第17話 決意の表明

◇◇


 俺はボロ小屋の地下室に立っていた。目の前には扉が4つ並んでいる。

 1番手前の扉を開けるとそこには、鎖に繋がれたザラがいた。壁に寄りかかって座っていたが、俺が入ると仇でも見るような目で睨んできた。一歩でも近づいたら、噛みつかれそうな勢いだ。

 俺はその目から逃げ出すようにして、部屋から出た。


 隣の部屋を開けるとそこには、鎖に繋がれたパドマがいた。大きな体を小さく丸めて、部屋の隅でうずくまっている。その目は怯えきっていて、俺が少し動いただけで悲鳴を漏らして後ずさった。

 そんな彼女をこれ以上見たくなくて、部屋から出た。


 隣の部屋を開けるとそこには、鎖に繋がれたシルフがいた。その目は恍惚にとろけきっていて、俺を見ると妖艶な笑みを浮かべる。

 両手を広げ、甘えるような声を出して歩いてくる。

 俺はそら恐ろしいものを感じて部屋から出ようと振り返る。だがそこに、もう1人のシルフが待ち構えていた。


「つかまえた」

「おにいさん、遊ぼうよ」

「いいことしようよ」

「いいことしてよ」

「ねえねえ」


 2人のシルフが抱きつき、囁いてくる。


「ねえ、あそんでくれないの?」

「ねえ、いいことしてくれないの?」

「ねえ、ねえ、なんで?」

「ねえ、ねえ、どうして?」


 シルフが体を密着させ、俺の体を撫で回す。

 俺はまるで金縛りにでもあったかのように、指の一本も動かせない。シルフの足が俺の足に絡みつき、腕が首に巻きついてくる。


「ねえ、なんでなの?なんであたしたちはダメなの?」

「ねえ、なんでなの?なんであたしたちはたすけてくれなかったの?」

「あのふたりはたすけたのに」

「あたしたちはみすてたの?」

「あのエルフはおにいさんをきらってたのに」

「あのドラゴニュートはおにいさんをみてなかったのに」

「あたしたちはおにいさんのいうことをなんでもきいたのに」

「なんであたしたちはダメだったの?」


 シルフたちは俺に絡みついた腕と足に、どんどん力を込めてくる。足が痛いくらいに押しつけられる。首がぐいぐい締め上げられる。


「なんで?どうして?あの2人は助けたの?」

「なんで?どうして?あたしたちは助けなかったの?」

「どうして?どうして?」

「なんで?なんで?」

「ねえ?」

「なんで?」


 2人に答えてやらなくちゃいけない。そう思うんだけど、声が出せない。

 俺はお前たちを見捨てたわけじゃない。俺と一緒に来るよりも、ベッドも食事も保証されている生活の方がいいだろうと思ったから売ったんだ。


「ベッドがなくても、あたしはおにいさんのほうがよかったよ」

「ごはんがなくても、あたしはおにいさんのほうがよかったよ」


 でも、それでもお前たちは俺のことが嫌いじゃなかったのか?友好度はマイナスだったじゃないか。


「きらいだよ。だっておにいさんはあたしをみてなかったもん」

「きらいだよ。だっておにいさんはあたしをしらなかったもん」


 そうだ。俺は数字でしか、お前たちを見てなかった。知ろうとしなかった。お前たちの気持ちを知っていたら、俺は一緒に連れて来ただろう。

 俺はお前たちと話をしようともしなかった。ごめんな。


「ねえ、おにいさん、たすけてよ」

「ねえ、あたしたちみんな、たすけてよ」

「あたしたちはここにいたくないの」

「あたしたちは逃げたいの」

「だからおねがい」

「あたしたちをたすけて」


◇◇


 息苦しくて目を開けると、そこは木の家の中だった。

 すごく、リアルな夢だった。

 あの時、連れて来ることを選ばなかった2人のシルフの夢。俺は後悔しているのだろうか?

 まだ首と足に彼女たちの肌の感覚が残っている。手をやれば触れられそうなほどに……ってあれ?本当に巻き付いてる?

 首を動かすと、パドマの寝顔が目の前にあった。気持ちよさそうに、怯えのかけらも見えない顔で寝ている。

 やはり眠ると体が冷えるから、こうして抱きついてくるのだろう。少し苦しいが、この安らかな顔を見れるならば我慢しよう。

 足の方にも目を向けると、白くしなやかな足が俺の足に絡んでいるのが見えた。

それを辿ると、ザラがほぼ裸のような格好で寝ていた。寝ている間に脱いだのだろうか、近くに服が散っている。

 ザラが寝返りをうとうとするたび、俺の足を引っ張り、締め上げてくる。うざったくもあるがそこまで痛くはないし、引き剥がすのも悪い気がする。

 仕方ないと嘆息して、俺は2人に絡みつかれたまま二度寝をすることにした。


【名前:ザラ

 種族:エルフ

 体力:55

 理性:32

 友愛:-43(+2)

 忠誠:112(+1)

 愛溺:140(-3)

 状態:   】


【名前:パドマ

 種族:ドラゴニュート

 体力:90

 理性:26(-2)

