君にとっては雑音だったのかもしれないけど
「いたた、ペットボトル君、これは、一体?」
おなかまわりから声がした。ラベルくんの声だ。さっきふりまわされてるときに、目覚めたのかもしれない。
「ラベルくん、気づいたんだね。でもなにがおこったのか、ぐわんぐわんしてて、よくわかんないんだ。目覚めたらここにいて、人間がいて、拾われて、なにを話しているのか、わかんなかった。シオさんやアジくんみたいに、お話してみたかったんだけど。けっきょく、また捨てられちゃった、んだとおもう。だから、こわかったんだ」
「会話を試みても通じない恐怖というのは、僕も重々承知しているよ。会話というのは、どちらかが話す気じゃなければ成り立たないものだからね。例えばシオと話したときもそうだった。シオが話し終えたあと、僕らを包み込むような音から意味は失せ、ただのリズムになってしまった。そうなったとき、僕らは何も言えなくなって、シオのことを考えてしまう。ことばにしないで、黙ったまんま、考えるんだ。となると、さっきの人間は僕らと話す気なんて、はなからなかったんじゃないかな。だから僕らの声は届かないし、人間の声も雑音と同じになってしまったのではないだろうか」
ラベルくんは気をうしなっていたときのことをとりもどすように、たくさんしゃべった。「目覚めた直後が最も思考が巡るんだ」って、自動販売機で売られていたとき、言っていた。キャップちゃんはそのたびに「おかげで目覚ましいらずよ」ってうんざりしてたっけ。
「ところでペットボトル君、君の飲み口がすなでジャリジャリになってしまっているが、キャップさんはどこにいるんだい?」
「キャップちゃんはここに……」
あたまに、きゅっとひきしまるかんじはどこにもなかった。ぼくの飲み口はあけっぱなしになっていた。
キャップちゃんはどこにもなかった。ぼくはからっぽだった。だって、ずっといっしょだったんだ。かぜにふかれてたら、すぐにでもころころ、いってしまいそうだった。もうどこへいってもかまわないような気がした。
ラベルくんは、なにも言わないぼくから、キャップちゃんとはなればなれになってしまったことを知ったみたいだった。じっとかんがえこむフリをして、気もちはぼくとおんなじだった。
「キャップちゃんが、いちばん人間のとこへいきたがってたんだ」
「キャップさんは拾われたまま持ってかれたのかい?」
「わかんない。もしかしたら、ぼくらとはちがうとこに捨てられて……」
「持ってかれたんだよ、きっと」
ラベルくんはそうブンセキした。
「僕らの中で、一番人間の場所へ行きたがってたんだ。そうさ、人間の声はペットボトル君にとっては雑音だったのかもしれないけど、キャップさんにとっては美しいメロディに聴こえたのかもしれない。人間と話すことができて、一緒に連れてってくれるって、そう言ってくれたんだよ」
「そうだとしたら、ぼくはよろこぶべきなのかな」
ラベルくんはなにもこたえなかった。ラベルくんのブンセキは、ぼくやキャップちゃんへ向けられたものというよりかは、じぶんに向けられたものみたいなきがした。キャップちゃんが今よろこんでいるんだとしんじることで、なっとくしようとしているみたいだった。
でも、きっとこんなの、のぞんでない。キャップちゃんは、ぼくのなかみをまもるのがおしごとで、ぼくよりもこわがりなんだ。だから、きっと今ごろ、ぼくのあたまをひきしめたくてしかたないはずだとおもう。
ラベルくんとキャップちゃんがいて、ぼくはぼくだった。それじゃあ、キャップちゃんがいなくなってしまったぼくは、なんなのだろうか。
こうしているうちにも、人間はやってくる。でもぼくらにふれることはしなかった。たちどまってくれることすらなかった。ぼくのことをいないものとして見なされるか、あるいはきたないものを見るような目で、ちらっとしせんを向ける。人間がくるたび、ぼくがぼくじゃないような、そんな気もちがした。ぼくは「じしんさく」ではなくなってしまった。
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