第28話 女神像のゆくえ

 気合いを入れての奇襲攻撃は、狙った通り女神像のすぐ横に突き刺さった。


「ここからだ。うおりゃあああ!」


 そこから力任せに傷口を広げ、強引に女神像を引き剥がしにかかる。ブチブチと音を立てて、女神像を縛るツルを次々と切り離した。

 俺にもツルが何本も伸びてきたが、多少巻きつかれたところで俺の邪魔をすることはできない。魔力を吸い取られている感覚はあるが、このままでも俺が力尽きるよりもはるかに早く女神像を切り離せる。


「『発火ファイアリング』!」


 呪文が聞こえたかと思うと、すぐ近くで破裂音と小さな衝撃がした。ザラがツルの根元を焼いてくれたのだろう、魔力を吸い取られる感覚がなくなった。


「うおおぉぉぉ!これで、終わりだあああ!」


 このチャンスを逃すまいと渾身の力を込めて、女神像を引き抜いた。


「獲ったどー!っと、とと」


 勢いのまま女神像を頭上に掲げる。しかし、思ったよりも女神像は重く、ふらついてしまった。ツルに巻きつかれていたせいで、バランスが取りにくかったのもあるかもしれない。

 木の上という狭い足場で落ちないように踏ん張っていた俺に向かって、1本のツルが伸びてきた。それが見えていながら避けることもできず、女神像に巻きつかれてしまった。


「しまった!もう少しだったのに」


 引き離そうと引っ張るが、ツルはしっかりと女神像に巻きついて離そうとはしない。


「ザラ!このツルを狙えるか」

「やってみるわ」


 ザラが倉庫に降り立って杖を構える。

 先ほどよりも短い詠唱で放たれた火球は、一直線にツルに向かって飛んだ。しかし横合いから伸びてきた別のツルが身代わりとなり、女神像を縛るツルまでは届かなかった。


 女神像に再び触れたからだろう、ツルの数はどんどん増えて、ザラが放つ火球を全て受け止めている。守りに集中しているようでザラに向かうツルはないようだが、それはそれでやっかいだ。

 このままではザラの魔力が尽きるのは時間の問題だろう。なんとかしたいが、俺も女神像を奪われないように踏ん張るので精一杯だ。それどころか、女神像を引っ張るツルの数も増えているので俺の方が浮きそうになっている。

はやいとこ、なんとかしなくては。


 アイテムボックスへ女神像を収納しようとしたが無理だった。おそらく、ツルが巻き付いているから俺の物だと判定されてないのだろう。

 他に手はないかとアイテムボックス内を見ていると、あるものを見つけた。


「これでどうだ!?」


 ミミルの全身鎧。かなり重い金属製のそれをいくつかのパーツに分けて装備する。サイズが合わないためにごく一部しか装備できなかったが、それでも重量は稼げたようで、足元は安定した。


 俺が邪魔だと思ったのか、またツルがこちらに伸びてきた。だがそれの対策も考えてある。

 目の前にミミルの鎧の残りを出現させる。ツルはそれに巻きついて、重さに耐えきれずに落ちて行った。即席の変わり身の術?だ、ざまあみろ。

 視線がちょうど下へ向いたその時、ミミルが駆け込んでくるのが見えた。


「グレイさ!いいものを見つけただ!これなら、そんなツルくらい簡単に吹き飛ばせるだよ。オラに任せるだ」


 そう言って掲げたのは大きな弩、バリスタだった。普通は台車に乗せて運ぶものだが、ミミルは嬉々として担ぎ上げている。重そうに見えないのは、さすがはドワフ族というところか。

 遅れて駆け込んできたパドマは、鉄球をいくつも抱えていた。


「ミミルさん、本当に大丈夫なんですか?」

「このくらいの構造なんてすぐに分かるべ。こうして、こうして、こう。ほら、簡単だべさ」


 ミミルは手際よく滑車を巻き上げてバリスタを構え、引き金を引いた。重い風切り音とともに鉄球が飛び、魔法を防いでいたツルの束をかすめた。そしてそのまま 俺のいる木の幹の下に、音を立ててめり込んだ。

