第33話 絆

 「アケミ!! アケミ~!!」


「ソバットっスか?! 今まで何処にいたっスか?!」


 アケミの胸に飛び込むソバット。

 二人は久しぶりの再会を涙ながらに喜んだ。

 ここは数日前に訪れた地下留置場だ。

 本当は明るい日の下で再会させてあげたかった所だが、まだ釈放の許可が下りていないのだ。

 だが『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』が協会に提出した例の映像がある…無実が証明された以上『燃える強打者バーニング・スラッガー』ことアケミの釈放は確実だろう。


「皆さん、この度は何とお礼を言ったらよいのか…」


あしたーありがとうございましたっス!!この御恩は絶対にわすれないっス!!」


 檻の中で二人は深々と頭を下げる。


「そんなのいいよ~魔法少女は助け合いましょう…これは友達の受け売りなんだけどね」


果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』はチロっと舌を出す。


「ツバサ…そろそろ…」


 ユッキーが肩に止まり囁く。


「あっ…ごめんね~二人共、私そろそろ行かなきゃ…また来るね!」


「本当にあしたーありがとうございましたっス!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は手を振りながら留置場を後にした。


「それはそうと白猫さんを逃がしちゃったのは痛かったね…」


「彼女が何を企んでいるのかまでは掴めなかったでありんすが、向うが動き出すまでこちらも出来るだけの準備をしておくに越した事は無いでありんすよ」


 二人は昨日の出来事を振り返っていた。

 白猫ママが犯人と分かって皆で『ワンチャンス』に乗り込んだ時、店の周りも数十人態勢で魔法少女協会マギカソサエティの職員で包囲していた。

 マスコット相手だからと手を抜いたつもりは無かったのだが、まさかママが攻撃魔法を使った上に地下へ逃走するのは想定外であった。

 基本的にマスコットには空間転移のゲートの召喚とイェンの両替くらいしか魔法使用の権限を与えられていない。

 しかも魔法少女のパートナーがいないマスコットに至っては一切の魔法の使用は認められていないのだ。

 ただしここに『マスコットに魔法は使えない』という…思い込みと言う落とし穴があったのだ。

 犯罪者にその常識は通用しない…ママは何かしらの禁忌に手を染めているのかもしれない。


「私…みんなの様子を見て来るよ…」


 ツバサの仲間たちは『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』との激戦で相当なダメージを負っている者が多い。

 みんながどうしているのか『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の仲間としてではなく『銀野ツバサ』の友達として気になっていたのだ。


「それがいいでありんすな…アチキも付き合うでありんす

 みんなからいいアイデアが聞けるかもしれないでありんすからな」


「うん!! 行こう!!」


 足取りも軽やかに『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は駆け出した。




「金ちゃん!!」


「まあ!! ツバサさんいらっしゃい」


 人間界に戻って来てまずツバサが訪れたのはカオル子の所だった。

 ゲートを使い直接財前家のカオル子の部屋に来ている。

 彼女とは出会いこそ最悪だったが今や最も信頼のおける仲間である。


「左腕の具合はどう?」


「ええ…お蔭様でこの通り!!」


 左腕にグッと力を籠めガッツポーズをする。

 それを見てホッとするツバサ。


「先日は真犯人を取り逃してしまって残念でしたわね…」


「うん…いきなり床からドバーっ!! と水の柱が出て来てね? そのまま床に空いた穴から地下に潜っていったの!!」


「…水の柱…」


 腕を組み難しい顔をするカオル子。


「どうしたの…?」


「ツバサさん…魔法少女の属性が他人と重複しない事はご存知?」


「…自分と人の属性が同じにならないって事だよね?」


「そう…例えばツバサさんが風属性である限り、他に風属性を使える魔法少女は現れないと言う事ですわね…」


「うん…」


「ですから…その犯人のマスコットが水属性の魔法を使った事がわたくしには物凄く気になるのですわ…現在の状況は分かりませんが水属性の使い手のチヒロが生きている限り他人に水属性魔法が使えるとは思えなくて…」


