第7話 セーブゾーン

 レベルが上がった。

 どうやら俺は1レベルだったらしく、それが一気に7レベルにまでなった。

 なんか疲れが増した気がするが、たぶん体力の上限が増えたからそう感じるのだろう。

 それにしてもレベルが一気に6も上がる相手をよく倒せたな。幸運すぎて、なんだかちょっと、めまいがする。


「グレイ殿、大丈夫ですか?頭を打ってはいませんか?」

「ごめん、ちょっとぼうっとしてたから。心配ない」


 パドマが駆け寄って手を差しのべてきた。


 よく見れば、パドマはけっこう汚れてしまっている。 森の中を歩いた後にこんな戦闘があったのたがら当然だ。

 手で払ってやるが、大して落ちない。水場でもあれば洗ってやれるんだが。というか、俺もかなり汚れている。

 腕についた剣鹿の血は、もうチリとなって消えていた。ゲーム的ではあるが、今はそれがありがたかった。


 ザラに目を向けると、地面にへたり込んでいた。強い魔法ほどスタミナを使うと言ってたし、しばらく動けないかもしれない。


 剣鹿を潰した岩から降りて、ザラの前まで行く。声をかけると、おっくうそうに顔をあげた。


「えーと、ごめん。正直、オマエがあんなにすごい魔法を使えるとは思ってなかった。ありがとう」

「……。アタシが生き残るために、勝手にやったのよ。別に、アンタのためじゃないわよ」


 ツンとした機嫌が悪そうなザラの顔も、土が飛んで汚れている。

 本当はいろいろ言いたいこともあったが、今はそれどころじゃないくらいダルかった。


「ここで少し休んでいくか?俺もけっこう疲れたよ」

「別に、勝手にすればいいじゃないの」


 イラつく気もわかず、ザラの隣に腰を下ろす。

 水袋から水を飲み、それをザラに差し出すと、何も言わずに受け取った。そして袋に口をつけないようにして、水を口に入れていた。

 ため息をつきながらパドマの方を見れば、剣鹿のドロップ品を拾いながらこちらへ来るところだった。


「お2人ともお疲れのところ悪いのですが、ワタシは今のうちに進んでおくべきだと思います」

「どういうことだ?」

「もうそろそろ日が暮れてくる時間です。できれば明るいうちに、休める所を見つけておきたいのです」


 気分的には立ちたくないが、この意見は正しいと思う。あんなのがいつまた来るか怯えていては、休息どころではないだろう。


「なら移動しよう。ザラは俺が連れていくから、パドマが先頭になってくれ」

「わかりました」


 腰に差してあった包丁をパドマに手渡す。ザラはそれを見て、鼻に皺をよせて言った。


「えー、アタシは嫌よ」

「動きたくないなら動かなくていいぞ。運んでやるから」

「え、ちょっと何するつもり?触らないでよ!」


 嫌がらせも兼ねてお姫様だっこをしようとすると、杖を振り回して抵抗してくる。


「その様子じゃまともに歩けないだろ?落としたりしないから、安心して掴まっておけ」

「嫌よ!やめてよ!ちょっとドコ触ってんのよ!」

「無駄な体力を使わせるなよ。抱っこがいやなら、負んぶにしてやるから」


 杖が地味に痛いので、地面に下ろしてから背を向けてしゃがむ。


「ほら、早く乗れよ」


 催促すると、ふくれっ面をしながらも背中に乗ってきた。


「変なところ触らないでよね」

「そんなことしてる余裕ねーよ。ちょっと揺れるかもしれないけど、我慢しろよ」

「嫌よ。揺らさないで」


 ……ったく、コイツめ。


 胸はあるはずだが、話に聞いていたほど当たる感触はない。所詮はフィクションだったか、それともかなり大きくないと分からないのかもしれない。

 だがそれよりも、耳に当たる息の方がヤバい。

 ザラは疲れているせいか、俺に寄りかかり気味だし呼吸も荒い。吸う息、吐く息、どちらも俺の耳をくすぐり、ときおりもれる小さな声が、ダイレクトに頭に響いてくる。


 ヤバいわ、これヤバい。素数を数えないと落ち着いてられないわ。


 そんな風に疲れ切っている状態で、割とすぐに野営地を見つけられたのは、とても運がよかった。


【名前:グレイ

 種族:オーカス

 体力:48(-80)

 理性:58(-3)

