第2話 命の値段

そうと決まれば早く準備をしよう。


1階へ戻り、使えそうなものを集める。非常食のような食糧と水、そして着替えを少しだけ。

そのほかに丈夫そうな荷物袋を見つけられたのは僥倖だった。


後は金だ。

ゲームの中では数字でしか表現されてなかったが、銅貨1万枚とかは現実にはあり得ないよなと思う。

金貨・銀貨・銅貨それぞれに、1・5・10・25・50の4種類のものがあるようだ。数字とともに大きく重くなっていくので、パッと見で判断できる。


俺がここで稼いだ金の残りは、金貨67と銀貨825。それと銅貨103。それが几帳面に箱の中に納められていた。

さてそれでは、いくら残していくべきだろうか。

全額持っていくという選択肢は無い。

記憶を消されずに逃げる以上、彼らが俺を追ってくることは避けられないだろう。

でもここに金の大半を残していくことで、その足を遅らせることはできるはずだ。

一番いいのは見逃してくれることだけど、それを期待するのは楽観的すぎる。


というわけで、とりあえず6週間分である60金は残していこう。

よって所持金は金貨7と銀貨多数。予想でしかないが、これでも少しの間なら普通に生活していけるだろう。その間にまともな仕事につければ、異世界でもなんとかやっていけるはずだ。

贅沢を言えば、あと少しだけ欲しい。でも命を買うための金をケチるのはバカのすることだろう。

とても悔しいが、あきらめるしかない。


あと何か忘れていないだろうか?

そう思った時、家の入り口が勢いよく開かれた。


「よお、兄ちゃん。今日も元気にやってるか?」


入り口から、男のだみ声が聞こえてきた。


しまった。一番マズイやつのことを忘れていた!

荷物の詰まった袋をあわててベッドの下へ隠す。

狭い隙間に押し込もうとしている間にも、乱暴な足音がどんどん部屋へと近づいてきた。


「兄ちゃん、開けるぞ」


言葉とともに部屋の戸が開かれた時、俺は金の入った袋を箱に入れたところだった。


「なんだ、また金の勘定をしてたのか?守銭奴もいい加減にしといた方がいいぜ?」


入ってきたのは、品の悪そうなおっさんだった。

彼は商人であり、俺の仕事の商品の仕入れと販売を受け持っている。彼いなければ、ゲームの中の俺は借金返済などできなかっただろう。

色黒の顔は血色が悪く、まるで病気にかかっているようだが、殺しても死ななそうでもある。


「そんな顔で見るなよ、兄ちゃんの金を取ろうなんて思っちゃいないさ。なんたって大事なお客さんだからな」

「そう言っておきながら、俺からカネを搾りとってるじゃないか」

「オイオイ、勘違いしないでくれよ。あれは正当な報酬ってやつさ。公正な取引をすることが、信用につながるってもんだ」


よく回る口だ。こいつに口では勝てそうにない。なら腕力ならどうかというと、彼のような人間が武器も持たずに出歩くとは考えられない。

つまり、ここでも俺はバレないようにやり過ごすしかないということだ。


「何の用だ?俺はアンタを呼んだ憶えがないんだが」

「そっちこそ何言ってるんだよ。いつもの薬の補充と御用聞きに来たに決まってるだろ。寝ぼけてるのか?」


薬?そうだった。こいつが置いていく薬があった。使った分だけ金を置いておけば、後から補充をしてもらえる。

調教には薬があるとイロイロと捗るので、ゲームではとても重宝していた。


「そうだったな、悪かったよ。ちょっと嫌な夢を見てイラついてたんだ」

「気にしちゃいないさ。ずっとこんな所にいれば気も滅入るだろ。たまには外に出てみるといい」

「外か」

「まあ外っつっても、空も見えない陰気な森だがな」


イヤミったらしく笑いながら、商人が薬箱を開ける。

街に出られるかと思ったが、それはやはり甘い考えだったみたいだ。希望を煽るような言い方をして、本当にムカつくヤツだ。

それでも役に立つ人間なのは間違いない。

後でいくつか薬も持っていこう。金もその分きっちり置いていけば、文句はないはずだ。


「よし、薬は補充しておいたぞ。後は、売りか?買いか?」

「えっと、それは……」


何のことだと言いかけて、すぐに思い至る。

俺がここで売り買いできる商品といったら、それは彼女たちしかいないだろう。


もし俺がここから逃げたら、地下の彼女たちはどうなるだろうか?この商人は毎日来るだろうが、地下まで入ってこないかもしれない。だとすると、俺の逃亡がバレる2週間後までずっと飲まず食わずでいることになる。

