ボトル漂流物語

今田ずんばあらず

今のまんまじゃ仕事をポイ捨てしたも同然よ

 ぼくのひたいにしずくがついた。つめたくて、まぶしくて、それにからだがふわふわしてる。カラッポな気もちだった。このままずっと流れに身をまかせていたいのだけれども、まぶしくてしかたがない。ぼくはううんと声をあげて、目覚めた。


「気が付いたのね、ペットボトル君!」


 ぼくのあたまがきゅっとしまった。


「よかった、君だけずっと反応がないままだったんだ」


 おなかがもぞもぞくすぐったい。


「キャップちゃん、ラベルくん、いっしょにいてくれたんだね」


 その声をきいて、とてもあんしんした。キャップちゃんとも、ラベルくんとも、はぐれなかったんだ。


「運が良かったんだ。覚えているかい? 君の中身を飲み干されたあと、投げ捨てられてしまったんだ」


「そうよ、気付いてみれば、こんな場所! ご覧なさい、どこまでもどこまでも水だらけ! しかもしょっぱくて、とてもじゃないけど飲めないわ」


 ぼくはあたりを見わたしてみた。水はおひさまの光をあびてきらきらかがやいていて、ずっと向こうまでひろがっていた。キャップちゃんの言うとおり、この水はすごくしょっぱくて、ぼくのはだみたいにすきとおっていた。ぼくのなかにあった水はまっくろくて、あまくて、ぴりぴりしたから、おんなじ水だとは思えなかったけど、つめたくってさらさらで、さわってて気もちいいから、水なんだろう。


 おおきく上下にゆれて、ときおりちっちゃな水のつぶがはねた。ゆれで、ふわりとうきあがりそうになる。ぼくのなかにあった水が飲みほされてしまったからだ。なれるまで、ちょっとかかりそうなかんじがする。


 ねがえりをうつ。するとおなかのなかで、ちいさなものがうごいた。


「あれ、これはなんだろう?」


 よく見てみると、それはほそくまかれた紙きれのようなものだった。


「覚えていないのかい? 君の中身が飲み干された後で入れられたものだよ。なんだか、文字が書かれてるみたいだね」


 ラベルくんがおしえてくれた。ラベルくんはぼくらのなかでいちばんかしこくて、もの知りだ。ぼくはばかだから、ぼくが「ペットボトル」であることも、ラベルくんにおしえてもらうまでは知らなかった。


「そのクセ、ちっとも読めないのよ。私、ラベルのモノシリを疑ったわ」


「仕方ないだろ。巻かれちゃ全部は見れない。それに字の形が知ってるものと違うんだ。プリントアウトした字じゃないと、汚くて読む気にもならない」


「なによ。モジなんて、どれもおんなじじゃない」


「まあまあ、キャップちゃん、しょうがないことだよ。ぼくたち、わかんないことだらけなんだしさ」


 ぼくはあたまのうえでわめくキャップちゃんをなだめた。


「そうよ、わかんないことだらけよ。私たちはそれでいいの。あんたはお腹にモノをいれることが仕事だし、私はあんたの中身が洩れないようにするのが仕事なんだからね。でもラベルは違うでしょう。ペットボトル君の中身が、なんなのか、みんなにわからせるのが仕事じゃない。今のまんまじゃ仕事をポイ捨てしたも同然よ」


「キャップちゃん、それは言いすぎだよ。ラベルくんだってこまってるじゃないか」


 キャップちゃんはかんがえをまげることはしないで、言いたいことはなんでも言ってしまう。ぼくとラベルくんはよくこまらされたけど、このうたれづよさにささえられているところもある。


 それに、ぼくのあたまをかたくしめつけているから、じつはこころのなかでふあんがっているのも、よくわかった。

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