第9話 ザラの過去と未来

「じゃあ今度はワタシが水浴びに行きますけど、本当に大丈夫ですか?」


焚き火の前で離れて座る俺とザラを心配そうに見て、パドマが言った。


「ああ、大丈夫だから行ってこい」

「そうよ。早くしないと、日が暮れるわよ」

「……わかりました。それでは行ってきます」


 何度か振り返りながら、パドマは湖へと向かって行った。

 日はすでに傾き始めている。おそらく、あと2時間くらいで暗くなるのではないだろうか。

 焚き火に枯れ枝を放り込みながらザラの様子を伺うが、膝を抱えてじっと火を見つめているだけだった。


「先に休んだらどうだ?今日はお前のおかげで剣鹿を倒せたんだ。火の番は俺に任せろよ」

「なによ、アタシがここにいたら邪魔だって言うの」

「そんなことは言ってない。疲れただろうから休めって言ってるんだよ」

「何よ偉そうに。いつもそうやって上から見下してこないでよ。アンタなんか、ただの人買い共の下っ端のエロ調きょう……」


 そこまで言うと、ザラは下を向いて黙り込んだ。顔が赤く見えるのは、焚き火のせいではないだろう。そこに突っ込まないだけの分別はあるので、落ち着くまで待つことにした。


 薪が爆ぜ、火の粉が舞う。

 それにしても、いったいどうして自分がこんな所にいるのだろうか。

 ずっと考えているが、全く思い出せない。別な世界で生きてきた記憶はしっかりある。でも、なぜか自分という人間については、全くといっていいほど思い出せなかった。

 ゲームやマンガ、料理や趣味、そんな文化的な知識はある。でも、自分がどんな人間で、どんな人生を送ってきたかというものが、すっぽりと抜け落ちている。

 普通はそんなことになれば混乱しそうだが、今の状況が慌ただしいせいか、後で考えればいいかという気持ちになっている。

 それにこんな美人たちといっしょにいるのだ。醜態を晒したくないという見栄もあった。


 そもそも、これはすでに俺がやっていた同人フリーゲームだったはずだ。でもすでに、そんなものではなくなっている。

 今では完全に、ファンタジーRPGの世界だ。


 オーカスのようなマイナーな種族を選べるRPGは、俺が憶えている限り1つだけだ。オンラインRPGが話題になり始めたころに出た、斜め見下ろし視点のオンラインアクションRPG。

 それが現実になればこんな感じだと言えなくもないが、でも剣鹿なんてモンスターは聞いたこともない。

 それにあの結界石。あれはオンラインゲームが出る前に発売されたゲームのものにそっくりだ。

 そっちもかなりハマった憶えがあるので、間違いないと思う。

 なんだかここは、いろいろなゲームが混じり合ってできた世界のような気がしてくる。


 これはどういうことなんだろう。

 そう真剣に悩んでいると、こちらをうかがうザラの視線に気がついた。


「……ねえ、どうして」

「?」

「どうして、アタシたちを助けたの?アンタ一人で逃げたよかったじゃない」


 自分の考えに没頭しすぎて、何を言われたのか一瞬わからなかった。

 彼女が聞いているのは、ボロ小屋で彼女たちを解放した時のことだろう。

 たしかに、最初は俺一人で逃げようと思っていた。でも、彼女たちは売ることができなかったし、だからといって放っておくこともできなかった。

 要するにそれは……。


「ただの自己満足だよ。お前たちを見捨てられなかった。可哀想だと思ってしまった。だからこんな所まで連れてきたんだ。勝手なことをしてごめんな」

「……謝らないでよ」

「そうか?今から考えると、もっと他の道があったんじゃないかって思えるんだ」

「そんな道、ないわよ。今が一番マシなのよ。認めたくないけど」


 そう言う彼女は、本当に悔しそうだ。


「故郷が襲われて、そしてアタシは捕まった。その時からずっと、ヒュマ共に復讐してやるって思ってたわ。でもそれからアンタの小屋に売られて……、その、毎日毎日色々されて、だんだん、復讐なんて無理なんじゃないかなって思てきた。だってそうじゃない?自分の体さえ思い通りにならないのに、他人を殺そうだなんて、無理だったのよ」


 ザラはそこで深呼吸をした。


「でも、それでも自由になることを諦めたくなかった。故郷の敵討ちは諦められても、それだけは捨てられなかった。私は結局、自分が嫌ってきた身勝手な連中と同じだったのよ」


 一族の敵討ちよりも、自分の自由を願う。

 それは当然なんじゃないかなと思ったが、ありきたりな慰めに聞こえそうだったので言えなかった。

 俺は彼女と同じではない。

 俺の故郷は滅ぼされたわけではないし、自分がしたいように行動してきたのだから。


「それでね……。それで、その、今日の朝、アンタにその、あの……すごいキスをされながらアタシは、もしあの地下室から出られるならなんでもするって思ったの。もう復讐も諦めるし、一生アンタのオモチャになってもいい。だからせめてあの狭く苦しい部屋から出たいって思ったのよ。それが次の瞬間に本当に叶った時は、パドマじゃないけど神様が本当にいるんじゃないかって信じたくなったわ。だってそうでしょ?嫌いなヤツに一生従うなんて、故郷を見捨てて自分の幸せを願った私にふさわしい罰だわ」


