第16話 ザラの料理

「なんなんだよ、今のは」

「毒蛙よ。鍋の中の毒をカエルとして取り出したの。これでこの鍋は安心して食べられるわ」

「そうなのか。それはよかった」


 水袋に栓をしてしまい込むのを確認して、一安心する。

 もうすぐで毒入りスープを飲まされるところだった……。


「って、やっぱり毒が入ってたんじゃないか!なにが大丈夫♡だよ。俺を殺す気か!」

「あ、アタシは毒がちょっとはあるかもって言ったじゃない。それにそんな言い方してないし」

「言い方の問題じゃない。それに毒蛙はけっこうデカかったぞ。あんなの食べたらヤバイだろ」

「大きさが毒の強さと必ずしも関係あるわけじゃないし」

「……」

「……無関係でもないけど。で、でも、これで絶対安全に食べられるようになったわ!毒はもう無いんだからね」


 無言で睨むと、ごまかすように声を張り上げてきた。正直、もっと言ってやりたいが、あまり責めるのもよくないだろう。


「せっかく作ってくれたものが無駄にならなくてよかったな。じゃあ味付けするから、食事の準備をしといてくれよ」

「ふん、わかったわよ」


 ザラは文句を言いながらも、食器を準備し始めた。

 俺は調味料を取り出して、目分量で入れていく。もとの世界でも散々料理をしてきたので、このくらいはできる。

 ほどよく混ざったところで、一口味見をしてみた。そして愕然とした。


 これは……マズイ。


 一言で表現するなら、味がない。

 調味料のおかげで塩味はついたんだけど、それだけ。いわゆる旨味うまみと呼ばれるものが全然なかった。


 そういえば、猛毒のキノコは死ぬほど美味い・・・・・・と聞いたことがある。というのも、旨味の成分と毒の成分はとてもよく似ているかららしい。

 つまり毒を全部抜いたことで、旨味も一緒に抜けてしまったのだろう。


 食べられなくはないが、喜んで食べたい味ではない。これは夕食になる前に、俺がなんとかしなければ!


