第13話 不審な乱入者

◇◇


 ワイルダネスキャットを倒したが、レベルは上がらなかった。

 パドマ1人でも余裕みたいだし、そこまで強いモンスターではないのだろう。今の俺はそれにも苦戦しているが、レベリングしているのだから普通よりも早く強くなれるはずだ。焦らずやっていこう。


「お見事でした、グレイ殿。素晴らしい一撃でしたね」

「危なかったよ。あいつがフラついてくれなきゃ無理だった」

「少しずつダメージを蓄積させた結果でしょう。これからもこの調子で頑張りましょう」

「パドマはスパルタだな。わかったけど、こいつ以上のヤツは辛そうだから、そういうのはやめてくれよ」

「はい、では次のモンスターを探して来ますね」


 パドマが離れる前に、回復薬を飲んでおく。

 戦闘後の一杯が傷口にしみるなあ。いや本当に。

 この回復薬は一瞬で傷が治るのはいいんだけれど、その時にけっこう痛かったりする。飲むだけで治るのだから、文句を言うのは贅沢だろうけど、痛いのはやっぱりイヤだな。


「む、そこにいるのは誰ですか!?」

「え?何??」


 治っていく傷口を見ていたので、パドマの声にびっくりした。

 顔を上げれば、パドマが睨んでいる森の茂みの奥から、汚れた服を着た男が出てくるところだった。

 山賊か野盗のようにも見える、顔も服も汚い人相の悪い男だ。

 パドマをじっくりといやらしい目つきで見ているのがとてもムカついた。


【種族:ヒュム】


 見える情報はこれだけ。相手によって情報量が違うのは、いったいどういうことだろうか。

 パドマやザラは名前を聞いたら見えるようになったし、俺が知った内容によって追加されていくのかもしれない。こんなオッサンの忠誠度とか知りたくもないので、ちょうどいいのかもしれないが。