 そう自嘲する彼女は、とても辛そうだった。

 まるで嵐に翻弄される木のように、今にも折れてしまいそうに見える。

 いつも強気な彼女のそんな姿を見てられなくて、だから彼女の隣へ座った。

逃げようとする肩をつかんで、強引に引き寄せる。


「いいか、よく聞け。お前を買って躾けたのは俺だ。その俺が俺に付いてくるかと聞き、お前は付いてくることを選んだ。だからお前は俺のものだ。それで間違いないな?」

「そう、だけど……」


 目を逸らそうとするザラの顔をつかんで、強引に目を合わせる。


「なら、お前は俺の全てを受け入れるんだ。お前は悩む必要も、悲しむ必要もない。ただ俺の言うことに従え。わかったな」

「わかっ、たわ」


 ザラの忠誠は100を超えている。強く言えば、逆らうことはない。


「もし俺の気が向いたら、お前の故郷の様子を見に行ってやってもいい。それでいいな」

「……はい。ありがとう、ございます」


 そう言うと、俺に体を預けて寄りかかってきた。それはまるで、ずっと背負っていた重荷をやっと下ろしたようにも見えた。

 よかった。これでザラは大丈夫だろう。

 そう安心したが、問題はまだ終わってはいなかった。


 こわばっていた肩の力が抜けたせいで、引き寄せていたザラが俺の体に密着する。

彼女のうるんだ瞳が俺を見上げてくる。体温は高く、呼吸は粗い。それが先ほどまで興奮してたせいだとしても、俺の中の獣を刺激するには十分だった。


 これはゲームじゃないから、もう彼女を汚してはいけない。

 ……でも彼女が拒まなければいいんじゃないか?


 理性のささやきは、本能の声に反論できなかった。


 最初は触れるだけのキス。

 ザラは抵抗しなかった。それどころか、自分から唇をねだってきた。


 2度目は口へと侵入する。

 抵抗はない。ザラもまた、俺の中へと入ってくる。


 服の上から細い体をまさぐる。

 しなやかで柔らかい感触が手に伝わってくる。

ザラは俺の服を握りしめてくる。


「ザラ、いいな?」

「……アンタの好きにすればいいわ」


 頬を朱に染めてはいるが、とてもはっきりとした答えが帰ってきた。

 理性の声はもう聞こえてこない。だからザラをそのまま地面に押し倒した。


◇◇


「それで、こうなったと言うわけですか?グレイ殿」

「えっと、なんというか、その場の雰囲気とかあるだろ?それで、こう、流れでな」


 呆れ顔のパドマに苦しい言い訳をする。

 あれからおよそ3時間ほど経っていて、あたりはすっかり暗くなっている。焚き火と空の星だけが、光を放っていた。


 一緒にいたザラは、服が乱れた姿で気を失っていた。

 俺は途中から、というより最初から、自分を失っていた気がする。衝動の赴くままに、彼女をむさぼっていた。

 そのせいで現状の俺も、およそ整っているとは言えない服装で彼女を抱えていた。


「はあ、もういいです。それよりも早く、ザラを休ませてあげて下さい。後の見張りはワタシが引き継ぎます」


「悪い、頼んだ」


 ぐったりしたザラを抱えて、木のウロへと向かう。

 寝床へ寝かせた時に見えた乱れた服がかなりエロかったが、さすがに自重する冷静さはあった。

 できる限り服装を整えてやり、布団代わりの布をかける。

 外を見れば、パドマが心配そうにこちらを見ている。軽く手を振ってから、ザラから少しだけ離れて横になった。

 今日はいろいろあり過ぎた。明日も歩くことになるし、俺も早く寝ておこう。


◇◇


 誰かの気配がして目が覚めた。

 目を開けると、金髪の美女がこちらに背を向け、服を着がえているところだった。

 白く滑らかな肌が、薄手のタンクトップ、黒の股引、ショートパンツ、長袖の上着で隠されてゆく。

 最後に髪を背中に流したところで、彼女が振り返った。


「……起きてたの?」

「いや、今目が覚めたところだ。ちょうどね」

「まだ外も暗いし、寝てなさいよ」


 言われて入り口を見ると、確かに暗い。

 入り口の横に突き立てられた杖の先に火の玉が浮いていて、それがこの木のウロの中を照らしていた。


「アレも魔法か」

「まあね。使い方は邪道だけど」

「魔法は人のために編み出されたものだろ?便利に使うのに、邪道も正道もないだろうさ」

「……」


 思ったことを素直に言ったつもりだったのだが、呆れたような顔でまじまじと見られた。


「……なんだよ」

「別に。ただ、昔を思い出しただけよ」

「昔?」

「アタシが魔法をなかなか憶えられなくて辛かった時に、今のと同じことを言われたのよ」


 剣鹿にトドメを刺したような、あんなにすごい魔法を使えるザラにも、そんな時期があったのか。


「なんにしろ、過去の話よ。どうでもいいことだったわね」

「そんなことないさ。ザラの昔の話が聞けてうれしいよ」

「な、なによ。こんなつまらない話でうれしがるなんて、趣味が悪いのね」


 ザラは俺に背を向けて、入り口横の杖を手にとった。


「見張りはアタシが交代するから、アンタは寝てなさい。明日になっても回復してなくて動けないとか言ったら承知しないからね」


 そう捨てゼリフを残してウロから出て行った。


【名前:ザラ

種族:エルフ

 体力:48(+16)

 理性:22

 友愛:-49(+24)

 忠誠:111(+2)

 愛溺:141(+17)

 状態:   】

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