第4話 外の世界へ
自己紹介をした後、パドマとザラにも荷物を持ってもらって、ボロ小屋の裏口から出た。ゲーム中ではこのボロ小屋しかなかったのでちょっと不安だったが、ちゃんと外に出ることができてホッとした。
そこは周囲を背の高い木々で囲まれた、深い森の中だった。近くに街や村があるとはとても思えない。振り返ってみれば、小屋の半分以上が土に埋もれている。外見からは廃屋にしか見えなかった。
小屋の周りをぐるっと回ってみたが、進めそうな場所は入り口からまっすぐ続く道しかない。そこをしばらく進むと、広場のようになってる場所が見えてきた。
パドマとザラに教えると、2人の手に力がこもる。さっきの男の仲間がいるかもしれないからだ。
パドマはナイフを木の棒の先にくくり付けた、即席の槍を持っている。武器になりそうな物を探していたとき、彼女が自分で手早く作ったものだ。一方ザラは、小屋の中に転がっていた重くて硬い木の棒を持っている。ナイフを持つのを嫌がったので、せめて護身用にと持たせのだが、なぜか忠誠が2ほど上がった。それでも渡す時に俺の手を避けていたし、今も近づこうとはしてこない。ゲーム中で彼女にしたことを考えればたしかにそれも仕方ないと思うが、あまりいい気分ではなかった。
広場には、誰もいなかった。公園程度の広さがあり、その隅に石造りの小屋が建っていた。中をのぞくと、床に魔方陣が描かれた部屋がひとつだけあった。
ザラが魔方陣の横にしゃがみ込んで調べる。
「これは、転移の魔方陣ね。移動先は固定されてるみたい。使おうと思えばすぐに使えるけど、どうする?」
「この先は、十中八九あいつら……人身売買組織の拠点だろう。使うのは自殺と同じだ」
「それじゃあ、別の道を探すしかないわね」
石の小屋から出て、周囲を見回す。晴れているので、太陽の位置からだいたいの方角はわかるが、現在地が分からないからどうしようもない。
「とりあえず、人のいる場所を目指したい。大きな街よりも小さな村とかの方が、あいつらの目が届かないと思うんだ」
「さすがグレイ殿、ワタシもその考えに賛成します」
パドマが力強くうなずくと、その大きな胸も揺れる。忠誠はまだ100を超えてないから、たぶん本気で賛成してるんだろう。
「アタシは別にどうでもいいわ。でも休む時は、天井のある所がいいけど」
「じゃあとりあえず、向こうに見える山を目指そう。川を見つけられれば、その近くに村があるかもしれない。生きるために水は必要だからな」
「さすがグレイ殿ですね。ワタシではとうてい思い付きません」
「そんなことないわよ。川があったって、必ず人が近くに住んでるわけないんだから」
「でも、闇雲に探すよりかはマシだろ。さあ行こう」
俺は先頭をきって、道のない森へと踏み込んだ。
時間が経つにつれ、スピードがどんどん遅くなってくる。道のない道を進むのが、こんなに疲れることだとは思わなかった。
俺は料理用の大きな包丁を
「グレイ殿、大丈夫ですか?やはりワタシが先に行きましょうか?」
「まったく、これくらいでだらしないわね」
この2人は俺より体力値が低いはずなのに、なぜこんなに元気なんだろうか?普段からこういう場所に慣れているのか、俺の後を苦も無くついてきている。
ちょっと休憩することにして、太い木の根元に腰を下ろした。
ザラは離れた石の上に座り、パドマは立ったまま周囲を見ている。ふと思いついて、2人のステータスを覗いてみた。
【名前:ザラ
種族:エルフ
体力:38(-2)
理性:26(+3)
友愛:-78(+2)
忠誠:108(+7)
愛溺:126(-3)
状態: 】
【名前:パドマ
種族:ドラゴニュート
体力:68(-5)
理性:19(+4)
友愛:83(+4)
忠誠:84(+5)
愛溺:42(-1)
状態: 】
2人とも、少ししか体力は減っていない。それに比べて俺の方はというと……。
【名前:グレイ
種族:オーカス
体力:120(-10)
理性:60(-1)
状態: 】
かなり減っていた。歩くだけでこんなに減るとか、道のない森って凶悪すぎだろ。
「体力バカのオーカスのくせに、だらしないのね」
ザラが俺の心を読んだかのように言ってきた。
オーカスとは、イノシシ型のモンスターであるオークの要素を受け継いだ種族だ。一時期流行ったオンラインRPGで採用されてた種族のひとつで、体力特化の壁役+荷物持ちが主な仕事だった。
性能は悪くはないのだが、オークを祖先に持つという一点でネタキャラ扱いをうけていた。
オークにはブタのような外見と、人をさらって自分の種族を産ませると言われる特徴があり、様々なファンタジーもので悪のレッテルを張られていた。薄い本なら竿役なのは確定だ。だからこそ、このステータスなのかもしれないが、それが自分だと思うとやってられなかった。
