第3話 説得(?)

ふたたび薄暗い地下室へと戻ってきた。

奥の2つの部屋は当然何も残っていない。用があるのは手前の方だ。

まず一番近い、エルフのいる部屋に入る。

彼女はやはり硬い顔でこちらをにらんでいた。その顎を手でおさえ、目の中をのぞき込む。


【種族:エルフ

 忠誠:98  】


調教の進み具合は、この忠誠値によって判断される。

これがあと2上がっていれば、売ることができただろう。なんでこんなギリギリで足りてないのか、理不尽かもしれないが、思い通りにいかないイラ立ちを抑えきれない。


商人は、彼女の忠誠が100を超えていないことをはっきり分かっていた。つまりそこに、明確なラインがあるわけだ。


忠誠を大きく上げたい時、ゲームではどうしていただろうか。

たしか、暴力で脅すことで反抗心を削いでいた。でも友愛が大きく下がるので、これからのことを考えるとそれはできない。

あまりに友愛が低いと、いくら忠誠が高くても安心できない。なぜならこれはもう現実だからだ。

だとすると次点では……。


俺は彼女の唇に、自分の唇を重ねた。

彼女は首を振って嫌がるが、それを許さないために手でしっかりと抑えた。

歯の隙間から舌をすべり込ませ、口の中を蹂躙じゅうりんする。抵抗しようとする舌を絡めとり、逆に引き込んで吸いつく。

苦しそうに喘ぐが、かまうことなく続ける。

時間が経つごとに抵抗が弱まり、体から力が抜けていった。

完全に力が抜けたのを確認してから唇を離す。それから、あきらめた顔になった彼女の瞳をのぞき込んだ。


【種族:エルフ

 体力:40 (-10)

 理性:23 (-2)

 友愛:-80 (+2)

 忠誠:101 (+3)

 愛溺:129 (+4)

 状態:    】


時間は30分ほど経過していた。

思ったより早く忠誠が上がった。

これで済むなら、もっと早く行動しておくべきだった。自分のにぶさに腹が立つ。


イラ立ちを抱えたまま、鎖につながれた彼女の手をつかみ、そしてその手にはまっている手枷を外した。


「おい、立て」

「……?」

「立てと言っているんだ!」


怒鳴りつけるとやっとエルフは立ち上がった。

その足元にしゃがみ込んで、足枷のカギを外しにかかる。外れた足枷を床に転がすと、彼女の手を引いて部屋から出た。


忠誠は100を超えたが、どの程度まで信頼できるかわからない。本当はここで待っていてもらいたいが、目の届かない所へ置いておくのは心配だ。

だから仕方なく彼女も連れて、隣の部屋に入った。


その部屋ではドラゴニュートの女性が、先ほどと同じように床に座って待っていた。しかし俺が連れているエルフを見て、不思議そうな顔をしている。


【種族:ドラゴニュート

 忠誠:62 】


こちらはキス程度で稼げる忠誠では全然足りない。ならば、一番高い友愛にかけてみるしかない。

ドラゴニュートは友愛が最初からマイナスになっている種族だ。警戒心を解かなければ、種族特性の竜鱗のせいで調教の効果がかなり削がれてしまう。

そのため、かなり強力な惚れ薬を使って、友愛を無理やりプラスにしていた。


だから俺へと親し気な目を向けてくれているのも、薬の効果のはずだ。そのことに少し心が痛むが、今さらどうしようもないことだろう。

彼女の目の前へ膝をつき、目線を合わせて話しかけた。


「いいかい?これからキミの鎖を外す。でも安心してほしい、キミを売るわけじゃない。俺はここから逃げるつもりだ。キミを置いていくわけにはいかないから、こうしている。大人しくしていてもらえるかい?」

「あ、あう。あう」


彼女は目を輝かせてうなずいた。

手枷と足枷を外し、そして頭の後ろで止められているハミ・・を外した。


「よし、これで……」


そう言いかけたところで、ドラゴニュートの女性の腕が俺の首にまわされた。

しまった!やはり忠誠が100を超えてないと危険だった!

慌てて腕を外そうとするが、全力を出してもビクともしない。そのまま彼女の胸に強く押し付けられ、自由を奪われてしまった。

このまま首の骨を折られるのか、それとも窒息させられるのか。


冷や汗をかきながらもがく俺を冷静にさせたのは、すぐ近くから聞こえてきた誰かの泣き声だった。


「うう、怖かったよお。でも信じてたよお。ありが、ありがとう」


いったい、何がどうなってるんだ?

