1.Party
「さみー」
「今年寒いよな」
「ここ数年で一番の冷え込みだとよ。あーおこたさまは偉大だなー」
俺はまるで自分の部屋のようにくつろぐ同級生の足をこたつの中で蹴飛ばした。微動だにしない。
「なあ、
「わーってるわーってる。ここは、
「自分でさまとかつけるなよ」
じっとり目を据える。名取はへらっと笑った。まあこの適当な感じが、憎めないんだけど。
「ていうか、鍋するんだろ。すげーぐつぐついってるよ、もう良いだろ。あれ、何鍋?」
「あーそうそう」
そうだったそうだった、と言いながら、名取はのっそりとこたつから這い出る。
「
「イノシシ?」
「そ。だから、
「俺、食ったことない。イノシシってどこの土産なの?」
「さあ? 山じゃね?」
雑誌を重ねただけの簡易鍋敷きの上に牡丹鍋が現れる。こたつで鍋。乙なものだ。
「牡丹と言えばさ、
「その呼び方やめろって言ってるだろ」
「いや俺はなんでもいいんだけど。深見、まだその子探してるんだろ? 学校でも結構噂だぜ」
「マジで」
「モテるのにさー、初恋に固執しすぎじゃね? ピュアかよ」
「汚れてるより良いだろ」
なおもなにか俺をからかってやろうと名取が話しかけてくるが、無視してテレビのスイッチを入れる。高校生になってワンルームで一人暮らしの俺の、良き友人となってくれているテレビは、名取と違って質の良い情報をくれる。
「あれ、これすぐそこの道じゃないか?」
偶然映し出された報道番組では、よく見慣れた道が取り上げられていた。いそいそと鍋をよそっていた名取も手を止める。
「ほんとだ、なに、事件?」
「みたい。なんか、猫が死んでたんだって、たくさん」
「へえ。寒いからみんな凍死かな」
「だったらニュースになんねーだろ。中毒? ってなってる」
「中毒か。イノシシの肉って毒とかないよなー」
「ねーよ。お前は何の話をしてんの」
「腹減ったなーと思って。俺先食べるよ?」
「名取お前、自分の分だけよそいやがって!」
テレビのリモコンを半ば放り投げるように手放して、鍋に突っ込まれたままのお玉に手を伸ばす。湯気が熱い。
「あっ名取、お前豆腐絹ごし派?」
「そー、するっとしたの、あつあつで食べたいじゃん」
「分かるけど、めっちゃ崩れる、豆腐取れねーじゃん」
「コツがあんだよ」
そういう名取の椀には、たしかに山盛りの豆腐がよそわれている。猪肉そっちのけで。
「お前そんな豆腐好きなの」
「うまいよ」
「うまいけど。肉食えよ、先輩の土産」
「中毒怖いし」
「……お前時々凄い馬鹿だよな」
「俺はいつでも凄い馬鹿だよ」
適当な会話をしながら、結局豆腐はぐずぐずにして、かけらだけ椀によそった。せっかく珍しい肉だし、豆腐に構うのはやめだ。
テレビは空模様を映し始めた。今年はえらく雪が降るらしい。最低気温も氷点下がデフォルトになってきた。
「なーバラエティ見ようぜ。なにが嬉しくて男二人でニュース見なきゃなんねーの」
名取が豆腐を嚥下しながら異議を申し立ててくる。彼は確か実家暮らしだから、一人暮らしにとって天気予報がいかに重大な情報かを知らないのだと思う。
俺の返事も待たずに、放り投げられっぱなしだったリモコンを手に、ぱちぱちとチャンネルを変えていく。どうせ年末だ。特番ばかりで、あちこちと迷うようだった。
「……つーかさー」
「んー?」
「休み明け、課題テストあんじゃん」
「うわ、深見それ禁句だろ。なんで冬休みエンジョイしないんだよ」
名取は露骨に嫌そうな顔をした。無視して鍋をつつく。
「俺はテストあってもエンジョイして大丈夫だけど、問題は名取だろ。ビリから5番目」
「……うぜー」
「特に世界史」
「まじうぜー」
「特に中国」
「もおおおうるせーよ!」
「そんな名取を心配して、俺と蛭子先輩で勉強会を企画した」
きょとん、と、名取が数度瞬く。
「ま、マジで!?」
「おう。学年3位の先輩の協力があてにできる」
「すげえ! 助かる! ありがとう深見俺の友達でいてくれて!」
きらきらした目を向けてくる名取に、俺は渾身のどや顔で応じる。実は蛭子先輩は、部活では温厚だが勉学ではスパルタと有名な男だけど、まあ、黙っておこう。
「そういやーさ」
「んー?」
「蛭子先輩ってシスコンって噂知ってるか?」
「名取って噂好きだよな。女子かよ」
結局チャンネルは始まったばかりの歌番組に落ち着いた。良く知らないアイドルの曲をBGMに、名取はちゅるんと豆腐を吸い込む。
「やべえなに今の食べ方」
「ほっはほふふほ」
「ちょっ、何言ってるか分かんないけど、待って、今の動画とろーぜ」
「ははふほひほ」
「うわーガチでなんも分かんねえ」
笑いながら、携帯のカメラを回す。名取は、まだ湯気の上がる豆腐をむりやり飲み込んで、水を要求してきた。
「無理無理、熱すぎ。喉焼けた」
「その言い方酒飲んだみたいだからやめろよ」
「やべーわ、豆腐って危険……あ、深見見て、外」
言われて、視線を窓に向ける。ちらちらと、雪が舞っていた。
「おー、寒いはずだな」
「今年はどうかな。牡丹雪、降るかな」
「さあな。いいの、俺、気長いから」
「でもいくら余裕の深見でも、初めての彼氏のが嬉しいっしょ?」
「そりゃ、……なに言わせるんだよ」
にやにやと下世話な笑みを浮かべる名取から目をそらして、猪肉にかぶりつく。男二人で恋バナって。女子か。
けれど、と、俺はちらりと窓の外を見やる。降り始めたのは粉雪で、残念ながら大粒のものではない。牡丹雪なんて滅多に降らないのだ。たとえば、今年、そんな珍しい雪が降ったのなら、あるいは、彼女にも会えるだろうか。
「なあ、」
「なに」
「こたつといえばなんでしょう」
「唐突だけど、まあお前はきっと言うと思ったよ。みかんの用意はございます」
「おー、さすが深見! モテ男! すけこましー!」
「お前雪空の下に叩き出すぞ」
軽口を交わしながら、知らないアイドルの歌を聴きながら、ちらちら降る雪を見ながら、冬になるといつだって、思い出す。そうして少しだけ、大雪の予報に期待をした。
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