第5話 モンスター

 休憩を終えて歩き出してすぐ、前を行くザラが止まった。


「どうした?」

「少し離れた所に、モンスターがいるみたい。どうする?」


 モンスターか。ファンタジーなゲームっぽい世界だと思ったけど、本当にモンスターがいるとは。やっぱりモンスターを倒すことで経験値が入ってレベルアップしたり、お金を稼いだりするのだろうか。どちらにして、今の俺たちに必要ないけれど。

 思考が逸れた。そんなことよりも、少しでもあの場所から離れる方が俺には重要だ。わざわざ寄り道している時間はない。


「進むのに問題ないなら無視しよう」

「あっそ」

「強さも数もわかりませんしね。それがいいと思います」


 意見が一致したので先に進むことにする。

 先ほどから、幹がすごく太い木々が目立つようになってきた。小さな家ほどもある幹をもつ大木が、そこかしこに生えている。歩きやすい道だと思ったら、そんな木が倒れてできた橋だと気づいた時もある。木がここまで育つのに、いったい何百年の時間が必要になるんだろうか。

 どこまで伸びているのかと見上げるが、枝葉に遮られてちっとも見通せない。


 時々休憩をは挟みつつけっこう進んだ後、ふたたびザラが足を止めた。


「今度は前の方にモンスターがいるわ。それもちょっとした群れみたい」

「迂回できるか?」

「やってみるけど、近くを通ることになるかもしれないわ。音をできるだけ立てないでね」

「わかった」


 ザラが草木をどかしながら脇道へ入って行ったので、それに続いた。先ほどよりも茂みが深く歩きにくい道を進んでいくと、水音が聞こえてきた。どうやら川が近くを流れているらしい。坂になっている場所を慎重に下ると、そこそこ幅がある川が見えてきた。

 川の手前でザラが身を伏せたので、その後ろに続く。


「いたわ。ほら、あれ」


 指さす方を見れば、たしかにいくつも動くものがある。よく見ようと思ってザラの横に移動しようとしたら、近づきすぎだと押しやられた。


「……で、アレが何かわかるか?」

「多分、剣鹿ブレイディアね。オスの角は鋭い刃になっていて、敵を串刺しにするの。メスは臆病で、オスの後ろから出てこようとしないわ」


 注意深く見ると、馬くらい大きな鹿が十頭以上いるのがわかった。大半は角のないメスのようだが、何頭か立派な角のあるオスがいる。河原には水を飲みに集まっているようで、交代で川に口をつけているのが見えた。

 そうやって観察していると、他より体が一回り以上大きなオスが森の奥から出てきた。おそらく群れのリーダーだろう。その2本の角は大きな弓のように曲がっていて、所々が突起状に枝分かれしていた。


「まるで大きなショーテルですね」


 ショーテル?幾つかのゲームでそんな名前の武器があった。たしか盾の外側から攻撃できるように、剣身が半円形を描いている形状だったはずだ。かなり珍しい形だったので、すぐに思い出せた。たしかに、それに似ている。凶悪な形をしているので、見た目の威圧感がマシマシだ。


「近づかないようにして、先に進もう」

「向こうの方が通りやすいんだけど?」


 ザラの言うこともよくわかる。俺たちの目の前は川を挟んで登りの斜面になっていて、足場は少ない。一方、剣鹿のいる河原からなら楽に上がれるだろう。

でも、群れの中央に立つリーダーの存在感に、近づくのがためらわれる。

なんというかあの鹿、落ち着かない雰囲気を振りまいているのだ。なにかを警戒しているのだろうか。下手に近づけばどうなるか分からないので、刺激しない方がいいだろう。


「ちょっと急斜面かもしれないけど、そこからでも登れるだろ?さあ行こう」


 浅い部分を選びながら、先頭に立って川を渡る。意外と冷たい水が靴にしみこみ、変な声が出た。


「おうふ、冷たぁっ!気をつけた方がいいぞ」


 そう言って振り返れば、パドマはひとっ飛びに超えて、ザラは不満そうな顔をしながらも魔法で石の足場を作って渡っていった。そしてそのまま振り返ることなく、斜面にも足場を作って登っていく。

 ザラの後ろだったら、足が濡れることもなかったろうなあ。


 急いで川から上がってザラの後ろに続いて斜面を登ると、かわいいお尻が目の前でフリフリと揺れていた。男物の大きなショートパンツを落ちないように引っ張りあげてしっかり紐で結んでいるため、お尻の下のラインがはっきり出ている。そして、すそ・・の隙間が足の動きに応じて閉じたり開いたりして、その奥がついつい気になってしまう。


