意な森の中。全力で一発デカイのお見舞いしてやるわよ」

「いえ、ここは何もせずに去るべきです。ワタシたちには関係のないことです。危険に自ら首を突っ込む必要はありません」


 みんながそれぞれ意見を主張してくる。俺が一言いえば、すぐにでも実行しようとするだろう。だから慎重に言葉を選びながら、俺の考えを伝えた。


「ちょっと聞いてくれ。思い付いたことがあるんだが……」 


◆◆


 傭兵バルトロは、悔しさに歯噛みをしていた。

 いつ死ぬか分からないのはこの世界では当たり前。ならば好きなだけ暴れて楽しめる傭兵になればいいと思い、実際そうやって生きてきた。どこかで強敵と戦って死ぬか、雑兵に殺されるか、なんにしても自分は戦闘の中で死ぬのだと思っていた。

 それなのに、今のこの状況はどうだ。武器は取り上げられ、本当の戦いというものを知らない兵士に囲まれている。雇い主に裏切られ、練習台に嬲り殺されるなんて、傭兵にとってはこれ以上ない屈辱だった。

 バルトロは兵士たちの後方でふんぞり返っている指揮官へ声を張り上げた。


「おいゲージ、てめえ騎士のくせにこんな戦い方なんかして恥ずかしくないのか。男だったら俺と一対一で勝負しやがれ!」

「ふん、騎士の剣はこんな掃除などに振るわれるべきではない。もっと大きな使命のためにこそ使われるのだ」


 ゲージと呼ばれた男は、顎髪をなでつけながら鼻を鳴らす。一団の中で一番いい鎧を身につけているが、それには傷一つついていなかった。


「お前たちのような金に尻尾をふる野良犬は、与えられた仕事を全うしてやっと生きる価値ができるのだ。それをしくじったのなら、もはや生かす価値はない。死ぬのも仕事のうちだろう。今度はちゃんと失敗せずに、死ね」


 ゲージが部下にアゴで示すと、部下は兵士に指示を出す。それを受けて兵士たちはそれぞれの武器を構え直した。おそらく、次の攻撃で止めを刺しに来るのだろう。

 バルトロは歯をくだきそうなほど噛みしめる。せめて武器さえあれば、このクソッタレな状況から逆転できるのに。女神でも魔王でもなんでもいい、せめて俺に戦って死なせてくれ。

 そう獰猛に願った時、爆音とともに彼の願いは叶えられた。


 彼の視線の先、偉そうに立っているゲージの横にいた部下の体が、突如として吹っ飛んだ。そしてバルトロの目の前に転がり、血を吐いて痙攣した。鎧の背中に鉄球がめりこんでひしゃげている。


「な、なにが起こった!?敵か?おい、私を守れ!」


 ゲージが慌てて叫ぶも、兵士たちはどうすべきか顔を見合わせる。今の攻撃でやられたのが、彼らが直接指示を下していた伍長だからだ。


「おい、私の言うことが聞こえなかったのか!さっさと私を守るんだ!!」


 ゲージの怒鳴り声に、数人の兵士が動いた。残りの兵士は野盗から目を離していいのか迷ったのだろう。武器は野盗に向けたまま、視線を互いに見合わせたり相談したりしていた。

 そんな時、魔法を使える兵士はどこからともなく魔力の波が森の中を駆け巡った。近くの仲間に警戒を呼びかけるが、兵士たちがそれに応じる前に木々が動き出した。それは枝を伸ばして兵士たちにしっかりと絡みつき、その身動きを封じた。


「くそっ、何者だ!私はベステリア王国の貴族であるガス・ゲージだぞ。今すぐに攻撃をやめれば許してやる」


 ゲージの周囲に集まった兵士たちは、巻きつこうとする木の枝に気づいてなんとかそれを振り払うことができた。しかし正体不明の敵相手に、たった数人では分が悪いと感じているのだろう。その顔には焦りの色が浮かんでいる。

 そんな彼らに向かって、森から飛び出してきた影が襲いかかった。顔を布で覆い隠して槍を振るうその女は、あっという間に数人の兵士を打ち倒す。ゲージを守ろうと残りの兵士たちが前へ出てくるが、その腰は引けていた。


「き、貴様、べステリア王国に楯突く気か!私が死んだら、王国軍が黙ってはいないぞ!!」


 ゲージが腰の剣を鞘ごと振り回して怒鳴ると、女の後ろから同じように顔を布で隠した男が現れた。


「軍隊がこんな小さな森の野盗退治のために出張ってくるかよ。せいぜい近くの村に依頼して討伐隊を組ませる程度だろ?それにそもそもこんな弱い兵士しか連れて来れなかったんだ。あんた、ただの使いっパシリだろ。どうせ失敗してもいいと思われてたんだろうさ」

「貴様!べステリア王国の貴族である私を愚弄するのか!?今すぐ処刑してやってもいいのだぞ!」

「お前にそれができるのかよ」


 男の挑発に、ゲージの部下である魔法使いが呪文を飛ばそうとする。しかし男のすぐ後ろの森の中から放たれた鉄球が胴体に命中して倒れた。


「どうした、俺を処刑するんじゃなかったのか?」

「くっ」


 ゲージは部下を見るが、槍を構える女を警戒して動けずにいる。

 どうすればここを逃げのびることができるだろか。そもそもこれは、簡単な仕事のはずだった。失敗した野盗の始末など、新兵どもだけで十分なはずだった。それがどうしてこうなっているのか。どこで間違えたのか。

 ゲージの頭の中ではぐるぐると答えのない問いが繰り返されていた。

 そこへ、思ってもいなかった言葉がかけられた。


「見逃してやろうか?」

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