第26話 マッピング
魔法で地形を調べては移動を繰り返して、砦のマップを作っていく。細かい部分は自分の目で見ながら書き足していき、普通に作るよりも何倍も早くマッピングができた。
「もうほとんど完成ですね。さすがグレイ殿ですね」
「魔法のおかげだよ。それに、魔法で調べただけで中を見てない部屋がいくつもある。次はそれを見ていこう」
普通に扉がある部屋は全部見たので、あとは木で塞がれていたり通路が壊れたりして行けなくなった部屋だけだ。途中で壊れる前の砦のマップを見つけたので、ありがたく使わせてもらっている。
「そこの下に、通路が壊れて通れなくなった部屋があるな。倉庫代わりに使ってたみたいだから、中にはまだ使えるものがあるかもしれない」
「でもどうやってあそこまで降りるつもり?足場になりそうなものは見つからないわよ」
「入り口前の通路は残ってるから、どうにかして安全にあそこに降りたい。ロープか何かあればいいんだが」
「はいはい!オラに任せてけろ。さっきいいものを見つけただ」
そう言ってミミルが取り出したのは、ボロボロになった縄梯子だった。かなり使い込まれているようで、ほつれやすり減りが目立つ。
「ミミルさん。それを使うのはちょっと危ないのでは?」
「だいじょーぶ。こんな時のためのオラの魔法があるだ」
ミミルはいそいそと縄梯子を置いて、そこに手をかざした。
「直るだ、『
ミミルから放たれた魔力が、縄梯子に注がれていく。みるみるうちに縄梯子はかつての姿を取り戻していき、それどころかとても頑丈なものになっていった。
「すごいじゃないかミミル」
「えっへん。どうだ……ってありゃりゃ?足に力が入らねえべ」
ふんぞりかえった勢いでふらついたミミルを受け止める。
「重い鎧を着てるんだから、足元には気をつけろよ」
「魔力の使いすぎね、半日くらい経てば自然と治るわ。倉庫部屋の方はアタシとパドマで見てくるから、ミミルはここで休んでなさい。あとグレイ。アンタも重いんだから、ここでミミルを見ててあげなさいよ」
「重いは余計だ。でもひとりで置いてくわけにはいかないからな。わかった、そっちは任せる。でもなにかあったらすぐに呼べよ」
パドマとザラを見送って、ミミルを廊下に座らせる。
「うう、失敗しちまっただ。せっかく頑張ろうと思ったのに、足を引っ張っちまっただ。グレイさ、ごめんなさい」
「あやまることなんてどこにあるんだよ。始めて使う魔法だったのに、すごい出来だったじゃないか。もっと自慢していいんだぞ」
「えへへ、そう言われると照れるだな」
はにかみながら顔を隠そうとして、鎧がガチャガチャと音を立てる。
もしかしたら、この鎧はミミルには合ってないんじゃないだろうか。器用さと体力のほとんどを、この鎧にもっていかれてる気がする。
「鎧、脱ぐか?」
「ええっ!?そんな、まだお日様出てるし、それにザラさんもパドマさんも近くにいるのに。でも、グレイさが言うなら」
「どんな勘違いしてるんだよ。そうじゃなくて、動けないのは鎧が重いせいもあるんじゃないかってことだよ」
「むう、もうちょっと照れてくれてもいいだに。でもグレイさがそう言ってくれるなら」
ミミルは座ったまま、両手を広げて微笑んだ。
「ん、オラを脱がしてけろ」
この無邪気な笑顔と甘えるしぐさは天然でやっているのだろうか、それとも計算ずくなのか。俺には判断できないが、かわいすぎなので別にどっちでもいいか。
ミミルの鎧を脱がしている間、自分を抑えるのがかなり辛かった。なにせミミルの鎧下は肌着の上に薄い服を着ただけなので、鎧から出てきた時の姿は目に毒だった。
すぐに、予備として買っていた服と革鎧を装備させる。やはり軽いと動けるようになったようで、ミミルは嬉しそうに飛びついてきた。
「グレイさ、ありがとうだ。すっごく動きやすくなっただよ」
「まあな。これだけ重い鎧を脱げば、軽くなるのも当然だろ」
「んだば、オラの感謝の気持ちを受け取ってほしいだ」
目をつぶって唇を突き出して来たので、軽いチョップを額に当ててやった。
「今は、ザラとパドマが頑張ってくれてるんだ。ふざけてる場合じゃないだろ」