◇◇


 ……とれる手段は少なかったが、なんとかすることはできた。


 暗くなる前に食事を終わらせるため、パドマを起こした。睡眠時間が短かったからだろうか、そこまで寝惚けてなくて助かった。

 簡単に服を着るのを待ってから、一緒に家を出る。

 焚き火の前では、ザラが食事の用意を整えていた。


「遅い!せっかくの料理がさめちゃうわよ」

「そうだな。今日の料理はザラが作ってくれたんだもんな。早く食べないとな」

「なによその感情がこもらない言い方は。……まあいいわ。その代わり、全部食べてもらうからね」

「はいはい」

「わあ、ザラが作ったんですか。ありがとうございます!」

「そうよ。あまり上手くできてないかもしれないけど、量はあるからどんどん食べてね」

「はい、いただきます!」


 パドマの素直な笑顔を向けられて、ザラは照れているようだった。

 これで料理が美味しければ、いい話なんだけどな。


 みんなで焚き火を囲んで食事を始める。努力の結果、ごった煮のスープはなんとか食べられる味になっていた。


「どう、おいしい?」

「うん、普通かな」

「普通ってなによ。味オンチじゃないの?パドマはどう?」

「おいしいですよ。食べごたえがあってワタシ好みです」

「でしょ?よかった」


 ザラはホッとした顔でスプーンをとる。俺たちの評価が気になって、食べられずにいたようだ。

 ごった煮をひとすくいとって口に入れると、数秒してから首をかしげた。

 うん、その気持ちわかるよ。


 味見して旨味がないとわかったので、やることは一つ。旨味を補給することだった。

 旨味があるものといえば乾燥キノコや肉だけど、ここのキノコは安全だという保証がない。

 だから干し肉を細く砕いて入れておいたが、補える旨味はそこまで多くはなかったようだ。全体量が多すぎて効果はいまひとつだ。

 でも普通に食べられるようになっただけマシだろう。


 ザラは相変わらず首をかしげながら食べている。時々俺を睨んでくるが、冤罪だと言いたい。むしろ俺はそれでも改善させたんだ。

 パドマは自分で言った通り、美味しそうにモリモリ食べている。もしかしたら、味の薄い食事に慣れているのかもしれない。そういうことにしておこう。


「そういえば、あの野盗の2人はどうしたんだ?」


 話しの流れを変えるべく、気になっていたことを聞いてみた。本当はもっと早く気づいているべきだったが、夕食をめぐるごたごたですっかり忘れてしまっていた。

 失敗だと思っていたが、ザラは何でもない風に答えた。


「あいつら?ウザかったから、チェンジしといたわ」

「チェンジってどういう意味だ?」


 デリバリーサービスじゃないんだから、追い返しても代わりの人間が来るわけじゃないだろう。それに、こちらの情報を持たせたまま逃すのはとてもマズイ。

 ホワイトフェイスとかいう組織がボロ小屋で合ったあいつらだとしたら、俺らの居場所がバレたらやっかいだ。

 だから詳しく聞いてみたが、思ってもいない答えが返ってきた。


「チェンジって言ったら、取り替えっ子チェンジリングに決まってるじゃない。そこら辺にいる妖精と中身を取り替えたのよ」

「チェンジリング?そんな精霊魔法もあるのか」

「残念ながら、性悪なヒュムの作った術理魔法よ。妖精が起こす現象を人為的に起こしてるのよ。この魔法を作るのにどれだけの妖精が犠牲になったのか、考えたくもないわ」


 そう言いながらもしっかり使っている辺り、ザラは現実主義者なのだろう。余計な殺しをせずに情報を漏らさないようにできるのだから、好き嫌いに流されずに判断している。


「ふふっ、あのヒュムどもがアホヅラさらして森に入っていくとこ、アンタたちにも見せたかったわ。今ごろモンスターにやられて、汚いハラワタ晒してるころでしょうね」


 ちゃんと好き嫌いで判断してた!思いつく限りの残酷な方法を実行してただけだったよコイツ!

 暗い微笑みを浮かべているザラに思わずドン引きしてしまう。

 助けを求めてパドマを見ると、スープを飲み干してからこちらを見た。


「グレイ殿を侮辱した愚か者どもには、当然の処置でしょうね。」


 こっちはこっちで信頼が重い。俺の方がレベリングを手伝ってもらってるくらい弱いのに、ここまで信頼されると胃が痛くなりそうだ。


「じゃ、じゃあ野盗の問題は片付いたな。次は明日の話しをしよう。そうしよう」

「明日ですか?ではレベリングの続きをやりましょうか。今日は野盗のせいで中断してしまいましたし」

「いや、そういうわけにも行かないんだ。実はパンの残りがもう無い。食材については森で採れるものがあるからいいが、それだと料理に手間がかかる。だから明日は森を出ようと思うんだ」

「森から出てどうするの?食料を手に入れる当てはあるの?」

「ああ、ある。野盗を尋問した時に、この森と周辺のマップを提供してもらった。これによると、森の近くに村があるみたいだ」


 広げたマップは変色して折り目がたくさん付いているが、それでも分かりやすく描かれていた。


「へぇ、アンタもなかなかやるじゃない。ちょっとだけ見直したわ」

「さすがグレイ殿です。これで安心ですね」

「まあな」

「東ワイドバーグ?ずいぶん辺鄙へんぴな場所まで来ちゃったのね。こんな辺境にある村なら、冒険者ギルドもあるわよね。都市よりはヒュムも少ないだろうし、ここで登録しときましょ」

「武器屋防具屋もあるでしょうね。ここで戦うには、それなりの装備が必要ですから」


 ひとつ情報が出ただけで、こんなに話が進むとは思ってもいなかった。改めて仲間の頼もしさを感じる。


「そういえば、アンタお金は持ってるの?」

「もちろんあるぞ」


 荷物の底から、金を詰めた袋を取り出して見せた。中身は5金と325銀。だいぶ少なくなったが、これだけあればなんとかなると思う。

 ドヤ顔で2人を見たが、なぜか両方とも固まっていた。

 あれ、俺なんか間違えた?


「アンタこれ、マジで言ってるの?」

「マジもなにも、現物がここにあるだろうが」

「なんでアンタがこんな大金を持ってるのよ!信じられないわ」

「それは……」

「すごいですよ!ワタシ、こんなに金貨銀貨が並んでいるの初めて見ました」


 パドマが珍しく大きな声を上げた。冷静な彼女がこんなに驚くとは思っていなかった。逆に俺の方がびっくりしてしまう。


「そうなのか?冒険者をやってたなら、けっこう稼いでいると思ったけど」

「そんなことありませんよ。冒険者といえど、金貨を何枚も稼ぐ人はめったにいません。ダンジョンで財宝を見つけて大金持ちというのは、物語でしか聞いたことがありません。こんなにお金を持っているのは、商人か貴族くらいなものですよ」


 そんな風に言われても、俺はゲームで金を機械的に貯めていただけなので実感が薄い。

 俺が使っている回復薬が200銀だったので、1銀が10円かもっと安いと思っていた。


「ちなみに、1銀でどのくらいパンを買えたっけか」

「堅パンなら一月分くらいでしょうか。冒険者の初心者装備なら、5銀あれば十分なものがそろえられるでしょう」

「なら心配はないな」


しかし堅パン5か月分と初心者装備が同じ値段だとは、パンが高いのか装備が安いのか。俺の世界とのギャップはけっこう大きいようだ。

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