 そんな俺の心の内が聞こえたわけではないだろうが、オッサンは不機嫌そうな大声で声をかけてきた。


「おめえら、ここはオレらの縄張りだぞ。誰の許しをもらって狩りしてんだ、ああん?」

「俺たちはただの旅人だよ。物騒な世の中だからちょっと鍛えてただけだ。アンタは誰なんだ?」


 パドマの前に立ってオッサンを睨むと、オッサンは舌打ちして声を荒げた。


「オレはこの森の見回りを任されてるんだ。おめえらみたいな勝手な奴を捕まえるのが仕事なんだよ」

「モンスターを倒すのに、誰かの許可がいるなんて聞いたことないぞ」

「っさいわい!へりくつ言わずに、こっち来いや!」


 ケンカ腰でこちらに歩いてくるのを見て、パドマが俺の横に並んだ。


「そこで止まりなさい。怪我をしたくないなら、それ以上は近づかないように」

「ああん?ワシは【ホワイトフェイス】の一員だぞ。お前ら儂らにたてつく気か?」

「ホワイトフェイス!?」

「そうだ。おい女。おめえが大人しくついて来るんなら、口きいてやってもいいぜ?そんな豚男よりも、もっと楽しませてやれるぜ」


 パドマの表情が険しくなる。

 でもまだ完全に敵対したわけじゃない。俺はできるだけ平静なフリをしながら質問した。


「なあ、オッサン。この森をそのホワイトフェイスとやらが管理してるのか?」

「は?あの人らがそんなことする訳ないだろが」

「え?オッサンはホワイトフェイスの一員で、見回りのためにこの森にいるんだろ??」

「ぐっ、こ、この野郎、適当なこと言ってんじゃねえ!おめえらホワイトフェイスをバカにしてんのか!?」


 やっぱり、このオッサンは虎の威を借りる狐だ。三下以下のチンピラだ。

 管理しているというのもウソだろう。多分ここいらを縄張りにしている強盗かなにかだ。


「ホワイトフェイスはともかく、オッサンは怖くないね。いちゃもんつけるなら、もっとマシな言い訳を考えておきなよ」

「けっ、ワイルダネスキャットに手こずるような雑魚がいきがりやがって!ぶっ殺してやる」


 こいつ、俺のレベリングを見てたのか。それで俺が弱いと見て、絡んできたんだな。

 脅すように睨み付けてくるその目を、俺も強く睨み返した。


【種族:ヒュム

 職業:野盗】


 やっぱり情報が増えてる。俺が知ったことに関連して、追加されていくようだ。


「グレイ殿、下がっていてください。ここはワタシが」

「けっ、女の影に隠れるのか?みっともねえな」

「あなたのようなゲスの相手をわざわざする必要がないというだけです。その軽口の代償は覚悟しているのでしょうね?」

「このアマ、その生意気な口をすぐに塞いでやるぜ」


 野盗は腰に差していた大鉈を引き抜くと、奇声を上げて切りかかってきた。


「きえええぇぇぇ!」


 大振りの攻撃を、パドマは難なくかわす。そこから流れるような動作で、連続して棒を振り下ろした。

 2撃、3撃と続くパドマのの攻撃に、野盗はすぐに防戦一方になる。

 数度打ち合ったところで2人が離れるが、パドマは余裕なのに野盗の方は息を切らしていた。

 見ていて心配する必要がないくらいの実力差がある。

 パドマがこちらを見たのでうなずき、邪魔をしないように下がった。


「この、くそっ!」

「せいっ!」


 パドマは再び切りかかってきた野盗に合わせて棒を振るい、その腹を強打した。

 カエルが潰されたような声をもらして膝をついたその首に、パドマが棒を突きつける。


「ワタシをどうすると言ってましたっけ?」

「げぇ、げほっ。このっ、アマ……。おいっ、やれ!」


 しまった、こいつには仲間がいたのか!?

 慌てて森を見回すと、茂みが少しだけ動くのが見えた。


「パドマ、左だ!」


 俺の声とほぼ同時に、茂みの中から何かが発射された。

 それはパドマに当たったかと思ったが、ギリギリで避けられたのだろうか、離れた地面に突き刺さった。


「パドマ、大丈夫か?」

「かすっただけです。問題ありません」


 パドマの左腕にわずかに血が滲んでいた。


「ちっ、さすが硬いドラゴニュートだ。当たったはずなのに弾きやがった」


 そう言いながら、別の男が茂みから出てきた。

 そいつは短弓を持っていて、今もまた新たな矢をつがえている。


【種族:ヒュム

 職業:野盗】


「でももう終わりだ。なんたってオレの矢をくらったんだからなあ」


 弓を持った野盗Bが、いやらしく笑う。

 パドマの様子をうかがうと、呼吸が荒くなっているようだった。


「お前、彼女に何をした!」

「なあに、素直になれるように、ちょっとしたおクスリを使っただけさ。かすっただけかもしれないが、オレは割と濃いめで使うのが好きなんだ。効果は保証するぜ」


 ケヒヒという笑い声が気に障る。

 毒でも使われたのか。なら、あいつは解毒剤も持っている可能性は高いから、あいつを倒してパドマを助けないと。

 野盗Bの方へ向かおうとしたその時、パドマに服の裾を掴まれた。


「待ってください。ワタシは、大丈夫です。グレイ殿はワタシの後ろにいてください」

「バカを言うな、お前は毒を食らってるんだぞ。俺があいつを倒して解毒剤を持ってくるから、は頼んだぞ」

「……。はい、ご武運を」


 パドマの目が熱っぽくうるんでいた。

 毒の効果が出始めているのかもしれない。早くなんとかしないと。

 野盗Bに向かって走るが、いかんせん足が遅くてなかなかたどり着かない。大した距離じゃないのが余計にもどかしい。

 向こうはその間に余裕を持って、弓をしまってナイフを取り出した。


「男に使うクスリはえんだよ。おめえ程度なら、ナイフ一本で十分だ」

「そりゃあ、ありがたいね」


 俺も包丁を抜いて構える。

 弓を使われたら勝ち目はかなり薄かったけれど、切り合いならなんとかなるかもしれない。

 弓使いはナイフを構えて突進してきた。俺は足を止めてそれを待ち構える。


「死ねやあ!」

「断る!」


 包丁とナイフがぶつかって、甲高い音をたてる。

 はじいたと思ったら、腕に鋭い痛みを感じた。すぐさま包丁を振り回すが、野盗Bは余裕で後ろに下がった。


「のろいんだよブタ野郎。ハムみたいに削りとってやるぜ?」

「はっ、皮をちょっぴりめくったくらいで、いい気になるなよ」


 軽口を返したが、けっこうヤバいかもしれない。

 こいつは俺が包丁を一回振る間に、二回かそれ以上ナイフを振るえるようだ。このまま切り合っていたら、負ける可能性が高い。

 野盗Bがまた走り込んでくるので牽制するが、うまく避けられナイフを振るってくる。

 俺はナイフを食らっているのに、野盗Bのほうは受け止めるか躱すかして、ちっともダメージを与えられてない。


「ほらほら、さっきの威勢はどうしたよ?オレから解毒剤を取り上げるんじゃなかったのかあ?」

「くっ、うるさいヤツだな」

「だめだなあ。集中しないと、どんどん体が削れていくぜ?」

「だから、うっさいんだよ!」


 ダメだとわかっているのに、挑発されてつい大振りをしてしまう。それを狙っていたかのように野盗Bが避け、懐に入り込んできた。


「ヒハハっ、もらったあ!」


 野盗Bのナイフが、俺の首めがけて振るわれた。

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