俺たちアジは幾億の同志と潮の道をゆくのさ

「とにかく今は、ここがどこなのか、ぼくたちがどこへゆこうとしているのか……それを知ることがいちばんなんじゃないかな」


「ここがどこかって、ここは水の上よ。そして私たちがどこへ行くって、それはモチロン水の上よ。ずうっと変わらない。あんたに穴があくまでね」


「いや、もしかすると、ペットボトル君に穴があくまで待つことはないかもしれないぞ。二人とも、水を覗いてご覧」


 ラベルくんが口をはさんできた。わくわくした口ぶりにつられて、ぼくらはお話をやめて、水のなかをじっとのぞいた。あおいろをしていて、おひさまの光がとどかないずうっとさきは暗く、ぶきみだった。


 暗やみのすぐてまえに、しろくかがやくダエンのかたまりがあった。音だけがそのかたまりのおおきさをかたっていた。


 かたまりからなにかがとびだしてきた。ぼくらのほうへ向かってくる。かたちはぼくににてほそながいけど、とうめいではなくて、おひさまみたいにギラギラしている。口は半分ひらいていて、口のよこにまあるい目がついていた。げんきにうごきまわりながら、きょうみありげにぼくを見つめていた。そのうちの一本が、おそるおそるラベルくんごしにぼくをつっついた。


「なんだ、くすぐったいなあ」


 と、ラベルくんが言った。


「ざんねん、こいつはエサじゃあないみたいだ」


 ラベルくんのことばをむしして、それがつぶやいた。


「なんだい、君たちは『エサ』ってものを求めて来たのかい?」


 エサ、ということばにぴくっと口がうごいた。


「エサ、そうさ。俺たちはエサを求めて、海を旅してるのさ。見慣れない顔だが、お前らなんて言うんだ?」


「僕はラベル。あとペットボトル君と、キャップさんだよ」


「俺たちアジは、幾億の同志と、潮の道をゆくのさ」


 アジくんはぼくらにあまりきょうみはなさそうで、じぶんたちの話をしながら、目はぎょろぎょろとあたりを見わたしていた。水のなかにあった、あのダエンのかたまりは、きっとアジくんのなかまたちなのだろう。


「ここの近くで、今まで食べたこともないようなエサがわんさか落ちてたんだ。それこそ、海のもんとは思えないくらい、うんめえのがな。お前らも食ったことはあるか?」


 アジくんはぼくらにたずねたけど、こたえはもとめていないらしかった。よくわかんない、と言うまえにアジくんのはなしはつづいてしまった。


「いいから一度、食ってみるといいぞ。だが大きいエサはサメやカジキが食っちまうんだ。それに、やつらは味のこだわりがねえ。あらかた肉を食い尽くせば、次は群れる俺たちを狙う。あいつら、大口開けてツッコめば、いくらでも食えるって思ってんだよ。まあでも俺たちは賢いからな。奴らがデカい肉塊に尻尾振ってる間に逃げて、潮に流されたごちそうを戴いてるってわけさ。お前ら、エサじゃあないのなら、エサを求める同志ってことだろう?」


「たぶん、違うと思うな。僕たちは何も食べないから。僕らがさがしているのは、僕らの行末だよ」


「そんなこともわからないのか。俺たちは潮に乗って海を巡る。あるいは、食われて死ぬ――おっと」


 ゆったりとすすむアジくんのなかまたちのかたまりが、とつぜんすすむほうこうをかえ、すすむはやさもとてもました。きんちょうしてるのか、アジくんのかおがかたくなる。


「同志がカジキを嗅ぎつけたらしい。じゃあな」


「待ってくれ。僕らは、シオに乗ることすらできないんだ」


「そんなの潮に直接聞いてみりゃいい。じゃあな、命が惜しけりゃ、お前らも早く逃げるんだな、同志よ」


 ドウシ。そのことばのひびきをきいて、ぼくはなんだかうれしかった。


 アジくんはなかまたちのかたまりのなかにとけ、水のなかをすいすいいってしまった。ぼくらじゃとてもおいつけなかった。アジくんたちのおもかげは、すでにどこにもなかった。


「ねえ、カジキって、ぼくたちを飲むのかな?」


「さすがに飲まないよ。アジの言葉を借りるなら、『食べられる』が正しい表現だ」


「そんなことはどうでもいいのよ!」キャップちゃんがさけんだ。「私、いやよ。せめて人間のいるところに戻りたい。水があるのはペットボトル君のお腹の中だけで充分!」


「待った、静かに」ラベルくんがさえぎり、声をひそめた。「カジキが、来たみたいだぞ」


 見ると、暗い水のなかを流れていくものがあった。あたまはながくとんがっていて、そのからだのおおきさは、アジくんが何百本あつまるよりもおおきかった。


「声をかけちゃいけないよ。無関係を装うんだ」


 カジキはからだをしならせ、音もなく水をきる。そのはやさは、アジくんとはくらべものにならないくらいだった。ぼくらの下をとおりすぎて、いっちょくせんにいってしまった。アジくんのことをおもうと、しんぱいになる。


「よかった。どっか行ってくれたみたいね」


 キャップちゃんは、ホッとあんしんしたようすだった。


「でも、アジくんは……」


「そんなのいいのよ。いや、むしろ感謝すべきね。私たちを守ってくれたんだもの」


「そうかもしれないけど、でも……」


「なに、あんた、助けにでも行くつもり? 私たち、手も足もないのよ」


 アジくんはぼくらのことを「ドウシ」ってよんでくれた。ぼくは「ドウシ」ってことばのいみはしらないけど、したしみをこめてそうよんでくれた。


 ぼくはうれしかった。うれしかったんだけど、それをどうキャップちゃんに言えばいいのかわからなくなっちゃって、だまったままでいた。


「まだ来るみたいだよ」


 ラベルくんのひと声に、キャップちゃんもしずかになった。こんどのカジキは、あたまにとんがりがなくて、水のなかをくまなくさぐっていた。ぼくらは水にゆられながら、じっとカジキを見つめた。その数はしだいにふえていった。

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