 状態:   】


【名前:ザラ

 種族:エルフ

 体力:32(-6)

 理性:22(-4)

 友愛:-73(+5)

 忠誠:109(+1)

 愛溺:124(-2)

 状態:疲労  】


【名前:パドマ

種族:ドラゴニュート

 体力:60(-8)

 理性:18(-1)

 友愛:89(+6)

 忠誠:87(+3)

 愛溺:41(-1)

 状態:    】



◇◇


 そこはまるで野営のために作られたかのような場所だった。

 まるで壁かと勘違いしてしまうくらい太い木に、人が2人は寝転がれるほどのウロが空いている。

 その木の前にはわずかに拓けた場所があり、焚き火をするのにもってこいだった。


「どうやらセーブゾーンのようですね。ここならモンスターも寄ってこないので、安心して休めますよ」

「セーブゾーン?」

「はい、旅人を救う場所という意味で、ダンジョンなどのモンスターがよく出るエリアの中にある、結界が張られた場所のことです。結果石が置かれているので、すぐに分かりました」


 パドマが指差す先に、オレンジ色の石柱が立っていた。半ばまで草に埋もれているが、不思議と目を引く存在感がある。


「ここを利用した者は、次の人のために整備をしていくのがルールなんです。あとで綺麗にしておきましょう」


 確かに、こんな森の中に休める所があるのはとても助かる。ありがたく使わせてもらうことにしよう。


「それにしても、わりと荒れてるな。あまり最近は使われてなかったのかな」

「そうかもしれません。まだ結果石に力が残っていて助かりました。後でていいので、ザラ殿に魔力を注いでもらいたいのですが」

「いいわよ、そのくらい」

「ありがとうございます。それでは早速夜営の準備をしましょう」


 パドマとともに、周辺から枯れ枝と枯葉を大量に集めてきた。木のウロの中は以前から寝床として利用されていた跡があったので、そこに落ち葉と布を敷き詰めて、寝られるようにする。

 その間にパドマが石を組んで即席のかまどを作ってくれていた。

 ザラは相当疲れているようなので、ずっと広場に座っていた。彼女は今回のMVPなので、仕方ないだろう。


「あとは水だな。近くに川でもあればいいんだが」

「あるみたいよ、向こうに」


 うずくまっていたザラが、木々の奥を指差した。


「セーブゾーンのギリギリに、大きな水の気配があるわ。そこで汲んでくればいいんじゃない?」

「本当か?ならちょっと行ってくる」


 俺の体力は少し回復して60台になっている。レベルが上がったから、回復力も上がったのかもしれない。

 瀕死も脱しているので、まだ余裕はあった。

 カラになった水袋を持って、ザラが指差した方向へ向かう。水場へ続くらしき道がまだわずかに残っていたので、迷わず進むことができた。


 そこは、比較的大きな湖だった。

 湖面は透き通っていて、魚が泳いでいるのも見える。変な匂いはしなかったので、手ですくって飲んでみたが問題はなさそうだ。水袋に入るだけ詰めて持って帰った。

 この程度の距離なら、使うたびに往復したとしても苦ではないだろう。


「湖があった、すごかったぞ。水浴びができそうだった」


 何気なく言った感想に、ザラが食いついた。


「水浴び?そんなに大きかったの?」

「ああ。後で行ってみたらどうだ?」

「今いくわ。汗臭くてたまらなかったのよ」


 さっきまで疲れていたのがウソだったような動きで立ち上がり、湖へと歩き出す。

 その途中で立ち止まり、振り向いた。


「絶対に覗かないでよ」

「わかってるよ。早く行ってこい」


◇◇


 パドマに協力してもらい、食事の用意をする。かまどに小枝を並べてから乾いた落ち葉に火をつけた。

 火打石なんて使ったことはなかったはずなのに、体が憶えているのか難なく使うことができた。


「パドマは水浴びに行かなくていいのか?」

「ワタシは後で行きます。グレイ殿を1人にはしておけません。セーブゾーンと言っても、ごく稀にモンスターが入り込むこともありますから。」

「悪いな。足を引っ張ってばかりで」

「いえ、グレイ殿がワタシたちを助けてくれなければどうなっていたことか。ワタシは本当に感謝しているのです」

「感謝しているのは俺の方だよ。2人がついてきてくれて、本当によかった」


 本心を伝えると、パドマは少し照れたようだった。

 さて火がいい感じに大きくなってきたので、そろそろ料理にとりかかろう。

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