 しかしその話を聞いてツバサには一つ疑問が浮かんだ。


「じゃあ私が水属性の『ヒール』を使えたのはどうしてかな…?」


 そうなのだ、カオル子の言った魔法世界のことわりに該当しないこの現象はどう説明が付くのだろうか。


「…あなたとわたくしとチヒロの三人で作戦会議をしたのは覚えてらして?」


「うん…守銭奴ラゴンと戦った時の事だよね?」


「あの時カードリーダーでお互いの魔法を確認し合った時にツバサさんの魔法に気になる物がありましたの…」


「それは…?」


 ツバサとユッキーは固唾を呑む。


「『ダビング』ですわ…恐らくツバサさんが無意識の内に『ダビング』を使用していたのではないかしら…」


 『ダビング』とは魔法を複製するとしか説明の無かった謎の無属性魔法だ。

ツバサは随分と前からこの魔法を持ってはいたが一度も使った事は無かったのだ。


「ツバサさん、他の属性の攻撃魔法を試した事はありまして?」


「うん…試しに同じ水属性の『ジェットストリーム』を使ってみようと思ったんだけど駄目だったんだ~」


 一人の魔法少女が三種の属性を使うのは稀な事なのだ。

 それが出来てしまった以上、色々試してみようと思うのが人の常であろう。


「ここからは完全にわたくしの憶測なんですけど、この『ダビング』と言う魔法…ツバサさんが体験した魔法を複製して自分の物にするのでは…?」


 確かに『ヒール』は『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』と組んで行動していた時に何度かかけてもらった事がある。

 しかし仲間の攻撃魔法を受けた事が無いのでまだ何と言えない所ではある。


「早速検証してみません事!? これからプラクティス時空へ行きましょう!!」


「ええっ!! 今から!?」


 カオル子に手を引かれ半ば強引にゲートを通過させられるツバサ。

 二人は変身を終えプラクティス時空の大地に立つ。


「さあツバサさん…では手始めにわたくしの魔法、『ゴールドラッシュ』を唱えてみて下さらない?」


 何だろう…『億万女帝ビリオネア・エンプレス』から楽し気なオーラが出ている様な気がする。


「『ゴールドラッシュ』…」


 言われるがままに唱えてみるが何も起こらない…。


「…やっぱり!! そうじゃないかと思ってました!! 見ただけでは複製できないんですわ!!」


億万女帝ビリオネア・エンプレス』は興奮気味だ。


「…なあ…今日のお嬢様は何でこんなにノリノリなんだ?」


 疑問に思いユッキーはダニエルに尋ねてみた。


「それが『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』討伐が終わってからずっとこうさ…『ツバサさんは凄いのよ!!』の繰り返しでさ~言われなくてもオレッチも横で見てたんだけどね~」


 手の平を上に向け首をすくめて呆れる。

 どうやらカオル子は友達であるツバサが偉業を成し遂げたのが自分の事の様に誇らしいのであろう。

 だからこうしてツバサと一緒に何かをやっているのが堪らなく嬉しいのだ。


「では行きますわよ!!」


「ちょっと待って!! それは当たったら痛いんじゃ…!!」


「大丈夫ですわ!! 手加減しますもの…『ゴールドラッシュ』!!」


億万女帝ビリオネア・エンプレス』が『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』に向けてゴールドラッシュを放つ。

 飛んでいくコインのつぶて。

 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は条件反射的に変に身体をよじったせいで背中でコインの直撃を受けてしまった。


「あいたたたたた…!!」


「ちょっと…!! 大丈夫ですか!?」


「…金ちゃん…手加減しても痛いよそれ…」


 堪らず地面にアヒル座りしてしまった。


 少し休んでからいよいよ実践だ。

 果たしてカオル子の仮説は実証されるのか…。

 失敗だった場合ツバサはただ痛い思いをしただけになる。


「………」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』がマジカルステッキを前方に突き出す…緊張の一瞬…。


「『ゴールドラッシュ』!!」


 ステッキの先端から勢いよくコインが噴き出す…成功だ。


「うわぁ~本当に出来た…!!」


「アハハっ…!! やりましたわねツバサさん!! わたくしの理論は間違ってなかったですわ!!」


 歓声を挙げ『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』に飛び付く『億万女帝ビリオネア・エンプレス』。

 勢い余って地面に倒れ込む二人。


「これを繰り返せばあなたは完全無欠の魔法少女になれますわよ!!」


「えっ!? もう痛い思いはしたくないよ~!!」


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の目が妙に輝いている。

危険を感じてたじろぐ『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。

 このままではありとあらゆる攻撃魔法を掛けられかねない。


 ドオオオーーーン!!