 ぐらりと足元が揺れる。慌てて女神像をつかみ直した。


「もっとよく狙え!頼むから俺には当てないでくれよ」

「あわわ、ごめんなさい!そんなつもりじゃなかっただよ」

「わかってるから落ち着け。狙うのは、ザラの邪魔をしてるツルの束だ。それがなくなれば、魔法が通るようになる」

「わ、わかった。やってみるだ」


 ミミルのバリスタは強力だが、まだ狙いが甘すぎる。ここは命中率の高いザラにまかせるべきだ。


 ミミルはさっきのが俺に当たりかけたことで動揺しているようだ。手が震えているのがここからでも分かる。声をかけようかと思ったが、パドマが寄り添うのが見えたのでやめた。


「ミミルさん、大丈夫。落ち着いて狙えばいいんです。よく見て、当たると思うところで引き金を引くんですよ」

「パドマさん……。わかっただ、落ち着いて、狙うだな。よく見て、落ち着いて……」


 ミミルの集中が高まるにつれ、バリスタに青い光が集まり始める。パドマが何かしたのかと思ったが、驚いた顔をしてるので彼女にとっても予想外だったのだろう。

 ミミルはすごい集中力で、バリスタをピクリとも揺らさずに狙いをつけていた。そしてゆっくりと引き金を引いた。


「いくだ。『どっかん砲』!」


 空気が爆ぜる音とともに、青く光る鉄球が発射された。それは見事にツルの束に命中し、真っ二つに引き裂いた。

 それでも鉄球の勢いは衰えず、その奥にいた俺の方に向かってくる。


「おいおい、ちょっ、まっ、」


 名前の通りの轟音が耳元で聞こえ、その衝撃で意識が飛んだ。





 体を揺さぶられて目が覚めた。3人が俺の顔を覗き込んで何か言っている。鼓膜が破れたのかと心配したが、耳鳴りとともにだんだん聞こえるようになってきた。


「ちょっと、派手に落ちてたけど大丈夫なの?」

「ああ、体があちこち痛いけど、動くのに問題はないよ」


「グレイさ、本当にごめんなさいだ。オラ、おらのせいで、こんなに、うわーん」

「泣くなよ。確かに俺には当たってないんだから。むしろ、よくやってくれたよ」


「グレイ殿、ミミルさんはアタックスキルを発現させたのです。普通は師に教わるものなので、それがなかったために制御が甘かったのでしょう。ですが自力で使えるようになるというのは、相当な才能がなければできないことですよ」

「そうなのか。じゃあ、次は制御できるようにパドマが練習してやってくれよ」


 みんな心配してくれたのか、次々と話しかけてくる。それに応えているうちに、動けるようになってきた。

 アイテムボックスから回復薬を取り出して、一気に飲み干す。体の中の方で鈍痛を感じたが、それもすぐに消えた。

 パドマに支えてもらって立ち上がり、女神像のあった木を見上げた。そこに女神像はもうなく、新たなツルが伸びてくることもない。どうやら問題は片付いたようだ。


「パドマ、アレはどうなったんだ?」

「アレですか?もしや女神像だったなら、グレイ殿の右手にあります」

「右?」


 俺のすぐ右にあるのは、パドマの顔だ。そしてその先にあるのは、壁が壊れて光が差し込んでくる倉庫だけ。他には何もないが。


「右じゃなくて右手よ!あんたが自分で持ってるそれよ!」


 後ろからザラにつっこまれて、改めて自分の手を見る。軽すぎて気づかなかったが、確かに俺は石の破片をずっと握っていた。

 それは、確かに女神をかたどっていた石の一部だった。

 つまり、あの女神像は……。


「オラがバリスタで壊してしまっただ。ごめんなさい」

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