……

……

……。


 あんまり見てるとバレて蹴られそうだ。視線を外すために剣鹿の方を見る。

すると、木々の隙間からこちらを見ているリーダーと目が合った。無感情に思えるその目に心の底まで覗かれた気がして、寒気が走る。


「ちょっと、さっきから変な所を見てない?……って、何してるのよ」

「剣鹿のリーダーに目を付けられた。逃げた方がいいかもしれない」

「は?なんでよ」

「俺の方が知りたい。とにかく速く進むんだ」


 ザラを急かして斜面を登りきる。その際にお尻を触ったとか文句を言ってきたが無視する。パドマを引き上げて剣鹿の群れを見ると、リーダーが立派な角を揺らしながらこちらへ向かってくるのが目に入った。

 強者の雰囲気があるので、できれば戦いなくはない。


「やっぱりこっちへ来てる。縄張りにでも入ったか?」

「知らないわよ、モンスターの考えることなんて!」

「草食の野生動物なんて、普通ノンアクティブだろ。それとも何かが気に触ったのか……」

「あの、もしかしたら子供の個体がいたのではないでしょうか?」

「子供?」

「はい、剣鹿は子育て期間中は特に警戒心が強くなると聞いたことがあります」

「それかもしれないな」


 そういえば、やけに角のないのが多かった。俺の知ってる鹿よりもどいつも大きかったので、大人のメスと子供のオスの体格差なんて考えてなかった。


 もっと離れた所を移動するべきだったか。舌打ちしそうになるのを抑えて、ザラを急かす。

 樹木を動かしている暇がないのか、藪を通り抜けることが多くなった。だからこそ邪魔の少ない場所を選んで進んでいるのだろう、土がむき出しの斜面が目立つようになってきた。

 障害物は減ったが、高低差が多くて息が切れてくる。しかし後方から枝を折るバキバキという音がどんどん近づいてくるので、休んでいるヒマがない。


「向かってくる!急げ!!」

「急いでるわよ!」

「森の中はあちらに有利です。どこか広い場所で迎え撃ちましょう!」

「広い場所っつっても……」


 そこはすでに斜面と斜面に挟まれた細道になっていて、抜け出すにはほぼ垂直な崖を登るしかない。だから速くここを走り抜けなければと思った時、ついに剣鹿が姿を現した。


【種族:剣鹿

体力:190

忠誠:-100

友愛:-52

状態:】


 俺たちの後ろ、細道の入り口に立ち、こちらをじっと見つめている。

 野生動物めっちゃ怖い。なんたって、その目の中に感情が読み取れない。あいつらは人間ではないのだ、俺たちの理屈が通じるわけがない。いったい何のために俺たちを追いかけてきたのかは分からないが、少なくとも友好的ではなさそうだ。


「グレイ殿、ここはワタシが食い止めます!」


 パドマが立ち止まり、槍を構えた。彼女が俺よりも強いのは間違いない。槍を構える姿勢も、気迫も、とてもサマになっている。

 ……でも、その足が震えていた。

 それはそうだろう。相手は自分より大きな野生動物であり、その角は剣のように鋭いのだ。いくら彼女が戦闘向きの種族であるドラゴニュートであっても、勝ち目は薄いだろう。


「グレイ殿は早く、ザラさんを連れて逃げて下さい」

「パドマ……」


 俺は、いったい何のために彼女をここまで連れて来たんだ?あの暗い地下室から、ロクでもない未来から解放して、俺はいい人なんだと悦に浸りたかっただけなのか?それとも万が一の時はこうやって盾にして、自分が生き残るためか?これから先また同じようなことがあったら、今度はザラを盾にして自分だけ逃げるのか?

それでいいのか?


「違う……。違うだろ!」

「グレイ殿?」

「パドマ、下がれ。俺が止める」


 パドマを押しのけて、前へ出る。ナタ代わりの包丁はしまう。どうせ俺の攻撃ではあいつを倒せない。


「なっ、グレイ殿!なぜです!?ワタシの方が戦い慣れているのですよ」

「だからだよ。パドマが怪我をしたら、誰がアイツを倒せるんだ。ここは体力が多い俺が受け止めて、お前が攻撃するのが一番だ」

「それはそうかもしれませんが、大丈夫なのですか?」

「回復薬をたくさん持ってきてる、最初の一撃さえ耐えられればなんとかなるだろ。……多分」


 もしかしたら死ぬかもしれないけれど、それでも俺は彼女を見捨てることはできない。見捨てられなかったからこそ、ここまで連れてきてしまったのだ。

それに……。


「聞いたよな、俺についてくるかって」

「えっ?」

「ついてこいって言ったヤツが、後で震えてるわけにはいかないだろ」

「グレイ殿……!」


 俺は剣鹿に向かって両腕を広げた。


「さあ、かかってこい、鹿野郎!」


 剣鹿はこちらを見つけると奇声を上げ、その大きく鋭利な角をこちらへ向けて、猛スピードで突っ込んできた。

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