幕間4 悪い知らせ


 「ふ~っ…」


 ユッキーがスナック『ワンチャンス』のボックス席でミルクを一息に煽っている。

 いつもならカウンター席を使う所だが、ダニエルの希望でこちらで飲んでいるのだ。

 だが呼び出した本人のダニエルはまだ来ていない。

 ユッキーはここ数日の事を一人で振り返っていた。

 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』が『ダウジング』の魔法を使ってチヒロがいるであろう方角を特定したまでは良かったのだが、壮大なファンタージョン、そんなにすぐに見つかる訳も無く…

 実はあれから一週間が過ぎようとしていた。

 始めはチヒロが生きている事を知ったツバサも精力的であったのだが日、一日、一日と経つごとに段々と疲弊していった。

 こんな事を続けていたらツバサの方が潰れてしまいかねない。


「どうしたものかな~…」


 腕を組み考え込む。


「…悪い旦那…遅れた…」


 ダニエルがやって来たが妙に疲れ切っていた…目に力が無い…


「ああ…まあ一杯やろう…ママ!! ダニエルにいつもの奴!!」


「はぁ~い!!」


 身を放り出す様にソファーに腰かけたダニエルはそのまま暫く黙り込んでしまった。

 いつもの彼なら饒舌に話し始める所なのに…


「ダニエル…ここでしか出来ない話と言うのは何だ…?」


 飲み物が来たところで早速本題を切り出すユッキー。

 下手に回りくどいより今のダニエルにはきっとその方が良いと思ったからだ。


「…オレのマスターの…お嬢の姿を見たよな…?」


 ダニエルは視線を上げずにそのまま話し始める。

 とても暗く沈んだつぶやくような声で…。


「ああ…車椅子に座っていたな…まだ良くならないのか…?」


「…良くは…ならない…」


「えっ…?」


「…もう一生良くはならないんだ…!! お嬢を診た医者が家族に説明していた所を聞いちまった…!! 背骨の神経が傷ついてしまって今の医療技術じゃ治らないって…!!」


 どんどん語気が強くなっていくダニエル。

 手に持っていたワイングラスを一気に空にしてしまう。


「何だって…!? それじゃもう…」


「そうさ!! もうお嬢は魔法少女を続けられない…!!」


「…何て事だ…」


 さすがにユッキーも衝撃を受けた。

 それ以上にこの話をどうツバサに知らせればよいか思い付かない。

 今のツバサにこの事を話してしまったらツバサは…。


「その事はお嬢さん本人は知っているのか?」


 この問いにダニエルは大きく首を横に振った。


「そうか…分かった…オレもこの話は口外しない…ツバサにもな…」


「…ありがてえ…」


 それ以上ダニエルは何も話さず程なくしてお開きとなった。




「何でこう次から次へと…」


 一人残ったユッキーは誰に言うでもなくつぶやく。

 確かにこんな話、皆が揃っていた場所で言う訳にはいかない…。

 だがダニエルも一人で抱え込めなくなりユッキーに打ち明けたのだろう。

 こちらもチヒロ捜索の進捗状況を話すつもりだったがはばかられた。


「よう!! あんた…相席いいかい?」


「!! …テメエは…!!」


 フラッとユッキーの前に現れたのは黒づくめローブを着た『大地の戦乙女グラン・バルキリー』のマスコット、鷹のタカハシだった。

 ユッキーは立ち上がり彼を睨みつけた。


「おいおい、そんな怖い顔をするなよ…あれからオレもあんたがたの事は心配してたんだぜ…?」


 タカハシは特に悪びれた様子も無く話しかけてくる。


「どの口が言う…お前と話す事なんて無い…」


「あ~あ…嫌われたもんだな…ウチのマスターは徹底した合理主義だから無理も無いが…」


「聞こえなかったのか…? お前と話す気は無い…去れ!!」


 ユッキーが未だかつて無い程怒っている。

 全身から尻尾に至るまでの毛と言う毛が逆立っている。


「はぁ…分かったよ…だがこれだけは言っておく…

ファンタージョンにまた厄災が訪れようとしているらしい…

まだ調査中で詳しい事までは言えないがな…

アンタんとこのマスター…筋はいいがこのままじゃ近い内に死ぬぞ?」


「貴様~!!!」


 タカハシの無礼な物言いにとうとうユッキーの堪忍袋の緒が切れた。

 思い切り殴りかかるが簡単にかわされ逆にタカハシに足を引っ掛けられ思い切り床に倒れてしまった。


「きゃあああ!!!!」


 店の女の子たちが悲鳴を上げ店内は騒然としていく。


「…うぐぁ…」


 床に転がり情けなげにうめき声を上げるユッキー。


「その勢いや良し…アンタは絶対マスターを守ってやんなよ…」


 ユッキーに背を向け後ろ向きに片手を振ると、カウンターに金を置きタカハシは店を後にした。


「…くそっ!! くそっ!!」


 悔しがり床を拳で何度も殴る。

 全てが悪い方向に進んでしまっている…。

 強烈な敗北感と不安感にユッキーもこれからどうしていいのか分からなくなりそうだった…。

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