 少し離れた所から轟音が聞こえる。

 目を凝らしてみると『大地の戦乙女グラン・バルキリー』が何やら魔法の練習をしている様だった。


「戦ちゃんもここに来てたんだね~」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』のもとに駆け寄る二人。


「ああ…貴様たちか…」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』は地面を隆起させて作った椅子に座っていた。

 まだ足の火傷が完治していないのだろう。

 彼女の視線の先を見ると大量の土が山積みになっていたり乱雑にばら撒かれたりしていた。


「これは何をなさっているの?」


 眼前の土砂を見ながら『億万女帝ビリオネア・エンプレス』が疑問を投げかける。


「ああ…これは実験だ…吾輩の魔法で巨大な移動要塞の様な物が造れないかと思ってな…」


「出来そう?」


「見てろ…『グランドシップ』!!」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』がフラッグを振る。

 するとフィールドにある大量の土砂が集まり出し巨大な構造物が出来上がった。

 要塞と言うよりは船に近い形状をしている。


「おお~凄い!!」


 感心する『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。

 しかし間を置かずに全体にひびが入り一気に崩れ落ちてしまった。


「…ああっ!! 惜しいですわね…」


「…御覧の通りだ…一時的に形にはなるんだが巨大な物ゆえすぐに崩れてしまってな…今実験を重ねている所だ」


 腕を組み首を落とす『大地の戦乙女グラン・バルキリー』。

 彼女は『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』が変身した炎の龍サラマンドラに対して自分の攻撃が通じなかった事で無力感を味わっていたのだ。

 それでこの移動要塞を実現するべく構想を練っていたのだ。


「じゃあさ…いくつかの小さな部品に分けて作ってから合体するってのはどう?」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』がたまたま思い付いた事を口にする。


「なあツバサ…そんなアニメのロボットみたいに簡単にいく訳ないでありんす…

そうでありんしょう、バルキリーさん?」


 しばらく考え込む『大地の戦乙女グラン・バルキリー』。

 ユッキーの声など届いていない様だ。


「いや…行けるかもしれない…『グランドシップ』!!」


 再びフラッグを掲げる彼女。

 今度はまず数個のそこそこのサイズのブロックが出来上がる。


「…うっ…くっ…!!」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』の額に汗が滲み出る。

 魔法力の制御にはかなりの集中力を要するのだ。

 特に物質の維持はもっとも繊細な精神力が必要である。

 各々のブロックが安定して来たところで今度はそれらを一つに合わせる。


 ドシーーーン!!


 継ぎ目も消えやがて一つの巨大な土色の長方形が出来上がった。


「…出来た…のか?」


 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』が僅かに息を抜いた瞬間、またしてもそれは無残にも崩れ落ちてしまった。


「あ~残念…!!」


 心底悔しがる『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。


「…だがさっきより随分とマシになった…これなら少し鍛錬を積めば何とかなるかも知れない…礼を言うぞツバサ」


「えっ?今何て…?」


「………」


 赤面して俯く『大地の戦乙女グラン・バルキリー』。

 彼女も魔法が上手くいく目途が立って浮かれてしまったのかうっかり『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の事をツバサと呼んでしまったのだ。


「初めて名前で呼んでくれたね…ありがとう戦ちゃん」


「そそそ…そんな…礼を言われる事などしていないぞ!!」


 慌てふためく『大地の戦乙女グラン・バルキリー』。


「マスターがこんなに狼狽えるのを見たのは初めてだ…」


 驚きを隠せないタカハシ。


「うるさい!! お前まで調子に乗るな~!!」


 いつも高圧的な彼女の可愛らしい一面が見れてちょっと嬉しかった『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』であった。




「よう!! 何だか久し振りに会った気がするなツバサ!!」


「こんにちはミドリさん」


 二人と別れた後、ツバサが訪れたのは人間界のミドリの病室だった。


「ごめんね~ちょっと色々あって遅くなっちゃった…」


 後頭部に手を当て愛想笑いをするツバサ。


「ところで傷の具合はどう?」


「…アタイはもう平気だって言ってんだけど医者の奴がまだ安静にしてろってうるさくてよ~」


 不貞腐れるミドリ。


「まだ敵に動きが無いから姉御にはしっかり養生してもらわないと」


 ユッキーがツバサのショルダーバッグから顔をひょこっと覗かせる。


「そう言ってくれるのはありがたいんだけど…病室ってのはどうも退屈でよ…」


「あっ…そうだ! ミドリさんにお礼を言わなきゃ…探索の種をくれてありがとうね…おかげで『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』の居場所が分かって倒す事が出来たよ!」


