第8話 平和な休息
食べられる野草を一口大に切り、アクを取りつつ煮込む。そこへ砕いた干し肉を投げ込むだけの簡単料理だ。
あとは剣鹿の肉を豪快に切ってから塩をまぶして両面を焼く。これだけでも十分に美味しそうな匂いがしてくる。
主食は相変わらずの堅パンなのが、唯一残念なところだ。
パドマと並んで料理をしていると、時々目線が合って笑いあう。なんとなく照れくさくなってきたので、雰囲気を変えるために話を振ってみた。
「そういや、どうしてパドマは人身売買組織のヤツラに捕まったんだ?弱くはないと思うんだけど」
「それは、その……」
聞いたことを後悔したくなるほど、パドマはとても苦しそうな顔をした。包丁を持つ手が白くなるほど、強く握りしめている。
何て声をかければいいのか数秒迷い、場違いなほど明るい声を張り上げた。
「あー、悪い悪い。言いたくないなら、言わなくていいさ。悪いことを聞いたな」
「いえ、謝ることはありません。全てはワタシの弱さゆえです」
そう言って笑ってくれたが、あまり大丈夫ではなさそうだった。
ああ、失敗した。というか、なんでよりによってその話題を選んだんだ俺は。普通に考えて一番聞いちゃいけない話しだろう。
早くフォローしなければ。でもどうすればいい?
パドマはキレイだからなーとか?いやいや、とってつけの言葉すぎるだろ。もっと別のなにかはないか。おっぱい大きいね。アホか。セクハラおやじか。
褒める方向から離れよう。もっと話題をそらす何かはないか。
「グレイ殿、グレイ殿?」
「お、おう、なんだ?」
「その……肉が焦げてますが」
「えっ、うわっ!本当だ!しかもこびりついてるし!」
小さな鉄板で焼いていた肉から、煙が上がり始めている。
慌てて肉を剥がしている俺を見て、パドマが少しだけ笑ったようだった。
そのことに少しだけホッとした。
◇◇
ザラが戻ってきたので、食事になった。
大きな葉を皿代わりにして、木を削った串を使っての食事だ。とても野趣あふれる料理ではあるが、疲れていたのでとても美味しく感じた。素材そのままの味が出ていて、一口食べるたびに元気がわきあがって来るようだ。
コップを器代わりにしてスープを飲むと、腹の底から温まってくる。
最後はパンで皿をぬぐい、さらに鍋の中身も同じようにして残さず食べた。
なんだか久しぶりに、とても充実した食事をした気がする。
「ふう、食った食った。ちょうど腹八分ってところだな」
「ちょっとアンタ、アタシたちより多く食べてまだ足りないっていうの?」
「うるさいなあ。俺は剣鹿に蹴られまくって体力削れてんだよ」
「まあまあ、ザラ殿。いいではないですか。グレイ殿も疲れているでしょうし、先に水浴びでもしてからお休みになったらどうですか?」
俺は別に水浴びなんてしなくてもいいと思ったが、とりあえずパドマがとりなしてくれたので乗っておくことにしよう。
「じゃあそうしようかな。ああ、でも料理の後片付けは……」
「そちらもワタシがやっておきます。今日の戦闘ではあまり役に立てませんでしたので」
「そんなに気にする必要はないぞ。じゃあ俺は体を拭いてくるから」
着替えの服を持って湖へ行くことにした。今着てるのを洗ってから、タオル代わりにすればいいだろう。
ああそうだ。ついでに水も汲みなおしてこよう。
○○
グレイの姿が見えなくなってから、2人は食事の後片付けを始めた。
ザラは水を操って調理器具の汚れを落とし、パドマは木のそばに穴を掘って、骨などのゴミを埋めている。
最初はお互い無言だったが、どちらともなく話し出すと、すぐに会話が弾み始めた。
「そうなんですよ。ワタシは冒険者として、色々な場所を渡り歩いてきたんです。このようなダンジョンエリアも、いくつも踏破してきましたよ」
「へえ、すごいのね。アタシは故郷の森から出たことなんて、数えるくらいしかないわ。それも行く場所は決まって近くの山。森とほとんど変わらないのよ。外の世界に興味はあったけど、変なテストに合格しないと出してもらえなかったのよ」
「へえ、どんなテストだったんですか?」
お互いの片づけ作業はすぐに終わり、今度は焚き火の前に座り込んで話し始める。
まだ明るいので、焚き火は小さい。煙も大して気にならないので、焚き火を挟んで向かい合っていた。
「それがさ、酒場にいる大人たちが許せばいいっていうのよ。信じられる?あの酒臭い、デリカシーも誇りも忘れてしまったようなヤツラから
「なるほど。それで、合格した人はどれくらいいたんですか?」