 友愛:111(+15)

 忠誠:100(+10)

 愛溺:48(+18)

 状態:    】


◇◇


 明けて次の日、マップ片手に歩きながら話をしていた。


「なあザラ、聞きたいんだけどさ。もしかしてヒュムはヒュム以外を差別してたりするのか?」

「今さら何を言ってるのよ。当たり前じゃない。百年前の魔竜戦役以降、ヒュムは亜人を奴隷として使い出したのよ。魔竜王退治にはアタシたちエルフも協力したってのに、その恩も忘れてアタシたちの森に侵略してきたのよ」


 ザラはまた怒りがぶり返してきたようだ。やっぱり、どこの世界でも差別というのはなくならないのだろう。

 しかもヒュムとは見た目が違う異種族相手なら、その傾向が強くなるのは当然なのかもしれない。


「パドマから見たらどうだ?」

「ザラと同じです。魔竜戦役を経て、ヒュムの国々は勢力を大きく広げました。それから数十年経った後、大国のひとつであるセンタロス王国で、亜人を奴隷として扱える法律が制定されました。それ以前は、魔竜王の下についていた亜人を奴隷のごとく扱っていたのですが、その法律により、あらゆる亜人を奴隷として扱えるようにしたのです」


 奴隷か。

 俺もある意味奴隷だったし、ザラもパドマも金で取り引きされていたから、やはり奴隷扱いだったのだろう。


「やっぱりヒュムを相手にする時は、警戒する必要がありそうだな」

「そうね。でも最近あいつらは調子に乗ってるから、いない国を探す方が難しいわよ。こんな辺境には、昨日のみたいな三下しかいないから遠慮する必要はないけどね」

「でも、悪い人ばかりではないのも事実です。もちろんいい人もいますよ」

「そんなことないわ、ヒュムはみんな悪人よ。もしパドマが優しくされたことがあるなら、それは相手が下心をもってたからだわ」

「そんなことありません!ザラはちょっとひねくれてるんじゃありませんか?」

「なによ!アタシのどこがひねくれてるってのよ!」

「ヒュムの中にもいい人はいます!ザラはもっと素直に人と接するべきです!」


 お互いヒートアップして、睨み合いを始めてしまった。

 俺は慌てて2人の間に割って入る。


「落ち着けよ。なんでお前たちがヒュムのことで言い争ってんだよ」

「別に争ってなんてないわよ」

「そうです、ケンカではありません」


 2人ともそう言う割には睨み合うのを止めてはいない。


「なら、とりあえずヒュムには気をつけて接するようにする。それでこの話は終わりでいいな?」

「……はい、わかりました」


パドマが言いたいことを飲み込んでうなずいてくれたが、ザラは不満そうな顔をしていた。


「なんで今こんな話をしてくるのよ。ヒュムの亜人迫害なんて、前からあったことでしょ?」

「そうなんだろうけどな。ひとつ、やりたいことができたんだ」

「やりたいこと?」


 思い出すのは今朝の夢だ。

 俺は夢の中でシルフに助けを求められた。

 彼女たちの調教は、ゲームの中でやっていたことだ。でも俺がこの世界で目覚めた時には、それが本当のことになっていた。

 つまり俺がゲームの中で売り払っていた亜人も、この世界に実在しているってことなんだろう。

 だから……。


「みんなを助けたいって思ったんだ」


 シルフだけじゃなくて、俺が傷つけた他のやつらも助けたい。

 けっこう長くやってたからかなりの数になりそうだけど、さすがに100人は超えてなかったはずだ。なら俺の一生をかければ、全員を救うことくらいならできるはずだ。


「俺の我がままだけど、逃げ続けるよりかいい目標だと思うんだ。無理にとは言わないけど、付き合ってくれるか?」


 そう問いかけると、ザラはいつものようにそっぽを向いて、パドマは目を輝かせて言った。


「別に。アンタがやりたいなら、やればいいじゃない。アタシも暇つぶしに手伝ってあげなくもないわ」

「さすがグレイ殿です。ワタシはどこまでもついて行きます!」


 2人の答えに頼もしさを感じる。

 俺一人だと不可能に思えることでも、三人でならなんとかできそうな気がする。


「ありがとうな」

「お礼なんて別にいいわよ。アタシはヒュムたちをぶっとばしたいだけなんだからね」

「虐げられている亜人全てを助けるとは、さすがグレイ殿です!まさに英雄と呼ぶに相応しいお方です」

「片方から見て虐殺者でも、別な方から見れば英雄と呼べるわよね。じゃあその線でいきましょう」

「弱きを救いながらの流浪の旅。うんうん、いいですね。ロマンですね!」


 なんか言ってないことまで色々追加されている。

 俺はヒュムにそこまで恨みはないし、救うのも亜人全てとは言ってないんだけど。

 でもすでに、そんなことを言える雰囲気じゃなくなってしまっている。

 まあ、2人が仲良くやれているならいいか。

 俺はこの時はそう思ってたけど、後々になってこの時に訂正しておけばよかったのかと後悔することになるのだった。

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