 満面の笑みを振りまくツバサ。

 それを見てドキリとするミドリ。思わず顔が熱くなる。

 さっきの『大地の戦乙女グラン・バルキリー』といいカオル子といい、みんなツバサの笑顔に弱い…みんなツバサが大好きなのだ。


「あっ…あの時アタイは動けなかったんだから…あれ位大したことじゃないよ…」


 赤面したままツバサから目を逸らすミドリ。

 とてもじゃないが恥ずかしくてツバサを直視できない。


「あんまり長居をしたら悪いからそろそろ行くね…お大事に…」


 ツバサが病室を出ようとすると…。


「あっ…ちょっと待った!」


「…どうしたのミドリさん?」


「その…アンタの友達…チヒロ君だったっけ…無事に見つかる事を願ってるよ…頑張んな!」


 ビッと親指を立てるミドリ。


「うん…ありがとう!」


 そう言ってツバサは去って行った。




「確かここでいいのよね…?」


「間違いないでありんす」


 次にツバサが向かったのはとあるマンションの二階の角の部屋だ。

 ここは『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』こと北乃フブキが住んで居る場所である。


「いらっしゃい、待ってたよ」


 チャイムを鳴らした後にドアを開けて出迎えてくれたのは大き目のマスコット、ペンタスだった。


「…おじゃましま~す…」


 ペンタスに招き入れられて入った玄関は薄暗かった。

 廊下にはゴミが詰まったポリ袋が山の様に積んで在り、物も散らかり放題であった。


「フブキ~ツバサさんが来たよ~」


 部屋に入ると真ん中に布団が敷いて在りポッコリと盛り上がっている。

どうやら中にフブキが寝ているらしい。


「う~ん…あと六時間位寝かせて~…」


 物凄く気だるそうな返事が布団の中から聞こえてくる。


「済まないね…この間の戦いで『アイスロックゴーレム』の魔法を使った後遺症で倦怠感が抜けないらしいんだ」


 実際にはそうなのだろうが、彼女の普段の様子からして単に怠けている様な印象を受けてしまうのは可哀想な話だ。


「ごめんね~ブリブリさんに無理をさせて…でもそのお蔭であの炎の龍サラマンドラに勝てたんだよ? 本当にありがとう…」


「…!! そのブリブリさんって呼び方はやめて!!」


 フブキが勢いよく布団を蹴とばし上半身だけ起き上がる。

 中からはパジャマを着た金髪セミロングの女性が現れた。


「うわっ!! ビックリした~…」


「その呼び方…やめてっていったじゃん…」


 ジト目でこちらを睨むフブキ。


「え~何で? 私は可愛いと思うけどな~」


「響きが悪いじゃん? 何か汚らしいし…」


 その様子を見て急にクスクス笑い始めるツバサ。


「何よ…?」


 あっけに取られるフブキ、ツバサは何がそんなに可笑しいのか…


「あっごめんなさい、フブキさんって意外としゃべるんだな~と思ったら何だかおかしくって…」


「何よそれ~馬鹿にしてる?」


 実に心外なフブキであったが不思議と気だるさが吹き飛んだ気がした。


「アンタって…ツバサって不思議な子よね…」


「そう?」


「まあいいわ…」


 フブキの口角が少しだけ上がった。




「フブキさん…一つお願いがあるんだけどいいですか?」


「何?突然…」


「私に『ブリザード』の魔法をかけてほしいんです」


「はぁ?どうしてそんな事を?」


「え~と実は…」


 先程カオル子の所で判明した『ダビング』の話をフブキにも教えた。

 カオル子に『ゴールドラッシュ』を教わったようにフブキにも『ブリザード』を教わろうと言う寸法だ。

 だがこの特に熟孝した訳では無い行動が後に大きな影響を及ぼす事になるとはツバサ自身全く想像もしていなかった。

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