「オラはふざけてなんかないだ」
「なおさら悪い。そこら辺をしっかりしないと怒るからな」
「グレイさのいけず」
拗ねた口調だが、ふりだというのが丸わかりだ。でもそれはそれでかわいいので、そのままにしておくことにする。
ミミルの鎧は俺のアイテムボックスにしまっておく。アイテムボックスなら重さも感じないし、本当に便利だ。しまい終わってもまだ不満そうな顔をしてたので、頭を撫でてやる。
「オラはこんなことで誤魔化されたりしないだからな」
なんて言いつつも、自分からすり寄ってきていた。
それから数分も経たないうちに、パドマが縄梯子を上がってきた。
「グレイ殿、倉庫の調査が終わりました。おや、ミミルさんは着替えたのですね」
「お疲れ様。こっちなら動きやすいだろうと思ってな。ところで、カギとか重要そうなアイテムはあったか?」
「いいえ。武器の予備や食料など、日々の品がほとんどですね。それと倉庫には床に穴が空いていたんですが、すぐ下に木の幹が張り出していて地下に降りられそうです。今、ザラさんが先に調べています」
倉庫の下?壊れる前のマップには描かれていなかったが、そんな部屋があったのか。行けるなら、いっしょ調べた方がいいだろう。
「じゃあ俺たちも行こう」
俺が先頭に立って縄梯子を降りた。
ミミルも身軽になったからか、危なげなく降りてこれた。
倉庫の中は意外ときれいで、こまめに掃除されていたようだ。武具の他にも砦防衛に使うバリスタなどが仕舞われている。
「ザラ、どこにいる?」
「穴の中よ。大変なことになってるわ。こっちに来て」
その倉庫の一角に、人が余裕で入れる大きさの穴がぽっかりと口を開けていた。中をのぞき込めば足場になりそうな木の幹が伸びているのが見える。密閉されている部屋なので、ザラが点けたトーチの明かり以外は暗くて見渡せなかった。
『
トーチ片手に慎重に降りて、ザラの待つ場所までいく。ザラが照らし出したのは、太い幹に半ばまで飲み込まれている石像だった。
美しい女性が、見覚えのある輝きを持つ石を抱えている。その石の中に、微かな魔力の流れのようなものが渦巻いているのが見えた。
「これはなんでしょうか。ワタシには結界石を抱いた女神像に見えますが」
「聖母じゃなく、アイドルよりの顔だな。これを作ったヤツは、モデルに気があったのかもな」
「オラ、これに似たのどっかで見た気がするだ。ちと思い出せないだが、本当だよ」
「ティアレト・アバター」
ザラが、つぶやくように言った。
「創生の女神ティアレトの力を封印していると言われているわ。世界から力を汲み上げて、無限に魔力を生み出し続ける結界石を抱えた女神像。アタシも昔話でしか聞いたことなかったけど、本当にあるとは思わなかったわ」
「魔力を無限に生み出す?それってものすごいことなんじゃないか?」
「そうね。これを見ると、生み出す魔力量は多くないけれど、無限に使えるなら話は違うわ。ここの野盗たち、大変なものを隠し持ってたみたいね」
「だとすると、この木がまだ枯れてなかったのは、この女神像から魔力を吸収してたからってことか。ならこの女神像を外せば、これ以上木が成長することはなくなるよな」
この木は野盗たちから魔力を奪った前科があるし、放っておいたら他の人にも同様の被害がでるかもしれない。原因は早めに取り除いておくべきだろう。
そう思って剣を抜き、女神像を飲み込みかけている木を狙って振り降ろした。
「待って!」
ザラに止められたが、その時にはもう剣は木の一部を割っていた。めくれて見えた女神像には、木のつるが不気味に巻き付いていた。
突然ぐらりと足元が揺れる。
「おわっ、なんだ!?」
「樹精がアタシたちを敵として認識したのよ。アンタがいきなり攻撃するから!」
「他になにか方法あったかよ!」
「知らないわよ。アタシに怒鳴らないで」
「とにかく、ここにいるのは危ない。倉庫まで戻るぞ、走れ!」
だんだん揺れが大きくなる木の上を、落ちないように必死に走りぬけた。
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