あなたが呼びかければわたしは必ず答えます
「ねえ、これからどうするの?」
キャップちゃんがひそひそ声で言った。
「私たち、これからどこへ行くの? ずっと水のうえでぷかぷか浮かぶだけ?」
それはぼくも知りたいことだった。ラベルくんもおんなじ気もちなんだとおもう。じっとおひさまの光をあびて、だんまりだった。
「水。そういえば」
ラベルくんが口をひらいたのは、カジキの数が四本になったときだった。
「アジはさ、さっきこの水のこと、『ウミ』って呼んでたよね。それから、僕らがどこへ行くのかは、『シオ』が知っているって」
「シオ? シオって、なによ」
キャップちゃんの問いに、ラベルくんもこまっているみたいだった。
「アジは、こんな風にも言ってたね。シオに流されたごちそうを戴くって。だから、アジの食べ物が流れるところがシオってことだ」
「アジくん、なにたべるんだろう?」
「ウミにアジが暮らしてるってことは、アジの食べ物もウミの中にあるってことじゃない?」
ぼくの問いかけに、ラベルくんがこたえる。
「それじゃあ、シオはウミってこと? それ、なんかヘンじゃない?」
「でもそれが、現在考え得る最適な解じゃないかな」
はなしがすすんでくにつれて、どんどんよくわからなくなってきた。
「わかんないことは、シオさんにたずねてみるのがいいんじゃないかなあ」
「シオに? でもそれ、どこにいるのよ」
「シオがウミなら、ウミに向かってきいてみればいいんじゃないかな」
「そんなことが、果たして可能なのかな?」
キャップちゃんもラベルくんも、ぼくのことがしんじられないみたいだった。
ぼくはウミを見わたした。そこはぼくにはただの水でしかなかったけれども、もしかすると、アジくんにはちゃんとよく見えるのかもしれない。
ぼくはシオにむかってよびかけた。
「シオさん、シオさん、きこえますか」
ウミはしずかな音をかなでていた。ぼくの声は水にとけてしまった。
すると、ウミはぼくのおなかをやさしくなでた。そこから、ぬくもりの音がした。
「わたしを呼ぶのは誰です?」
音がするけれど、そのすがたが見えない。もちろん、キャップちゃんやラベルくんがしゃべっているわけでもなかった。
「ぼくは、ペットボトルだよ。それで、これがキャップちゃんで、こっちがラベルくん」
おなかをなでる音にじこしょうかいをした。
「シオさんは、ぼくたちのことが見えるの?」
「もちろん。すぐ近くで。あなたの中にある、紙の文字まで。あなたたちが、海にやってきてから、ずっと見守っていました」
その音はぼくをつつみこんだ。
「でも、私はあんたのこと、見えないわよ」
キャップちゃんの声はちょっぴりふるえていた。
「いいえ。あなたにも見えています。ただ、気付きにくいだけで。あなたが呼びかければ、わたしは必ず答えます。あなたが耳を澄ますなら、わたしの声はきっと聞こえます。あなたたちを見守るものならば、必ず答えてくれることでしょう」
その音色に、キャップちゃんはとまどいをおぼえていた。シオさんはそれすらやわらかくほぐすように、ぼくらをなでた。
「アジから聞いたんですが、シオは僕らがどこへ行くのか知っているみたいですね」
「それはもちろん。これからもわたしに、乗ってゆくかぎりは」
ラベルくんの問いに、シオさんは間をおかないでこたえた。
「わたしはこれから、北の冷たい潮と、交じり合うのです。その出会いのために、わたしは流れるのです」
「シオは、あなたの他にもいるのですか?」
「そうです」
「ちょっと待ってよ」キャップちゃんが口をはさんだ。「どうして、あんたはこれからのことがわかるの? だって、ここにはあんたの他にシオはいないんでしょ?」
「あなたたちの周りには、確かに潮は、わたしだけでしょう。ですが、わたしにとって、違う潮と出会うのは、わたしの未来……同時に、過去の自分でもあるのです。あなたには、それが分かるでしょうか……」
キャップちゃんは、ぼくのあたまをしめつけながら、うんうんうなった。
「ちょっと、ラベル、こういうのはあんたの役目でしょ」
「リサイクルってことなのか? いや、しかし僕の過去を知り得る術はないし」
ぼくにはむずかしすぎる話だった。
「この感覚は、わたし独特の、ものなのでしょう。……もしかすると、あなたたちにも備わっている、感覚なのかもしれませんが、それを知るのはまだ先、なのかもしれませんね」
そう言いのこすと、音はとおくへいってしまった。ぼくらはまたとりのこされてしまった。いや、きっとすぐとなりにシオさんはいる。ただ、音がとおのいたから、シオさんもとおのいたようにかんじてしまうだけだ。
「シオの言うこと、私にはさっぱりだったわ。姿は見えないわ言うことはムズカシイわ。あの音がすると、カラダがムズムズする」
「僕もすべてを理解したわけではないのだけれど」
ラベルくんがキャップちゃんに言った。
「僕らはシオと一緒に、このウミを流れていたんだ。これからも、流れ続けるだろう。そして、行き着くのは『キタの冷たいシオ』のところなんだ」
「またシオ? じゃあ、その先は?」
「その先は……きっと、シオに流され続けるんじゃないかなあ」
「じゃないかなあって、それじゃあ今のまんま、なんにも変わんないってことじゃない! それならまだバラバラにされてリサイクルがずーっとマシよ!」
「バラバラは、なんかヤだなあ」
「いいじゃない、バラバラ! ただ流されるだけなんて、つまんないわよ!」
「ぼくは、イヤだよ。リサイクルされるってことは、みんなとはなればなれになるってことでしょ?」
「そうだね。僕たちはこの姿のままであれば、一緒にいられる。しかし、君はペットボトルで、僕はプラスチック。キャップはキャップで集められていることもある。僕たち一遍離れ離れになったら、再会することは難しいだろうね。でもいつかはリサイクルされるんだよ。僕にそう記されているんだ。だから……」
「そんなの、聞きたくない!」
キャップちゃんのさけびがぼくのこころにつきささった。
「ずっと一緒がいいに決まってる。でも、こんなところで何もしないでいるのって、ただのゴミじゃない! 私はキャップよ。できることなら、ずうっとキャップでいたいわ。だから、ゴミになるならカジキにでも食べられて、アトカタもなく砕かれてしまったほうがいいわ! みんなだって、本当はそう思ってるんでしょ! ゴミとしてじゃなくて、今のまんま、消えちゃいたいって!」
「キャップちゃん……」
キャップちゃんの言ってることは、めちゃくちゃだった。もうゲンカイなんだ。でもぼくもラベルくんもおんなじだ。キャップちゃんはぼくたちにかわって、気もちをハレツさせているんだ。だからラベルくんもぼくも、ひと言も言えなくなってしまった。ひと言でも言ってしまったら、みんなきずついてしまう。
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