「そんなに多くなかったわ。1年に1人か2人くらいね」
「そんなに少ないんですか!?」
「当たり前よ。だってアイツら、酔っ払っているせいで失礼なことを平気でしてくるのよ。アタシなんて肩を触られたり、変なことを言われたりしたわ」
ザラはその時の感触を思い出したかのように、体をさすった。
パドマはそれを見て、困ったような笑みを浮かべる。
「あの、その程度をこらえれば許しをもらえるというのは、かなり破格の条件だと思いますよ」
「ええー?そんな訳ないわよ。だってあんなの我慢できるわけないじゃない」
「それでよく合格できましたね」
「ええ、うん、……まあね」
そうやって盛り上がっていると、不意に会話が途切れる瞬間があった。
それをいい区切りとして、ザラが声の調子を変えて話しかけた。
「ねえ、パドマ。ひとついいかしら?」
「なんですか?ザラ殿」
「その『殿』って付けるの止めない?アタシもパドマって呼んでるんだし」
「いえ、これは自分のクセみたいなものなので、気にしないで下さい」
「気にしないでって言っても気にするわよ。アタシたち一応、道を同じにする仲間じゃない?どこかの街についたら別れるかもしれないけど、それまでは仲良くしましょうよ」
「え?ザラ殿は街に着いたら別れてしまうのですか?」
パドマの純粋な疑問に、ザラは一瞬答えに詰まった。
「……アイツが、それでいいって言うならね」
「なにかあるのですか?ワタシにできることなら、お手伝いしますよ」
「アタシのことはいいのよ。それより、パドマは本当にアイツに付いていく気なの?アイツが今までアタシたちにしてきたこと、忘れたわけじゃないでしょ?」
ザラが強い視線を向けるが、パドマは頬を染めた。
「ええと、その……」
「正気なの?アンタ、そんなにアイツとのアレが……」
「ちがっ、違います!アレはその、そんなに好きではないです。でも、グレイ殿が望むならいいかなあって」
「そっちの方が正気を疑うわよ。あんなヤツのどこがいいのよ」
「ワタシたちを助けてくれたじゃないですか」
「それはアイツの都合でしょ?アタシたちは利用されてるのよ。きっと街に着いたら、アタシたちは用済みだからって売り払うんだわ」
「あの人はそんなことしません!!」
パドマの突然の叫びが、周囲の木々を震わせた。
「……パドマ、いきなりどうしたの?」
「……」
ザラは恐る恐る話しかけるが、パドマは下を向いて震えるだけだった。
「何か気に障ったのなら謝るわ。その、ごめんね」
「……大丈夫です。こちらこそ、いきなり怒鳴ってすいませんでした」
パドマはぎこちなく動き出した。
ザラはそれを目で追った後、小さな声で話し出した。
「アタシの故郷は、滅ぼされたの。だから、アタシは許可をもらえたわけじゃなくて、強制的に連れ出されたのよ」
「ザラ殿?」
「アイツがアタシのことを邪魔だって言うなら、アタシは何処へでも行くわ。やっと外の世界に出られたんだもの。世界中を歩き回ってやるわ。でもアナタには、アタシと違って帰る場所があるんじゃないの?」
「ワタシは……、ワタシが故郷を離れてからもうかなりの時間が経ってます。それに、もっと強くならなければ帰れませんよ。だからどうせ旅を続けるなら、ワタシはザラ殿とも一緒にいたいです」
「だから、ザラでいいわよ」
「……努力します」
2人は笑顔を向け合ったが、そのどちらもが無理やり作った笑顔だった。
次の瞬間、ガサリと茂みが音を立てた。
パドマとザラはそろって近くにあった棒を手に取り構える。
「今の声はなんだ!?2人とも大丈夫か??」
「!!」
茂みをかき分け飛び出てきたのは、上半身裸のままのグレイだった。
「アンタは服をちゃんと着なさい!!」
半裸のグレイに向けてザラが棒を振ると、焚き火から火の粉が塊になって飛び出した。
「熱っ!危なっ!何なんだよ!!」
「いいから!とっとと向こうへ行って!」
「ザラ、もう止めてあげて下さい!」
「いいえ!どうせならこんがり焼いてやるわ!」
「グレイさん!早く逃げて!」
「熱っ!服がっ!」
グレイが茂みの奥へ逃げると、ザラは疲れたように肩を落とした。
「……ったくアイツは、ホントどうしようもないわね」
「ふふっ、そうですね」
数分後にグレイが服を着て戻ってくるまで、2人は今日のグレイについて笑いながら話していた。
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