俺は相変わらずガッチリと抑え込まれたままだが、それ以上締め付けてはこない。

少し苦しいくらい強く抱きしめられてはいるが、危険はないと判断していいのだろうか?


「なあ、放してもらえるかなあ」

「うわあん。もうダメかと思ってた!でも、竜神スモーグ様はアタシを見捨ててなかった。よかったよお。ありがとうございますうぅ!」


ダメだ、俺の声がまったく届いていない。この状況で俺ができることってなにかあるか?早いとこ泣き止んでもらわないと、どんどん時間がなくなってしまう。

とりあえず手は動かせるので、彼女の背中へまわして、宥めるために背をさする。ギリギリ届いたので、後ろ髪も精いっぱいやさしくなでた。

それでも彼女は泣き続け、結局俺が解放されたのはそれから30分も後のことだった。


【種族:ドラゴニュート

 体力:73(-9)

 理性:15(+3)

 友愛:80(+22)

 忠誠:79(+17)

 愛溺:43(-5)

 状態:    】


「落ち着いたか?とりあえず立てるか?」


ドラゴニュートの女性は、鼻をぐずりながら頷いた


「ぐずぐずしてられないから、説明は後でする。とりあえず付いてきてくれ」


歩き出そうそすると、彼女に手首を掴まれた。何かあるのかと思ったが、特に何も言わずにこちらを見ている。

仕方がないのでそのまま手を引いて歩こうとすると、エルフの女性が入り口の横でじっと見ていた。


「あー、放ったらかしで悪かったな。とりあえずキミも付いてきてくれ」


◇◇


2人を連れて階段を上る。

まず寝室へ行って服を取り出し、彼女たちに着せた。

使い古しの色褪せたものばかりだが、役に立たない布きれよりはるかにマシだ。

適当に出して並べると、エルフの方は大きめの上着と半ズボン、そして股引ももひきを選んだ。

ドラゴニュートの方は迷った末に、ありきたりなシャツとパンツを選んでいた。だが男の俺と同じくらい体格がいいせいで、女性らしい体のラインがぴったり浮き出てしまっている。

本人が恐縮しながらこれでいいと言うので、苦しくないなら大丈夫だろう。


着替え終わった2人が並ぶ。その姿は対照的だ。

エルフの方は、太陽の下の小麦畑のような金色の髪が長く垂れている。ろくに洗えてないはずなのに、その色は全然くすんではいない。

体型はスレンダーではあるが、その真っ直ぐ伸びた姿勢からは、天を目指す大樹のような芯の強さを感じさせる。


ドラゴニュートの方の髪は青みがかった黒で、垂らせばウェーブしながら背中まで届いていた。それを布きれをリボン代わりにしてポニーテールに束ねているのが、個人的には高評価だ。

体型はたくましいが豊満であり、思わず抱き付いてしまいたくなる。


人身売買組織に目を付けられるだけあって、2人ともかなりの美人だ。


「じゃあ改めて2人に説明するけど、俺はここから逃げ出すつもりだ。2人は俺についてきてもいいし、ここに残ってもいい」

「ワタシは、貴殿についていきます!」


ドラゴニュートの女性が手をまっすぐ上げて言う。


「えーと、キミは」

「ワタシはパドマといいます」

「パドマね。わかった、よろしく。それで、エルフのキミはどうする?」

「……もしここに残ったとして、アタシはどうなる?」

「誰か俺の代わりがここに来て、キミは地下に逆戻りだろうね。もしくはお店へ連れて行かれるかも」


事実を淡々と告げると、彼女は恨めしそうな目でこちらを睨んだ。


「やっぱり、選択肢なんてないじゃない。私はザラよ。誰でもない、ザラ」

「ザラ。よろしく」

「それで、アナタの名前は?」

「俺?俺は……」


そういえば、俺はなんていう名前だったろうか。少なくともこの体は、ゲームでは名前なんて出てこなかった。

試しに、じっと自分の手を見つめると、情報が脳内に浮かび上がってきた。


【名前:グレイ

 種族:オーカス

 体力:130(-20)

 理性:61(-4)

 状態:

 技能:超絶倫 調教 ステータス窃視】


どうやら俺は、自分が思っていた以上にろくでもなかったようだ。

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