俺はいつの間にかこんな肉体に押し込められた被害者だ。好きでこうなったんじゃない。そう言いたいが、コイツに言っても分からないだろう。だから当たり障りのないことしか言い返せない。
「俺は、街中でしか暮らしたことがないんだよ。こんな森の中を歩いたことなんてあるはず無いだろ」
向こうの世界にいた時には山登りとかしたことはあったけど、それでも整備された専用のコースを歩いていた。こんな不規則な段差のある、どこまで続くか分からない場所を進むのは初めてだ。
「魔竜戦役が終わって100年ちょっとだっけ?外界の者はずいぶん堕落したのね。あなたはどこの街の出身なの?」
「それは……憶えてないな」
街の名前とか、その魔竜戦役とかいう設定は説明書には載ってなかった。たぶん設定そのものがないんだろう。
「グレイ殿は故郷を憶えてないのですか?」
「そうだ。たぶん、組織のヤツラにそういうことができるヤツがいるんだろうな」
そう、あの人身売買組織には、記憶を消す技能を持っているヤツがいるのだ。とてもメタい話だが、プレイヤー視点だったからわかる知識である。でもそのおかげで俺はこうして逃げる選択肢を選べた。あんな胡散臭いヤツらに従い続けても、ろくな未来はなかったろう。
「ザラの故郷はどんな所だったんだ?」
「歴史ある、偉大な人たちが作り上げた都市よ」
「都市で生まれたにしては、森に慣れてるみたいだけど」
「エルフの都市よ?大森林の中にあるに決まっているじゃない。そんなことも分からないの?」
嫌われているのは分かっているが、こういう言い方をされると正直へこむ。
「……でもその都市がある大森林も、今はどうなってるか分からないけどね」
「それはどういうことだ?」
「決まっているじゃない。野蛮なヒュム共が襲ってきたのよ」
「それってつまり……」
「もう十分に休めたでしょ。休憩は終わり、行きましょう」
ザラが先に立って歩き始めた。声をかけようとしたが、その背中は話しかけて欲しくないと言ってる気がした。
【名前:ザラ
体力:42(+4)】
【名前:パドマ
体力:73(+5)】
【名前:グレイ
体力:128(+8)】
◇◇
ザラは刃物を持っていないが、なぜか彼女が通る道は枝葉の邪魔が少なかった。
足元もしっかりしている場所が多く、倒木の上も滑ることなく進むことができている。俺が先頭でいた時よりも、はるかに速く森の中を進んでいた。
さらにしばらく進んだ後、明るい日差しの差し込む小さなせせらぎのほとりで休憩をとることにした。
1人離れたところで水を飲むザラを見ながら、俺はパドマに話しかけた。
「エルフってのはすごいんだな。森に慣れた種族とは聞いていたが、ここまでとは思ってなかった」
「そうですね。ワタシもエルフと行動したことはありますが、ここまでできるのはザラだからではないでしょうか」
「彼女は普通のエルフとどう違うんだ?」
「はい、ザラ殿はどうやら、精霊魔法に長けているようです。森の精霊とつながることで、道を進みやすくしてくれているのでしょう」
「精霊魔法か。俺には分からなかったが、どうしてそう思ったんだ?」
「彼女の進行方向の木々が、不自然な動きをしていたからです。まるで自分の意思で道をあけているような。間違いなく彼女の魔法によるものでしょう」
言われてみれば、たしかに不自然に傾いた木々があった気がした。不思議だと思っていたが、どうやらザラの魔法のおかげだったようだ。
そんな話をしていたら、腹がグウと音をたてた。太陽がかなり高い位置にあるのを見て、もうそんなに時間が経ったのかと驚く。
「ちょうどいい。ここで昼飯がてら、しっかり休んでおこう」
「お昼ですか?ではワタシが何か獲ってきましょうか?」
「いや、小屋から持ち出してきた食料だけにしておこう。今からだと狩り集めるのにも時間と手間がかかる。他のものが食べたかったら、これからの移動中に集めればいいさ」
荷物袋から堅パンと干し肉を取り出して、ナイフで切り分ける。皿がないので手渡しだが、パドマはイヤな顔をせずに受け取ってくれた。
「ザラも食べるだろ?」
「アタシはいいわ」
「腹減ってるだろ、無理して倒れられたらこっちが困る。食べられないわけじゃないなら、食え」
そう言うと、嫌そうな顔をしながらも受け取って食べ始めた。
俺も自分で切り分けて食べるが、堅パンは名前の通りかなり硬い。水を口に含んで柔らかくしながら、少しずつ食べた。美味しくなかったが、食べられないほどじゃない。
休憩してる間にパドマが枯れ枝を数本、ザラが木の実と草を集めていた。どうやら夕食は、少しだけマシになりそうだ。
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