さすがにそれは可哀相だ。ならせめて、生きる心配だけは必要ない所へ送り出してやるべきだろう。

ここへ来た時点で、彼女たちは落ちる所まで落ちている。死ななければまだ、未来はあるだろう。


「売る。売りたいのがいるから、下に来てくれないか?」

「だろうと思ったぜ。兄ちゃんは本当に期日通りに用意してくれるよな」

「期日?時間の指定なんてされてたっけか」

「そうじゃなくてよ、決まった期間で商品にしてくれるから、こっちも計画を立てやすいって話しさ」

「……期待するのは勝手だが、いつも思い通りにいくとは思わない方がいいぞ」

「くっくっく、兄ちゃんのことを信用してるって言ってんだ。褒めてるんだよ」


悪人に褒められてもうれしくない。それに今まで上手くいっていたのはゲームだったからだ。セーブ&ロードができなくなれば、失敗したときにやり直しがきかなくなる。

つまり、うっかりのミスが命に関わってくる。俺だけじゃなく、彼女たちにも。


重い気分を隠そうとしながら、地下へと降りる。

奥の部屋から案内し、彼女たちの様子を見てもらった。


「奥の2匹はカンペキだな。さすが兄ちゃんだ、いい仕事してくれるぜ。合わせて9金てところだが、どうだ?」


商人は満足そうな顔で言った。

それはそうだろう。彼女たちシルフはゲーム内では主力商品であり、調教手順も確立していた。おかげでもう売れる状態になっており、値段も予想通りだった。


「そっちはそれでいい。で、手前の方はどうだ?」

「あっちの2匹はまだダメだな。兄ちゃんもわかってるだろ?しっかり言うことを聞くようになってないと、危なくて商品として成り立たないぜ」


やっぱりか。忠誠心が100を超えてないと、売れる基準には達しないみたいだ。


「せめて、エルフのほうだけでもどうだ?あと少しで大人しくなるんだが」

「なら、大人しくさせてから売ってくれ。それが兄ちゃんの仕事だろうが」


取り付く島もない。

商人は布袋から9枚の金貨を取り出して、俺の手に押し付けた。

それから奥の2部屋から、中にいた少女を連れて出てくる。


【種族:シルフ

 体力:18

 理性:5

 友愛:-42

 忠誠:238

 愛溺:315

 状態:中毒  】


【種族:シルフ

 体力:18

 理性:12

 友愛:-62

 忠誠:201

 愛溺:253

 状態:中毒  】


愛溺値が250を超えると、中毒状態になって売値が上がる。ただ、体力と理性がすごく下がりやすくなるので、壊さないように躾けるのが難しくなる。それでもパターンがわかれば、後は作業に成り下がる。

ただし、その作業はゲームだからこそできたことだ。


少女たちについた首輪を、商人が引いている。

彼女たちは俺の顔を見るとうれしそうに寄って来ようとし、商人に止められていた。


「さあ、痛くされたくないなら歩くんだ。お前らの新しいご主人様を見つけてやるからな」

「新しいご主人さま?」

「いいことするの?」

「大丈夫だ。おじさんに任せておけば悪いことにはならないからな」


彼女たちは呆けたような笑顔を浮かべながら、商人の後について階段を上っていった。


彼女たちはこれからどうなるのだろうか。ゲームの中でも、それは明言されてなかった。だが、あそこまで堕ちてしまったら、もう普通の生活は望めないだろう。

あれは、そういうゲームだからやったことだ。今の俺がやったわけじゃない。

俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。

俺のところに売られてきた時点で、彼女たちは終わっていたんだ。


自分に言い訳しながら階段を上り、商人たちを見送りに出る。


「兄ちゃん大丈夫か、ヒドイ顔してるぞ。今日くらい休んだらどうだ?一日休んでも大丈夫なくらい、金に余裕はあるだろうが」

「俺の心配をしてくれるんなら、請求額を減らすようヤツラに言ってくれよ。それだけでかなり楽になるから」

「残念ながらそっちはワシの管轄外だ。まあ、死なないように頑張れよ」


また明日な。そう言って、商人は帰っていった。

もうこれで邪魔者はこないはずだ。後は早く逃げ出すための準備を始めよう

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