話してることはちっともよくきこえなかった

 ざあ、ざあという音がする。水はまだふりつづけているみたいだった。それにまぶしくって、はだがぱりぱりになるくらいあつかった。ぼくのまわりにある水という水をうしなってしまったみたいなかんじがした。


 ざあ、ざあ、という音がする。その音はずうっとなりつづけるんじゃなくて、人間の吐息のようなリズムがあった。だからざあざあにうなされることはなくて、ぼくはおちついて目覚めることができた。


 おひさまがてっぺんにあった。すごくとおくにあって、ぼくがよびかけてもとどくことはなかった。


 あたりを見わたしてみた。ぼくはウミをただよってはいなかった。せなかがじゃりじゃりしている。ぼくは、すなのうえにころがっていた。ざあ、ざあという音は、ウミがすなを飲む音だった。アラシといっしょのウミとはちがって、とてもおだやかな音だった。


「……ペットボトル君?」


 あたまから声がした。キャップちゃんだった。


「キャップちゃん、気づいてたんだね」


「ええ。でもまだラベルの奴は……」


 ラベルくんははんぶんじゃりじゃりのなかにうもれてしまっていた。よびかけてもこたえはかえってこなかった。気がつくのは、しばらくさきかもしれない。


「ねえ、ペットボトル君、ここ、どこだかわかる?」


 キャップちゃんは、よろこびをおさえこんでるようすで、ぼくにもんだいをだした。


「たぶん、すなのうえ」


「そうよ!」キャップちゃんの声がひときわあかるくなった。「あのイマイマしいウミから抜け出せたの。あのアラシの奴、案外いい仕事してくれるじゃないの」


「そうなのかな?」


「もっと喜びなさい。ここならきっと、人間はやってくるわ。いつになるのかはわからないけど、でもウミを漂ってるよりは、ずっとマシだと思わない?」


 ぼくはもういちどすなのまわりを見てみた。さっきは見おとしていたけど、ぼくたちのほかに、カンくんがいたり、ビニールふくろちゃんがいたり、たばこさんがいたりした。ねむっていたり、ぼうっとおひさまを見つめていたり、ぷるぷるふるえてたりした。


 知ってるものたちがいることを知って、うれしさがこみあげてきた。


「ほんとだ、これだったら、いいかもしれない!」


「そうね! ウミなんかより、ずっといいところよ! でも、思いきり喜ぶのはあとにしましょ。ラベルだって、頑張ってやってくれたものね。目覚めるまでの、ちょっとのしんぼうよ。ねえ、ペットボトル君、ウミの音が、心地よくない?」


「うん、気もちがおだやかになるね」


 ウミの音にききいっていると、アラシがうそみたいにおもえてきた。ここはいろんな音がする。とおくからトラックのゆれがきこえる、トリがとんでいる、かぜがひゅーひゅー言っている。


「アラシにもみくちゃにされたあと、昔のことを思い出したわ」


 キャップちゃんがぽつりと言った。


「工場で、あんたと出会ったときのこと」


「ぼくも、ぼくもあのころのこと、おもいだしてた」


「ずっと、ずうっと昔のことみたいよね。たいした時間はたってないと思うけど」


「あのときは、のんびりしてたもんね。ウミのうえにいたときは、ちがったもん」


「昔は、流れに身をまかせていたのよ。私たちはなんにもしなかった」


「それは、今もかわんないような気がするけど」


「そりゃ私たち動けないんだから仕方ないわよ。でも、これほど変わることを望んだことはないわ。まるで、手と足が生えてきたみたいだった」


 ぼくはキャップちゃんに見とれてしまった。いつもぼくをひっぱってくれて、さきへさきへとすすもうとしてる。でもぼくをおいていこうとはしないで、見まもってくれる。


「あ、見て、ペットボトル君」キャップちゃんが見て言った。「あれ、人間じゃない?」


「ほんとうだ」


 ウミとすなのさかいめ、そのおくのほうで、人間が二本、こしをかがめてなにかを拾いあつめていた。とおもうとウミに向かってそれを捨てだした。とんでいくのは、こいしだった。ぼくはこわくなった。


「大丈夫よ、大丈夫」


 キャップちゃんがささやく。ぼくは自動販売機からおとされたときのことをおもいだして、こわいのをまぎらした。ガコン、自動販売機からおちたぼくらは人間に拾われた。キャップちゃんが、プシュッという音といっしょにくるくるまわる。飲み口に口がつく。ゴクッ、のあとの、吐息。えがお。しあわせ。


 人間のためにぼくはいるんだと、心がふるえた。


 そのあしがちかづいてくる。はしっている。あしあとがついて、すながはねた。


 あしが目のまえでとまった。おひさまがさえぎられて、人間が見おろしていた。ぼくも人間を見つめた。


 人間がことばをはっした。するともう一本のあしがやってきて、ぼくらをかこんだ。


 ぼくのおなかを、にんげんがつかんで、目のたかさまでもちあげられた。かたかた、とおなかの紙きれがゆれた。人間ははしゃいでいたけど、話していることはちっともよくきこえなかった。それはキャップちゃんもおんなじみたいで、しきりにぼくのことをよんでいた。ぼくはそれにこたえることすらできないでいた。


 人間の手が、キャップちゃんをつかんだ。キャップちゃんのひめいがきこえるけど、あらがうことなんてできるわけもない。キャップちゃんとぼくははなればなれになってしまった。とおもう間もなくブンブンおもいきり上下にゆさぶられる。ぼくは飲み口から紙きれをおとしてしまった。


 そのしゅんかん、ぼくのからだはふわっとういた。いや、たぶんこれは、手からはなれたんだ。ぐるぐるまわって、それからすなにぶつかった。飲み口からすながはいりこんだ。人間のうしろすがたがあった。とびはねながらすなをはしっている。とてもよろこんでくれたみたいだった。

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