第31話 カワイイ子には時には放置

「グレイ殿、起きて下さい。食事の用意ができましたよ」


 やさしく揺さぶられて、自分が何処にいるのか思い出した。

 俺たちは野盗の砦から出て、セーブゾーンで一晩過ごしていたんだ。だとすると変な生き物のいる白い部屋に行ったのは夢だったのかと思えるが、とても夢だと思えないほどリアルな記憶がのこっている。

 まとわりつく眠気に抵抗しながら目を開けると、どこか嬉しそうなパドマがそこにいた。


「おはよう」

「おはようございます。今日はワタシがグレイ殿を起こせましたね。やっとグレイ殿に勝てました」


 勝ちってなんだよと思ったが、俺が起きるのが遅かったのは間違いない。それでもドヤ顔されたことがちょっと悔しかったので、目の前にあったその額にキスをした。


「はぃい!◆+☆♩?※!!グレイ殿いきなり何を??」

「いや、パドマが可愛くてつい、な」

「あう、可愛いだなんて、そんな……」


 健康的なこげ茶色の肌に赤みがさす。さらに額を押さえてマゴマゴし始めた。その挙動不審な様子が可愛くて、肩をつかんで抱き寄せた。


「いやあ、可愛い。パドマは可愛いなあ」

「ーー!?」


 驚いたのか、俺の腕の中で硬直しているパドマかわいい。根が真面目なせいか、こういう隙ができた時が特に可愛く思える。そのまま褒めながら撫で続けていたら肩の力が急に抜け、俺に寄りかかるように体重を預けてきた。

 どうしたのかと思って顔をのぞくと、うるんだ瞳で見上げてきた。呼吸も荒く、体温も高くなっている。

 あ、やっちゃったか。でも成り行きだし、不可抗力だから仕方ないよね。それにこういうところも可愛いし。

 そういうことで、パドマの目を見つめながら、その唇へ顔を近づける。抵抗なくその距離は縮まりーー。


「コラッ!昼まっから何してるだ!!」


 ガツンと、ウロの入り口に硬いものが叩きつけられた。瞬間、パドマは俺の腕の中から消えて離れた位置で正座した。

 恐る恐る振り返れば、ミミルがお玉を持ったまま腕組みをしていた。


 その後、ミミルに謝って褒めて撫でて宥めて苦労して、やっと昼食を摂ることができた。

 パドマも協力してくれたが、ザラはその間に水浴びから髪を乾かすところまで終始マイペースに行動していた。その勝手な様子にはムカついたが、身支度を終えてからの「重過ぎる女は捨てられるわよ」の一言でミミルの態度が一変したので、感謝の気持ちがあるのも事実だった。


 そういえば話は変わるが、今朝の夢がただの夢だったのか確認する方法を思いついた。どうということもない。ただ自分のスキルを確認してみればいいのだ。

 食事をしながら現状確認のつもりでステータスを見てみると、そこには確かに【女殺し】と【スキル隠蔽】の2つが追加されていた。だとすると、残念なことにあの夢は本当だったということだ。女神だとかクエストだとか、考えなければいけないことが色々増えてしまった。

 なんでこんな面倒なことになっているのか。俺は前世でどんなヒドイことをしたっていうんだよ。


「グレイ殿、どこかお体が悪いのですか?」

「いやそうじゃないよ。まだちょっと眠いだけだ」

「ならいいのですが。昨日はけっこうな無茶をしてましたし、あまり無理はしないでくださいね」


 昨日?俺はそんな無茶をした覚えがないんだが。


「夜のことか?あれくらい無茶のうちには入らないよ。むしろ、今夜もやってもいいくらいだ」


 直後、ザラとミミルが驚いたようにむせた。パドマも顔を赤くして訂正する。


「そ、そっちじゃないです。昼間の、木から落ちた時のことです!」

「ああ、あれか。女神像を取り込んでいた木のことだな?そっちこそなんの問題もないよ。俺はオークスなんだし、体力には自信がある。あれくらい大したダメージじゃないさ」


 あの後体力を確認してみたが、まだ半分くらい残っていた。ザラやミミルだったら危なかったが、俺だったらまだまだ余裕がある。


「それでもです。グレイ殿は私たちにとって大切なお方なのですから、もっと自分を大事にしてください」

「えっ、あ、うん。そうか」


 真面目な顔で言われて戸惑った。


「そうかじゃありません。ワタシたちはグレイ殿がいなくなったらどうすることもできなくなるんです。ザラは1人でヒュマに復讐しようとして、死ぬか捕まるかするでしょう。ミミルは未亡人として、それからの人生を1人寂しく過ごさなければなりません。ワタシだって、グレイ殿が死んでしまったら、もう、ワタシも死ぬしか……うう、ぐすっ……」

「わかった、わかったから!気をつけるから!もうやめてくれ」


 パドマが話しを進めるにつれてザラとミミルの視線が険しくなり、終いにはパドマ本人が涙ぐんでいた。美人に睨まれるのも怖いが、泣かれるのはもっと怖い。俺にできるのは、手に負えなくなる前に降参することだけだった。


「俺は自分のステータスを頼みにして無謀な戦い方はしないし、お前たちを置いて死ぬようなことはしない。約束するよ」

「本当ですね?」

「ああ、もちろんだ」


 確認されるまでもなく、自分から死を選ぶつもりはない。俺はまだまだ楽しく生きていたいんだ。


「それなら安心です。これからもよろしくお願いします」


 パドマはにっこりと、うれしそうに微笑んだ。


「パドマ、話は終わった?なら今度はアタシもアンタに話があるんだけど?」

「パドマさん。オラも、ちいっと話したいことができただよ。なんてことないだよ?ただ、パドマさんがオラのことをどう思ってるのか確認したいだけだ」

「えっ?あの、何のことですか?あの、グレイ殿……」

「ごちそうさまでした。重要な話しみたいだから、俺は席を外すとするよ。湖で歯みがいてくるから、しっかりと意見を合わせておいてくれ」

「そんな、ちょっと待って下さい。あっ、2人ともなんでそんな怖い顔をしてるんですか?ワタシなにか悪いことを言いましたか?」

「悪いことは言ってないだが、使った言葉がちいと悪かっただよ」

「世の中には言っていいことと言わない方がいいことがあるのよ。それをじっくりと教えてあげるわ」


 悪いが俺には助けてやれそうにない。助けを求めるパドマの声を背にして、そそくさとその場を離れた。

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